アルミ電解コンデンサの耐電圧を決める因子は何か:絶縁破壊とは
若手研究者の立場から
第16回ARS琵琶湖コンファレンス
アルミニウムが単離されてから、100年以上が経過している。1920年台には既に電子デバイスへの応用が検討されはじめた。その整流作用が、アノード酸化皮膜の存在によるものだということがわかると、ただちにその絶縁性を利用して電解コンデンサへの応用がなされた。新しい方式のコンデンサが次々に開発される中、アルミ電解コンデンサはその優れた特徴を活かし70年にも及ぶ歴史を刻んできた。1980年台には、リチウム二次電池集電体としてアルミニウムが注目された。アルミニウムがリチウム電池の高い起電力に耐えうることが重要な点であった。電解コンデンサもリチウム電池も、アルミニウムの不働態皮膜の耐電圧の高さを利用した電子デバイスである。アルミニウムの電子デバイスの応用の歴史は、その不働態皮膜の耐電圧に関する研究の歴史とも言える。このような研究は現在も発展を続けている。しかし、明確に「アルミ電解コンデンサの耐電圧を決める因子は何か:絶縁破壊とは?」の問いに応えるまでには至っていない。
デバイスとしてのアルミ電解コンデンサーにおける耐電圧は主に化成箔の耐電圧に依存する。従ってアルミ電解コンデンサーの耐電圧は化成箔の耐電圧より小さくなるのが普通である。ここでは主に化成箔の耐電圧について述べる。化成箔の耐電圧は主に2つの概念からなる。1番目はブレークダウン電圧と呼ばれている。これは、「陽極酸化可能な最大電圧」を意味し、それ以上の電圧では火花を発して陽極酸化反応が進行しないことから火花電圧とも呼ばれる。希薄電解液中でAlを陽極酸化させると火花電圧の高い化成箔が得られる。2番目は、化成箔の再陽極酸化開始電圧である。化成箔の再陽極酸化開始電圧はいくつかの定義が考えられるが、本質的には「漏れ電流が無視できる最大電圧」ということができる。化成箔の耐電圧と言った場合は、この再陽極酸化開始電圧を意味することが多いので、ここでは耐電圧として再陽極酸化開始電圧について述べる。
漏れ電流は実際には0に成り得ないので、化成箔の耐電圧の測定規格として、0より大きい所定の電流を通電したときの電圧を測定する、EIAJ RC-2364などが定められている。また、この再陽極酸化開始電圧は膜厚に比例し、その比例係数はアノダイジングレシオなどと呼ばれ1.4nm V-1の値が知られている1)。従ってアノダイジングレシオは皮膜の耐電圧と非常に密接な関係があり、古くから現在に至るまでその精密な測定が試みられ続けている。2-3)
このアノダイジングレシオの逆数は皮膜内部の電場強度を意味する。皮膜内部の電場強度と皮膜生成機構については古くから論じられてきた。これらは高電場促進イオン移動機構(HFM)と呼ばれ、1934年のGunterschultze と Betz の研究にまで遡る4)。彼らは酸化物内の電場強度が非オーミックなイオン電流密度 j と指数関係にあるという実験的関係を導いた。その後、1948年にCabrera と Mott はこの数式を、イオンが金属/酸化物の界面を泳動するのに必要な障壁の高さにもとづく電界の影響を仮定するモデルより理論的に誘導している5)。この後、Vermilyea6)、Dewald7) 、Winkel8)、Young と Zobel9)、Fromhold10)、ら多数の研究者によって、HFMが検討され、Dignam11) によってほとんど徹底的に考察された。しかし、アノード皮膜の特性を説明するもうひとつの理論、Macdonaldらによる点欠陥モデル(PDM)理論12-13)によって、現在もさらに検討が加えられ続けてている14) 。
アノダイジングレシオとHFM
アノダイジングレシオもHFMも陽極酸化のある側面についての数学的取り扱いとみなすことができる。アノダイジングレシオは、漏れ電流が無視できる仮定の下に皮膜膜厚と耐電圧の比例関係を表している。HFMは、電場強度と電流密度の関数関係を表している。しかし、これらの二つの数学的取り扱いはお互いに相容れない。それぞれを関係付けようという試みは歴史上いくつか存在している。アノダイジングレシオの逆数は電場強度を表すので、YoungはHFMからアノダイジングレシオについて考察している15)。また、小野らはTEMによる皮膜断面写真から皮膜膜厚を測定し、アノダイジングレシオの電流依存性について検討している3)。しかし、いずれの場合もアノダイジングレシオとHFMの両方を記述できる数学取り扱いを得ようという目的ではない。これらの二つの数学的取り扱いが相容れない理由は独立な物理量の違いによる。アノダイジングレシオの概念では、耐電圧が独立変数なので、ある耐電圧に対して皮膜膜厚は一意に決まる。HFMの概念では電場強度が独立変数なので、ある耐電圧に対して任意の皮膜膜厚を仮定できる。すなわち関数関係を与えられた数学的構造が異なる。
このように陽極酸化というひとつの現象において、アノダイジングレシオとHFMという相容れない2つの数学的取り扱いを50年間にもわたって統合することなしに、並列して存続させ続けてきたことが、「耐電圧」を考察する上での混乱を招いてきたひとつの原因であると考える。従って、「耐電圧」を考える上でアノダイジングレシオとHFMを統一する数学的取り扱いを考察することは重要である。それにより耐電圧の定義を明確にでき、耐電圧を実験的に正しく評価する方法論が吟味され、ひいては「アルミ電解コンデンサの耐電圧を決める因子は何か:絶縁破壊とは」の問いに対する回答を得る第一歩となると考える。
では、アノダイジングレシオとHFMを統一して数学的に取り扱うことは可能だろうか?その手がかりは1948年のCabrera と Mott の論文に既に存在しているのだが5)、当時は現在のようなコンピュータが無かったことと、HFMの議論が高度化しその研究を専門家以外が取り扱うことが困難になっていったことなどから、現在に至るまでほとんど議論されなかったのではないかと思われる。結論から言えばアノダイジングレシオとHFMを統一して数学的に取り扱うことは可能である。また陽極酸化というひとつの現象を記述するだけのことだから、従来存在する理論を否定するようなことはない。
さて、アノダイジングレシオのように耐電圧と皮膜膜厚が比例するとしたとき、電場強度と電流密度の関係はどうなるだろうか?耐電圧の定義から、電場強度がアノダイジングレシオの逆数未満のときは漏れ電流が0であり、電場強度がアノダイジングレシオの逆数より大きいと急激に限りなく大きな電流が流れるような関数fになると思われる。この関係を数式で形式的に表すと