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【関連講義】卒業研究(C1-電気化学2004~),エレクトロニクス分野における精密塗布・乾燥技術(仮)(2011)1)
リチウムイオン二次電池における精密塗布・乾燥技術
リチウムイオン二次電池における精密塗布・乾燥技術が、従来の精密塗布・乾燥技術と違う点があるとすれば、それは塗布・乾燥後の電極が、電解液に浸漬された状態で電極として動作しなければならないという極めて当たり前の点である。言い換えれば、いかに安定な塗料を作り、いかに均一で堅牢な塗膜を作ろうとも電解液に浸漬された状態で電極として動作しなければまったく意味をなさないし、逆に塗布・乾燥の工程で少々技術上の難があったとしても、電極として素晴らしい機能を発現すれば、それは十分評価に値する技術なのである。実際の現場では工程と電極性能との兼ね合いで妥協点を模索することになろうが、ここでは特にリチウムイオン二次電池の正極について電極動作発現の視点から精密塗布・乾燥技術を論じてゆきたいと思う。
集電体
電池の内部から外部回路へ電流を取り出す部材を集電体、集電材、集電子などと呼ぶ。一般のリチウムイオン二次電池では電極面積を多くするために電極箔をぐるぐる巻きにしたジェリーロール構造をとるため、集電体を集電箔(ホイル)と呼ぶこともある。一次電池と異なり、二次電池では充電によって電池内部が放電前の状態に戻ることが必要である。したがって集電体も電気伝導性や機械的特性に加えて充電に適した特性を持つ金属が選ばれている。一般的には正極箔には充電時に高い電位でアノード分極されても有機電解液中で不働態化しかつ有機電解液の分解を抑制するアルミニウム、負極箔には充電時に低い電位でカソード分極されてもリチウムと合金化することのない銅が選ばれる。もっともチタン酸リチウムのような高電位負極活物質が採用されれば負極箔にも銅より軽量のアルミニウムが採用される可能性がある。
さてリチウムイオン二次電池の正極箔の集電体として使われるアルミニウム箔の表面には自然酸化皮膜が存在しており、これが空気中でアルミニウム箔が耐食性を有する一因である。さらなる耐食性の向上と表面の機能改善のために積極的にこの酸化皮膜を利用するのに予めアノード酸化を施したアルマイトなどの工業製品がある。これらアルミニウム箔の表面酸化皮膜は空気中など環境中の酸素や水分によって平衡状態にあり、かりにキズがついたとしてもその酸化皮膜は酸素や水分によって自己修復される。ところがリチウムイオン二次電池では負極の動作にリチウムの酸化還元反応が関与するため、電解液にはリチウムと反応しづらい非プロトン性溶媒を使う必要があり、結果としてリチウムイオン二次電池の内部環境において正極箔であるアルミニウム箔に対する溶媒の自己修復機能は期待できない。そればかりか充電時に高い電位でアノード分極されるためアノード溶解を引き起こす可能性がある。そのため一般的なリチウムイオン二次電池では、アルミニウム箔とPF6-やBF4-といったアルミニウムの不働態化を促すアニオンを含む電解液と組み合わせる。
このように正極箔の集電体として使われるアルミニウム箔の表面には不働態皮膜が存在するが、この不働態皮膜は電池活物質と電子の授受は行えない。そこで炭素導電助材が集電箔と活物質の電子輸送の橋渡し役として使われる。アルミニウム箔の表面の不働態皮膜は不定比化合物半導体ともいうべき性質を有し、有機電解液や活物質に対してはほぼ絶縁体として振舞うが、炭素導電助材には電子の授受を行うことができる。そこで実際の電極製造工程では炭素導電助材を正極活物質に混合して分散した合材スラリーを作成し、それをアルミニウム箔に塗布・乾燥して正極箔とする。
合材スラリー
合材スラリーを構成する個々の材料の特性を云々することは参考になることがあっても、必ずしもそれらが電池性能に反映されるとは限らない。電池性能を担うのは材料同士のヘテロ界面であるから、むしろ材料の最適な組み合わせを探すことこそ肝要である。電池のエネルギー密度向上ため、塗布する合材スラリーに活物質以外の材料を配合することは極力低く抑えたい。しかしながら実際の合材スラリーにはアルミニウム箔との導電性確保のための炭素導電助材、それらを結着させるためのバインダー、さらにはスラリーとして塗布適性を向上させるための溶剤(分散媒)、ヒビクル、分散剤などが配合される。それらが配合された合材スラリーと集電箔について電池性能を向上させるための最適な組み合わせを探すことになる。合材スラリーの分散安定性やレオロジーの制御については特にリチウムイオン二次電池に限った話ではない。ただ電池性能に影響を及ぼさないという制限が課された範囲で検討する必要がある。
乾燥
乾燥・硬化過程において活物質や導電助材などの分散質が偏析しないようにするというのも特にリチウムイオン二次電池に限った話ではない。合材スラリー中の溶剤(分散媒)は乾燥・硬化過程において電極から完全に分離・除去されるべきであるが、分散質粒子表面に吸着した溶剤(分散媒)まで分離・除去されたことを保証するのは現実的ではない。ここでリチウムイオン二次電池における乾燥過程としては、残留した溶剤(分散媒)が電池性能にどのような影響を及ぼすかを予め把握し、電池設計に反映させることが大切である。
分散安定性を与えるには一般に粒子表面を溶剤(分散媒)と親和性のある状態とし、かつ粒子同士が近接しないようにする必要がある。しかし乾燥後の電極においては粒子同士がしっかりと電子ネットワークを構成する必要があり、分散安定性の向上が電子ネットワークの形成を阻害しないように工夫しなければならない。あまり粉体濃度が低い段階から電子ネットワークの形成を意識しすぎると構造粘性を生じてレオロジーや塗布適性に支障を与えることになる。またイオン化合物である活物質は極性固体であり、共有化合物である炭素材料は非極性固体であり、異なる性質を有する二種類の固体粒子に分散安定性を与える点も忘れてはならない。