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磁性と磁性体

10.磁性と磁性体

10-1 磁性の種類
 ☆ 固体の中には磁石になるもの、ならないものがある。磁場に対する物質の応答を磁性という。磁性には沢山の細かな分類があるが、ここでは基本的な大分類を述べる。
 
 磁場への応答の測定原理(右図)
 1.電磁石電源OFF)の中心よりも上に試料を天秤でつるす。
 2.電磁石をONにする。
 3.試料の挙動をみる。
  挙動により、おおまかに以下のように磁性を分類する。
 
 (A) 強磁性体磁石に強く引きつけられる。電磁石をOFFにしたあと、自分自身も磁石になっている。
        例:鉄
 (B) 常磁性体:弱い力で磁石に引き寄せられる。自分自身は磁石にならない。
        例:アルミニウム、液体酸素
 (C) 反磁性体:非常に弱い力で磁石から遠ざかろうとする。自分自身は磁石にならない。
        例:銅、水
 *常磁性体や反磁性体の応答は非常に弱いので、我々は肉眼や手の感触程度では知ることはできない。精密な装置を使って初めて知ることができる(水が反磁性を示すことは、後期の応用化学演習IIで実験するかも知れない)。

10-2 磁性の原因
 ①反磁性:電子の軌道運動の電磁誘導(この原因についてはさほど重要ではない。物理を履修してこなかった人は理解できなくても構わない)。核のまわりの電子の周回運動によって磁場ができている。外から磁場が加わると、「その磁場を打ち消す磁場ができるように」電子の周回運動が変化する。
     →すべての物質には反磁性がある。しかし、反磁性は常磁性強磁性よりも弱いので、常磁性または強磁性があるとそちらの性質が強く現われる。
 ②常磁性強磁性不対電子のスピン
      ・電子はそれ自身が「磁石」である(最も小さい磁石)。電子には+1/2または-1/2のスピン量子数(上向きと下向きのスピンなどとも表現されてきた)が割り当てられている。1本の軌道にはスピン量子数の符号が異なる2個の電子が入るが、そのようになるとスピン(量子数)がキャンセルされて磁石の性質を失う(例えば水素分子は反磁性)。
      ・従って、不対電子をもつ物質はスピンが完全にはキャンセルされないので、必ず常磁性または強磁性を示す。(不対電子をもつ物質の例:ラジカル、遷移元素を含む化合物)
  例題1:Fe3+イオンおよびNi2+イオンの電子配置を答よ。それぞれのイオン1個あたり何個の不対電子を持っているかを答えよ。

 <磁気モーメントについて>
  磁石を表現する場合は、「極の向き」と「磁石の強さ」の両方を示さなくてはならない。すなわちベクトルで表わす必要がある。磁石の強さと向きを表すベクトルを「磁気モーメント」という。
  1個の不対電子は1個の磁石とみなすことができるが、不対電子1個の磁気モーメントはほぼ1μB(ボ
 ーアマグネトン)である。(1μB = 1.17×10-29Wb・m)

 ②-1 常磁性
   「磁気モーメントをもつ原子(すなわち不対電子を持つ原子)が互いに離れて存在する」物質
   ・外部磁場がないとき:個々の原子の磁気モーメントはランダムな方向を向いており、物質全体で平
     均すると磁気モーメントはゼロ(すなわち磁石ではない)。…次ページ上図左
   ・外部磁場があるとき:個々の原子の磁気モーメントは、あたかも方位磁石が地磁気の方向を指すよ
     うに外部磁場の方向に揃う。物質全体で平均すると磁気モーメントが現われ、しかもそれは外部
     磁場に引き寄せられる方向を向く。…次ページ上図右

   ☆ 磁気モーメントが一方向に揃うことを「磁化される」という。


     外部磁場なし。                       外部磁場あり
  全体の磁気モーメントはゼロ
                    

      ☆ 常磁性体は左右の状態の変化が可逆である。

 ②-2 強磁性体
   「磁気モーメントをもつ原子(すなわち不対電子を持つ原子)が他の原子0個または1個へだてて隣
    り合っている」物質

  ☆ 磁気モーメントをもつ原子が互いに近くに存在すると、「互いの磁気モーメントの向きを平行また
    は反平行に揃えよう」とする作用が働く。⇒ 交換相互作用

  ・平行に揃っているとき:外部磁場がなくても
   はじめから磁化されている(自発磁化、左)。
  ・反平行に揃っているとき:磁気モーメントの
   総和がゼロでなければ、自発磁化をもつ(右)。
   (反平行でなおかつ磁気モーメントの総和がゼロ
   の場合、反強磁性という。詳細は略)

  ☆ 強磁性体ははじめから自分自身が磁石になっている(自発磁化)。
  ☆ 強磁性体常磁性体の本質的な違いは、自発磁化があるかないか(交換相互作用の有無)である。


10-3 強磁性体の磁化過程
  ☆ 鉄は強磁性体であるが、買ってきたばかりの鉄クギは
    磁石になっていない。なぜか?
   → 鉄クギ全体が、磁気モーメントの揃った微小部分
   (磁区)に分かれており、隣り合った磁区では磁気
   モーメントが90°または180°の角度をなしている。
   従ってクギ全体としては磁化されていないから。
   → しかし、クギに外部磁場をかけると(右図)、
     磁区の境目が移動し(原子は移動しない)、
     やがて全体が飽和まで磁化される。
   → 外部磁場をゼロにしても、磁化は完全には
     なくならない(残留磁化)。
   → 磁化をゼロにするには、逆方向の磁場
     かけなくてはならない(保磁力)。

  ・外部磁場の強さと向きに対する磁化を表わした曲線
   を磁化曲線という(右図)。曲線の形によって大まかに
   強磁性の「硬さ」の分類をすることがある。
    軟磁性(右図(a)、飽和磁化大、保磁力小)
     → 磁気ヘッドとして応用。
    硬磁性(右図(c)、残留磁化と保磁力が大)
     → 永久磁石として応用。
    半硬磁性(右図(b)、残留磁化、保磁力は中間)
     → 磁気記録媒体として応用。
 
10-4 強磁性無機固体
  ☆ 主として鉄の酸化物を主成分とする物質が広く用いられている。ここでは軟磁性体~半硬磁性体と
    して重要な「スピネル型フェライト」を取り上げる。ちなみに、スピネルフェライトを発見し、工業的応用を切り開いたのは日本人(加藤与五郎、武井武という東工大電気化学教室の教授)であり、
    TDKという会社名は東京、電気、化学の頭文字をとったもの)
 例:Fe3O4(通称マグネタイト。スピネル型構造。)
   スピネル型構造は非常に複雑なので覚える必要はない。
   一般にはAB2O4と表わされ、O2-の立方最密充填
   構造の4配位サイトの1/8に陽イオンA、6配位
   サイトの1/2に陽イオンBが入っている。
   マグネタイトの場合、4配位サイトにFe3+の半分、
   6配位サイトにFe3+の残り半分とFe2+が入る。

 ☆ 磁気的性質を考える場合には、磁気モーメントが
   互いに反平行な「B - A - B」だけを考えれば良い。
   この講義では、マグネタイトと関連化合物の化学組成
   と磁気モーメントとの関係を理解すれば良い。

<マグネタイトの単位式量あたりの磁気モーメントの大きさ>
 (単位式量とはFe3O4、Fe原子3個あたりの意味)>
  考え方:①Fe2+とFe3+の磁気モーメントはそれぞれ4μBと5μB。
      ②B - A - Bのイオンの並びは、Fe2+ - Fe3+ - Fe3+である。
      ③磁気モーメントは互いに反平行だから、4↑ - 5↓ - 5↑、結局「4↑」となり、磁気モーメ
       ントの大きさは「4μB」と予想される。実測値は4.1μB。
      ④磁気モーメントの大きさは、飽和磁化の大きさと比例する(どれだけたくさん磁化できるか)。

<マグネタイト関連化合物の磁気モーメントの大きさ>
 (a) NiFe2O4(通称ニッケルフェライト)、Niは6配位サイトに入る(陽イオンB)。従って、B - A - B
   の並びはNi2+ - Fe3+ - Fe3+。Ni2+の磁気モーメントの大きさは2μBなので、上と同様に考える
   と磁気モーメントの大きさは2μBと予想される。実測値2.3μB。

 (b) MnFe2O4(通称マンガンフェライト)、Mnは4配位サイトに入る(陽イオンA)。従ってB - A - B
   の並びはFe3+ - Mn2+ - Fe3+。Mn2+の磁気モーメントの大きさは5μBなので、上と同様に考える
   と磁気モーメントの大きさは5μBとなる。実測値4.8μB。

  (c) Mn0.6Zn0.4Fe2O4(通称マンガンジンクフェライト)、MnもZnも4配位サイトに入る(陽イオンA)。
   ところでZn2+の磁気モーメントはゼロだから、陽イオンAの平均磁気モーメントは5.0×0.6=3.0
   μB。すると、5↑ - 3↓ - 5↑となり、磁気モーメントの大きさは7μBと予想される。実測値6.8
   μB。これがスピネル型フェライトで達成できる最大値。(Znをこれ以上増やしすぎると、交換相互作
   用の様式が変化して、磁気モーメントが減ってしまう。詳細は省略)

 ☆ 前ページに記したように、磁性体はその用途によって飽和磁化(≒磁気モーメントの大きさ)、残留磁化、保磁力などが最適になるように組成設計される。磁気モーメントが小さいからといって工業的意味
  が小さいというわけではない。一見磁性体と化学とは無関係に思えるかもしれないが、金属イオンの種類と組成比、それらの結晶構造中の位置などを理解することによって、様々な特性を持つ磁性体を設計し、作り上げることが可能になる。このような知識や作製操作は化学以外のなにものでもない。