技術者倫理

新しい技術を運用するにあたって

市場のニーズに応え、人々が幸せになるようにと、日夜研究した成果が、実用化され、運用されることは、技術者冥利に尽きるというものでしょう。しかし、その技術を行使することによる、潜在的な危険に気づくことは、技術者の限りある知識だけでは対応しきれません。まして組織の中で、専門分野に特化した業務に携わっていれば、なおさらでしょう。予見可能性と結果回避義務を果たすために、技術者としてどのような姿勢で学べばよいか、水俣病、イタイイタイ病、第二水俣病、四日市ぜん息など具体的な例をひとつえらび、議論してみましょう。


予見可能性と結果回避義務の議論の例として「チクロ」を選んだ。

チクロはシクロヘキシルスルファミン酸ナトリウムの略名である。 1939年アメリカのイリノイ大学の大学院生スベーダによって発見された。 人工甘味料である。

1945年終戦を迎え、占領下の日本では、子供たちが甘いものに飢えていた。 砂糖はとても高価だった。 進駐軍が持ち込んだオレンジジュース1本35円で、とても庶民の手に届かなかった。 いち早くチクロを導入したのは、渡辺製菓の技術者だった。 渡辺のジュースの素は、1袋5円で、1日1億杯分が生産されていた。

そこへ、チクロの発がん性が噂され、アメリカはチクロ使用禁止に踏み切った。 日本もそれに応じて禁止した。ジュース業界は壊滅的な打撃を受けた。

チクロの発がん性はその後否定されている。 しかし、チクロは合成甘味料として日本では現在も使用禁止となっている。

チクロを導入した技術者がこの騒動を予見できたかといえば、おそらくできなかったであろう。 結果を回避する義務があったとしても、個人の知識と判断でなしえたかどうか。 技術者にできることは、最善を尽くすこと、のみなのかもしれない。