アルミニウムは、導電性に優れ、軽量な上、資源的にも豊富なので、エネルギーデバイスの集電体として、ほとんど唯一無二の材料である。しかし、表面に酸化被膜があるので、その電気的特性を制御することは、エネルギーデバイス設計の上で、重要である。粘土分散液とアルミニウムとの界面現象は、これまで出会ったことのない不思議な現象で、さまざまなエネルギーデバイスへの応用の可能性がある。
20世紀初頭、電気の時代を迎え、技術は、船舶から航空機へと移っていった。
| 大別 | 種別 | 合金 | 規格 | 組成(%) | 特性 | 用途 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| アルミニウム合金 | 軽合金 | ジュラルミン 、超ジュラルミン、超々ジュラルミン * | Al-Cu,Al-Cu-Mg,Al-Cu-Zn | 軽い | 航空機、新幹線 | |
| 軽合金 | Y合金 | Al-Cu4-Ni2-Mg1.5 | 耐熱性、鍛造性 | エンジンの ピストン、シリンダーヘッド | ||
| 軽合金 | ADC12 | |||||
| マグネシウム合金 | 軽合金 | エレクトロン | ||||
| 銅合金 | 銅合金 | 洋銀 (洋白・白銅-ニッケル・亜鉛系) 、 青銅 ( ブロンズ ・錫系) 、 真鍮 ( ブラス ・亜鉛系) | Cu 60-65 Ni 12-22 Zn 18-23 | 銀白色、硬い | 楽器、装飾品 | |
| スズ合金 | 可融合金 | ハンダ | ||||
| 可融合金 | 鉛フリー半田 | |||||
| ビスマス合金 | 可融合金 | ウッド合金 |
ゼロ戦のために日本でアルミニウムと亜鉛を使った超々ジュラルミンが開発された。 アルミニウムも亜鉛も、その製造には電気が必要だった。
| 物質 | |||
|---|---|---|---|
| 電解製造 | 電解採取 | 水溶液 : 🏞 🧪 ⚛ 塩素 、 🏞 苛性ソーダ、 (食塩電解) 🏞 水素 、 ⚛ 亜鉛 | |
| 溶融塩 : 🏞 ⚛ アルミニウム | |||
| 電解合成 | 水溶液 : 二酸化マンガン | ||
| 有機物 :アジポニトル | |||
| 電解精製 | 銅 | ||
| 電気透析 | 🏞 食塩 |
洗剤や漂白剤は液体の 工業薬品がそのまま身近な生活に使われます。 温度と圧力で作ることができる液体や気体は灰汁やアンモニアです。 今やぼくらは電気の力を化学に使うことができる。 それが電解です。 加熱や加圧の 単位操作だけでは作れなかった化学薬品を手に入れましょう。
2 ) 3 ) 👨🏫 単体・工業薬品など @JIS.K―化学・化学分析アルミニウム、亜鉛がカソード反応を利用したのに対して、二酸化マンガンはアノード反応を利用した。
ダムの堤体は厚いので、鉄筋を入れない無筋 コンクリートで作られます。 そのため腐食による劣化はありません。
水力発電1886年(明治19年)、農商務省特許局の次長に任命された高峰譲吉(当時32歳)は、高橋是清局長を助け、特許商標制度の確立に向けて奔走していました。この年、世界で最初の「電気分解によるアルミニウム精錬方法」が発明されます。
翌年、譲吉が日本初の化学肥料会社「東京人造肥料」を設立し、私費による欧米出張で産業視察や機械買い付けをしている頃、日本に初めてアルミニウムが輸入されました。しかし、まだ産業用としてではなく、貴金属としての輸入でした。この頃は、まだ譲吉の念頭にはアルミニウムのことはなかったかもしれません。
日本で初めてアルミニウム加工を実用化させたのは大阪砲兵工廠で、1894 年(明治27 年)とされています。その後、1902年(明治35年)に、高木鶴松が大阪市に高木アルミニウム製造工場を設立、民生品を製作し「鶴松ブランド」としてアルミニウム器物の普及に貢献しました。
しかしながら、アルミニウムの原料であるボーキサイトが国内で産出されず供給を海外に頼っていたこと、 電気化学工業や水力発電事業が未発達であり、アルミニウム精錬に必要な大量の電力が高価なことなどが理由で、国内での製造研究をなかなか拡大・実用化できずにいました。
その頃の日本は、 電気化学工業や水力発電事業が未発達であり、研究開発が急務であった。
また、軽くて抵抗率の小さいアルミニウムは、高圧送電にも必須材料だった。
| 金属 | 元素 | 導電率 /108S/m | 抵抗率 /10-8Ω・m | |
|---|---|---|---|---|
| ⚛ 🜛 銀 | Ag [5s1] | 0.63 | 1.59 | |
| ⚛ 🜠 銅 | Cu[4s1] | 0.60 | 1.68 | |
| ⚛ 🜚 金 | Au [6s1] | 0.41 | 2.44 | |
| ⚛ 🜀 アルミニウム | Al[3p1] | 0.38 | 2.65 | |
| ⚛ 亜鉛 | Zn [4s2] | 0.17 | 6.02 | |
| 真鍮 (黄銅) | Cu,Zn | 0.14 | 7.00 | |
| 炭素粉末 (AB) | C | 0.00 | 210000 |
電線ばかりでなく、 電池の集電体にも使われます。 リチウムイオン電池の 集電体には、銅とアルミニウムが使われます。
炭素材料は、金属ではないが、 黒鉛は電気をよく通します。
真空管とガラス。ガラス工業のさかんなところからエレクトロニクスは発展した。 整流と検波に使う二極管。 増幅に使う三極管。
理科教室 電気・通信科展示室(教室)
ご協力
仁科辰夫:ブラウン管テレビ
安達義也
:クルックス管
奥山澄雄:ガイスラー管
米沢工業会:声の出演
遠藤みどり:考証
葛西聖仁:考証
C1の学生の皆様:関口 理希
黒澤 大輝
石川 智士
笹原デンキ
帝国大学とは別に、実学を重視する7つの工業高等学校を作った。 1910年に設立された米沢工業高等学校が、山形大学工学部の前身だ。 電気化学工業の先生として、佐藤誠先生が東京より招聘された。
佐藤誠先生→松木健三先生→立花和宏(山形大学)
外島忍先生→内田勇先生→仁科辰夫先生(東北大学)
電源のない戦地では、通信のための高性能電池が求められた。 アルカリマンガン乾電池の活物質は、電解二酸化マンガンと亜鉛が製造された。
1970年、ソニーラジカセ発売。 モーターを駆動するカセットテープで、アルカリマンガン電池が必須となった。 松木健三先生は、 アノードで固体が析出することに興味を持たれた。 佐藤誠先生のご指導のもと、松木健三先生、電解二酸化マンガンについて博士論文をまとめられた。
1975年には、ソニーが、ユニオンカーバイト電池部門と提携、アルカリマンガン乾電池の製造拠点として、山形県米沢市から遠くない福島県郡山市にソニーエバレディを設立した。 そして、1979年ウォークマン 6 ) が発売された。
アルミニウムのPS版を使ったオフセット印刷は、写真製版技術を発展させた。 その写真製版技術は、半導体集積回路の製造を可能にし、機器分析を発達させた。 1978年には、8bitCPUを搭載したインベーダーゲームが大流行した。 1979年にはMicrosoft Basic 搭載、同じく8bitCPU Z80を搭載した国産PC、NEC-PC8001発売された。
縁あって、立花が山形大学に入学したのは1981年です。
学部のときのはじめての論文投稿は、Microsoft BASICで書いた光の反射と屈折のシミュレーションだった。 量子力学を教わった津川昭良先生にご指導を受けて書いた。
1985 鎌田仁先生(東京大学)→尾形健明先生(東北大学)→
伊藤智博先生、
立花:光音響分析による深さ方向分析(卒業論文)
1986 事故で経営破綻に陥ったユニオンカーバイトから、株を買収、ソニーの完全子会社のソニー・エナジー・テックが誕生した。 松木研から多数の卒業生が就職し、のちにリチウムイオン電池を実用化することとなる。 1986 旭化成、吉野らリチウムイオン電池の基本特許を出願している。
電解コンデンサは、レギュレータや インバータに欠かせない電子部品です。
電子機器を構成する半導体回路を駆動するにはノイズのない直流安定化電源が必要だった。 その表面酸化皮膜を誘電体として使ったアルミ電解コンデンサは、直流安定化電源に必要だった。
1987 立花:エッチング(修士論文)まだデジタルオシロがなかったころ、ミリ秒オーダーで起きるアルミニウムの腐食と化成のアノード反応をとらえるため PC9801に搭載されていた、16bitCPU 8086を機械語でプログラムし、AD変換とDA変換を操った 10 ) 11 ) 。
印刷会社で、ラボスケール、ベンチスケール、パイロット、ライン立ち上げなどの研究開発業務を経験。 ブラウン管、液晶ディスプレイ、プロジェクションスクリーンなどなどのディスプレイの研究開発に携わった。 その際、半導体集積回路の基本技術であるフォトリソグラフィーを学んだ。 また、営業戦略、知財戦略などについて触れた。
海外事業部でも光学設計をするため、 Microsoft Windows 1.0 で、光学シミュレーションプログラムをC言語で書いた。
特許 特許 特許1991 ソニー・エナジー・テック、リチウムイオン二次電池発売
1992 バブル崩壊の危機を危ぶんでいた立花が松木先生からオファーを受けて母校山形大学へ戻った。 ユニオンカーバイトを退職されていた 小澤昭弥先生に出会い、電池を教わった。 12 )
2003 内田先生(東北大学)立花博士論文「リチウムイオン二次電池集電体 アルミニウムについて」を提出。
2006 旭化成の特許特許権消滅
2019 吉野先生ノーベル賞
黒坂さん(クニミネ、山形大学卒)や土屋さん(クニミネ、山形大学卒)との出会いが、粘土分散液のエネルギーデバイスへの応用を考えたきっかけでした。
粘土に関する技術シーズは、全てクニミネ工業さんに譲渡しました。 だから、立花には、技術シーズはありません。
特許
最近は、javascriptでWebアプリとデモや教材を書きます
図にゲル形成のメカニズムを示します.共有結合,クーロン力,水素結合,配位結合などが固定点となることでゲル化が起こります.ゲル化には化学結合だけが要因ではなくそのほかにも,凝集や分子鎖同士の絡み合い,分子配向などでも三次元の網目が形成されます. 特に無機ナノシートによるゲルは、配向して液晶のラメラ構造をとることが知られています 。 14 )
サーバーサイドでvbscriptで書くことも。
粘土シートの平面と、粘土シートの分極の方向は、必ずしも垂直ではない、らしい?
粘土分散液がアルカリだから、溶けている、だけでは説明できない何かがある、らしい?
というわけで、ぼくの、人となりと研究背景の紹介は終わり。 チャットでは、@かず、と呼んでください。
趣味は、ギター演奏、ガーデニング、ほかにも。 最近お気に入りの曲は、 Open the Door 。次回ワークショップのBGMにおすすめ。
最後に、クイズです。
電池は、工業製品であって、大量の活物質を、低コストで詰め込む世界。 でも、詰め込まれたいろいろな材料の界面が、その性能を支配します。
ぼくのメインテーマは、アルミニウム表面に存在する酸化皮膜とエネルギーデバイスの性能との関係です。
では、 その酸化皮膜の厚みは、だいだい原子何個分ぐらいでしょうか?