☆ 鉄は強磁性体であるが、買ってきたばかりの鉄クギは 磁石になっていない。なぜか? → 鉄クギ全体が、磁気モーメントの揃った微小部分 (磁区)に分かれており、隣り合った磁区では磁気 モーメントが90°または180°の角度をなしている。 従ってクギ全体としては磁化されていないから。 → しかし、クギに外部磁場をかけると(右図)、 磁区の境目が移動し(原子は移動しない)、 やがて全体が飽和まで磁化される。 → 外部磁場をゼロにしても、磁化は完全には なくならない(残留磁化)。 → 磁化をゼロにするには、逆方向の磁場を かけなくてはならない(保磁力)。 ・外部磁場の強さと向きに対する磁化を表わした曲線 を磁化曲線という(右図)。曲線の形によって大まかに 強磁性の「硬さ」の分類をすることがある。 軟磁性(右図(a)、飽和磁化大、保磁力小) → 磁気ヘッドとして応用。 硬磁性(右図(c)、残留磁化と保磁力が大) → 永久磁石として応用。 半硬磁性(右図(b)、残留磁化、保磁力は中間) → 磁気記録媒体として応用。 10-4 強磁性無機固体 ☆ 主として鉄の酸化物を主成分とする物質が広く用いられている。ここでは軟磁性体~半硬磁性体と して重要な「スピネル型フェライト」を取り上げる。ちなみに、スピネルフェライトを発見し、工業的応用を切り開いたのは日本人(加藤与五郎、武井武という東工大電気化学教室の教授)であり、 TDKという会社名は東京、電気、化学の頭文字をとったもの) 例:Fe3O4(通称マグネタイト。スピネル型構造。) スピネル型構造は非常に複雑なので覚える必要はない。 一般にはAB2O4と表わされ、O2-の立方最密充填 構造の4配位サイトの1/8に陽イオンA、6配位 サイトの1/2に陽イオンBが入っている。 マグネタイトの場合、4配位サイトにFe3+の半分、 6配位サイトにFe3+の残り半分とFe2+が入る。 ☆ 磁気的性質を考える場合には、磁気モーメントが 互いに反平行な「B - A - B」だけを考えれば良い。 この講義では、マグネタイトと関連化合物の化学組成 と磁気モーメントとの関係を理解すれば良い。 <マグネタイトの単位式量あたりの磁気モーメントの大きさ> (単位式量とはFe3O4、Fe原子3個あたりの意味)> 考え方:①Fe2+とFe3+の磁気モーメントはそれぞれ4μBと5μB。 ②B - A - Bのイオンの並びは、Fe2+ - Fe3+ - Fe3+である。 ③磁気モーメントは互いに反平行だから、4↑ - 5↓ - 5↑、結局「4↑」となり、磁気モーメ ントの大きさは「4μB」と予想される。実測値は4.1μB。 ④磁気モーメントの大きさは、飽和磁化の大きさと比例する(どれだけたくさん磁化できるか)。 <マグネタイト関連化合物の磁気モーメントの大きさ> (a) NiFe2O4(通称ニッケルフェライト)、Niは6配位サイトに入る(陽イオンB)。従って、B - A - B の並びはNi2+ - Fe3+ - Fe3+。Ni2+の磁気モーメントの大きさは2μBなので、上と同様に考える と磁気モーメントの大きさは2μBと予想される。実測値2.3μB。 (b) MnFe2O4(通称マンガンフェライト)、Mnは4配位サイトに入る(陽イオンA)。従ってB - A - B の並びはFe3+ - Mn2+ - Fe3+。Mn2+の磁気モーメントの大きさは5μBなので、上と同様に考える と磁気モーメントの大きさは5μBとなる。実測値4.8μB。 (c) Mn0.6Zn0.4Fe2O4(通称マンガンジンクフェライト)、MnもZnも4配位サイトに入る(陽イオンA)。 ところでZn2+の磁気モーメントはゼロだから、陽イオンAの平均磁気モーメントは5.0×0.6=3.0 μB。すると、5↑ - 3↓ - 5↑となり、磁気モーメントの大きさは7μBと予想される。実測値6.8 μB。これがスピネル型フェライトで達成できる最大値。(Znをこれ以上増やしすぎると、交換相互作 用の様式が変化して、磁気モーメントが減ってしまう。詳細は省略) ☆ 前ページに記したように、磁性体はその用途によって飽和磁化(≒磁気モーメントの大きさ)、残留磁化、保磁力などが最適になるように組成設計される。磁気モーメントが小さいからといって工業的意味 が小さいというわけではない。一見磁性体と化学とは無関係に思えるかもしれないが、金属イオンの種類と組成比、それらの結晶構造中の位置などを理解することによって、様々な特性を持つ磁性体を設計し、作り上げることが可能になる。このような知識や作製操作は化学以外のなにものでもない。