大学教育の質の保証・向上ならびに 電子化及びオープンアクセスの推進の観点から 学校教育法第百十三条に基づき、 教育研究活動の状況を公表しています。
第百十三条 大学は、教育研究の成果の普及及び活用の促進に資するため、その教育研究活動の状況を公表するものとする。
A.優秀で知識の豊富な高学歴の人が、その知識を殺人に使ったことが恐ろしいと思った。 私は化学を専攻しているが、正直かなり成績不振である。ほかの人は、とても優秀で成績が良く知識も豊富な人が沢山いることも分かっている。 しかし、化学に詳しくない人々(私の両親・姉、どちらも文系専攻である)からしてみたら、化学を学んでいる、理系である、と成績・知識関係なく、ひとくくりで見ているらしい。 成績不振だが、化学を専攻したことを自覚し、他の優秀な方々の迷惑にならないよう倫理に反しない行動をしなければならない。
A.地下鉄サリン事件での科学技術がテロに使われることとなったことに対して、私が考えたことは宗教や思想というものは科学技術と同じように社会を豊かにするものでありながら危険な側面も存在するものであるというものです。科学技術も思想も使うときや自分に取り入れるときに少し立ち止まって倫理的な視点からよく吟味する必要があると考えます。
A.皆と正しいことか間違っているかを議論したところ皆一様に間違っていると意見が一致したが、何が間違っているかについては意見が分かれた。 自分は使い方に間違いがあるとしたが皆は作った事が自体が間違いだと言っていた。 それは悪意を持っているかによって変化する事だと意見がまとまった。
A.地下鉄サリン事件は、技術者が持っている技術を悪用された例であると思う。サリンを作ることが正しいことで、力を発揮することができると教えられたと聞いて、自分たちが学んだことが悪用されることもあるのだと思った。倫理観を養うことはこういった場面に遭遇した場合に正しい判断を下すことができるようになると思う。
A.頭の良い優秀な人ほど倫理観を求められ、倫理観の無い頭のいい人は社会に大きな影響を及ぼす可能性があるとわかりました。
A.1995年3月20日の朝に地下鉄サリン事件は起きた。土谷正実はオウム真理教の化学者であり、遠藤誠一と中川智正と共にサリンを生成し、無差別大量殺人を可能にした。土谷正実は化学者・技術者として、そして人間として最悪な事件を起こし、死刑判決となった。この判決は誰もが納得する判決であり、それ以外考えられない。
A.人は他人に認められることで、世間では悪い行いだとしても正しいことだと思ってしまうと考えた。このような事件を防ぐために、学校での教育を見直し、個人又は周囲の人たちが正しいこと悪いことを判断できるように育成する必要があると考えた。
A.どんなに自分に利益がでることを意識しても、絶対に周りに迷惑をかけてはいけないということ。
A.「優秀」という言葉を辞書で引いてみると「他よりも優れていること、他よりも一段と目立っていること」と出てくる。なので本当に優秀な人は他の人々とは少し違う考え方を持っていたり、今まで挫折などをしたことがなく初めての挫折などで何かが狂ってしまったりしているのではないかと思った。
A.頭のいい人の全てが認められているわけではなく変わり者として扱われている場合もあり、そんな人を「君は優秀で私たちの組織でとても力になる」と自分を肯定してくれる人に出会えばその人について行こうという気持ちになるのではないかと思う。その方法でオウム真理教は高学歴の人を次々と信者として迎え入れることで地下鉄サリン事件を起こすことができる人材を集めた。サリンという猛毒を製作するのは明らかに危ないというのが分かりそうだが、自分を肯定してくれる人について行こうという気持ちにより周りが見えなくなり技術者としての判断ができなかったと考えられる。
A.地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教の人は頭が良く優秀な人が多い。優秀な人であるほど信じてはいけないものを信じてしまうのは自分がいつも正しいと思っているからである。
A.学んだ知識、優秀な頭脳をもっているのなら、それらをどのように生かすのかが大事という事を学びました。 地下鉄サリン事件に関わった技術者たちのような失敗を起こさないために、自分の信じていることを本当に信じていいのか、立ち止まって常に自分に疑問を投げかけることが大事ではないのかという考えに至りました。
A.自分の倫理観に従い回答します。
A.どんなに化学の知識を持ち、技術者として優れていても、倫理観が備わっていなければその技術を自分の意のままに使い、他人を傷つけてしまうことがわかった。 授業には参加してましたがウェブクラスでの出席を忘れていました。
A.入信するのは純粋でまっすぐで良い人が多いのだと思いました。この教えで世の中を良くしようと思って、何も疑わずに信じてしまうのだと思いました。また、優秀な人の方が孤独を感じやすいというデータがあるという話が出て、認められたり褒められたりすると、そこに自分の存在意義を見いだしてしまうのだと思いました。 WebClassによる出欠が出来なかったのは、抗議室での学生証の出席だけだと思っていて、出席ボタンがあることを知らなかったからです。
A.サリンの構造式を見た際には特別難しそうな構造ではないと思った。芳香環がたくさんあったりするわけでもなく、長鎖の高分子構造というわけでもない。そんな物質があの地下鉄サリン事件を起こしたという事実にまず驚いた。授業でもあったように旧帝大に属しているような人たちならば作れてもおかしくないと思ったし、実際に作られている。 化学に関する知識をつければつけるほど自分の選択肢は広がっていくが、それを悪用する人たちがいるということも理解しておく必要があるということを議論した。
A.地下鉄サリン事件の犯人は、優秀な科学者でした。しかし、その技術を悪用するために近づいた者によって利用されてしまいました。社会がもっと彼らの技術を評価していたら、彼らは偉大な科学者としてこの世に名を馳せていたかもしれないし、あのような悲惨な事件を招くことはなかったのかもしれないと思いました。 また、彼らが技術者倫理を学んで心に留めていたら、人を傷つけるために自分の技術を使うことに思いとどまっていたのではないかと思います。もし、学んでいたのだとしたら、それでも実行させてしまう信仰の恐ろしさも感じました。
A.地下鉄サリン事件は、宗教団体のオウム真理教によって引き起こされた同時多発テロ事件である。地下鉄駅という密閉された空間で化学兵器を使ったため、死者を含む多くの被害者が出た。友達と議論して、どのような理由であっても人の命を奪うことは決して許されることではないという意見になった。
A.科学や技術の知識ががいくらあって頭の良い人間でも、必ずしも正しい人間とは限らない。 サリン事件に関わった人間は高学歴で頭の良い人間が多かったという。しかし、人間がどう生きるかといった答のない問を自身で出せず、宗教にすがってしまったことが事件の原因ではないか。 技術者の前に人として何が正しいか見極める目を持つべきである。 普段携帯の方でWebクラスを使わないので、授業の際に上手く入れませんでした。
A.人類社会には天才と呼ばれる人が極めて少ない。そのため、実は天才は想像より寂しい。問題点に気が付いても、大勢の人が気にしない。対策を提出しても、無視される。このような経験が重なってくると、他人の能力を疑い始める。心もどんどん曲がる。何に対しても無関心な人々の目を覚ますため、過激な行動が必要だと考えるようになる。 日本の地下鉄サリン事件だけではなく、アメリカでもユナボマー事件があった。 天才は一般人と違って、自分の利益のためにそのようなことをやるわけがない。自分を革命家と確信して、見通す能力のない多数の人のためにやる。革命のため、犠牲者が必ずいる。ただの一般人何人かの命を新しい社会を作る引き金にするのは大丈夫だろう。そう思う天才たちは、みんなが幸せになれる世界を作るのに人を傷害するという矛盾を無視して、ついに罪を犯した。 この問題の解決法は技術者倫理と関係がない。革命を起こす時、倫理を守る余裕がないためである。また、天才は技術者の割合が高いが、彼らは偶然の技術者だった。他の職業の天才も恐ろしいことをやる。したがって、天才の意見が自由に交流できる場所を作るべきだと考える。自分の意見が無視されないのであれば、極端な行為も必要がない。
A.知識は時として多くの人々の命を脅かす凶器となりうる。しかしそのような専門知識を持つ人が犯罪を起こす、または加担してしまうのは何故なのかと考えた時、現状に満足していない、心が満たされない、自分の持つ技術が必要とされることで自分自身もまた必要とされていると感じるなどがあるのではと考えた。
A.私は、地下鉄サリン事件に関してもとはオウム真理教によるものである。オウム真理教についてよく調べてみたら、殺人も宗教活動に入れていると聞いた。いくら宗教の思想だと言っても国民までも巻き込んで悪影響を与えるのは違うと私は感じた。政府がオウム真理教に捜査をしてくるからサリンを撒いたと知ったが、捜査されて何か悪いことがあるから捜査されたくないと考えると宗教の哲学にも疑わしいのである。
A.好奇心が強く、1つのことに興味を持つとそこにしか目がいかなくなる。そのとき信じているものが正しいと勘違いしてしまい、それらが正しくないと分かったときには、周りに害を与えてしまったのだと考えた。自分が思う優秀な人は、周りに認められている人だと考えた。
A.他人よりも知識が豊富な人ほど孤独感を感じ宗教等に入り込んでしまうと考えた。
A.地下鉄サリン事件は、サリンをつくることができるほど優秀な人が他者の幸福を侵害してしまうような宗教を信仰してしまったのが原因だった。その優秀さが別の方向に向いていればこんなことは起こらなかった。
A.地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教の人達はとても優秀な人達だったと私は思います。しかし、優秀な知恵や技術を間違えた事に使ってしまいました。これは技術者全員にこの様な事件を起こしてしまう可能性はあると思います。やろうと思ったら、技術者みな出来るのです。しかし、やってはいけないと言う理性が働きます。この理性こそ技術者倫理だと思います。地下鉄サリン事件の様な悲惨な事件を2度と起こさないためにも、特別な知識がある技術者を暴走させないためにも、技術者倫理をもっと大切にしていくべきだと思います。
A.化学物質は、使用方法によってその危険性は変わるのだと考え、どのような人が発明し誰が使ったのかを見てどうすればよかったのかについて議論しました。 自分たちのグループでは発明した人よりも使っている人のほうに問題があると考えました。 使っている人がメリットだけをみて使用するのが一番の問題なんだと思ったので、国で使用方法などを記入する紙を提出させる法律を作ったり、第三者の視点が必要だと思います。
A.優秀な人は、一つの物事を集中して取り組める能力が秀でており、自分にしかできないことを見つけて、それを極めたい思う熱が周囲に比べて高いと考えられる。そのため、自分の能力を評価し活用してくれる人についていき、してはならないことをしてしまったと考えられる。
A.学生証をタッチしたのですが出席ボタンを押すことをうっかり忘れてしまいました。申し訳ございません。 地下鉄サリン事件のような化学技術を間違った方向に使われてしまうことは今後一切怒ってはいけないと思いました。
A.地下鉄サリン事件を例にとって、優秀な人間とはを友達と話した。一言で「優秀な人間」といっても、学問に関して優秀であったり、生きる上での立ち回りが優秀であったりと、いろいろな意味がある。学問において優秀である人間は、知的好奇心や探求心がとても強く、たとえそれが多少リスキーであっても続けようとするだろう。地下鉄サリン事件における毒ガス開発者もそれに該当するのではないかと考察した。
A.地下鉄サリン事件は一般人から考えると賢い人たちがなぜこんな罪を犯したのだろうかと思う。 優秀な人ほど思考力があり、そのうえ謙虚に生きている人であると考えられる。そのためものごとをはじめから否定的に捉えないで、受け止めてしまう傾向にあり、過ちに気づかず信じてはいけない者を信じてしまうのだと考えられる。
A.地下鉄サリン事件を行った犯人が京都大学院や筑波大学院など高学歴の方がいたと知って、びっくりしたと友達と話しました。 技術者を目指すものとして、こういった知識を世の中の為になるような使い方をしなければならないなと思い、議論しました。 また、私は世の中の支えになりたいという夢があり、大学に進学しましたが、中には地下鉄サリン事件のような人々の笑顔を奪ってしまうような使い方を思いついてしまう人もいるのかと思うと、ゾッとします。
A.社会の混乱や、個人的な悩みから生まれる精神の弱みを利用される。人は元々自分にとって都合の良い考えを信じ、反対に都合の悪い考えを信じない性質があるように感じる。弱っている時ならなおさらである。そうした考えの集合によりその人の倫理観が生まれるとしたら、都合の悪い考えを無視していないか内観する意識を普段から持つ事で、多少は自分本位な倫理観の改善につながるのではないかと思う。
A.地下鉄サリン事件は現在に至るまで影響を与え二度と起こしてはいけない事件である。
A.頭の良い人でもその頭脳の使い方を間違えると犯罪者になるから、頭脳とそこから生み出された技術は慎重に使う所を考える必要があると感じた。また、人間何か心に大きな穴や心配事、情緒が不安定な時ほどこのような事件を起こしかねないから心を安定をしていることはかなり大事だと思った。
A.地下鉄サリン事件は、その当時にすらサリンという言葉があまり出回らなかった以上、仕方なかった部分はあると考えられる(それを実行した組織の行動を賛美してるものではない)
A.優秀な人ほど自分の実力を試したくなったり、どこまでできるのかということに目が行き、本来するべきことから外れてしまうことがある。これを制御するには技術者倫理について早い段階から学ぶべきであるし、そうすることでより良い研究などができると思う。
A.サリンを猛毒と知りながら生成して、それを人が大勢いる場所で撒き、たくさんの人を苦しめました。物や物質を作るにはそれについての知識が必要で、その知識があることに対しては悪いとは思いませんがそれを悪用することは許してはいけないことです。知識がある人はその知識の使い方を気をつける必要があると考えます。
A.私的にこの事件は技術者倫理の話より誰かの教えに対する信仰心が強いことが原因であると感じた。頭が良くても悪い考えを持つような人を崇拝しているのであれば倫理など考えないことだろう。「かのお方がが言っていることはすべて正しいこと」「かのお方が私のすべてである」…このような考えがある人に私たちが「技術者倫理とは…」と話をしても意味をなさないと思う。 どちらかというと技術者倫理を一番偉い方(崇拝される方)に教えた方がよくなるのではないかと感じた。 「戦争を終わらせるために殺人が正義とされるのは間違いで、逆にその人たちが戦争を吹っかけているよねー」と友達と話し合っているときに出てきました。殺したい方でもいたのでしょうか…聞いていたいです。
A.学んだ技術を人類の道徳から外れた事に使うのは技術者としてあるまじき行為だと思う。科学の技術者こそ危険であることを1番理解して扱わなければならないと思う。
A.優秀とは、ある分野に長けていることを指す言葉である。しかし、その分野の利点だけを理解しているのではなく、デメリットや限界も深く理解していることを指す言葉でもある。デメリットや限界を理解しているということは、ある程度は自分で熟考した上での判断であるから、その点では思考は停止しているといえる。 このとき、宗教や現実を越えた超次元的考えが目の前にあり、自身の知り尽くした分野のデメリットや限界を取り除いてくれるとしたらどうだろう。今まで、その分野に傾倒してきた熱意が、一気に宗教やその他の思想に傾く可能性が高いのではないだろうか。それはやがて、木を見て森を見ずの状態となり、盲信として現実世界へと浮かび上がってしまうため、信じべからざるものを信じてしまう。
A.地下鉄サリン事件の中心となったオウム真理教の団員たちは元々は優秀な化学者だったが、それが裏目に出てより探求を目指した結果、サリン事件のような悪夢ができてしまったのではないかと話した。化学は人々に害悪な物質を簡単に作れてしまうので、そのようなことが無いように、きちんと管理と抑制できる社会になればいいと思った。
A.知識を悪いことに利用してしまうことは絶対にいけないことであり、信じべからざるものを信じてしまわないような倫理観を持つことが重要である。
A.優秀な頭脳の持ち主ほど、周囲の考えや行動が理解できず、自分が見て感じたことがすべて正しいと考えてしまうのではないかと考えられる。それゆえ、自分自身が尊敬する人や物に対して執着してしまう。よって、一度信じてしまったことに対して、危険性などを考慮せず、進んでしまうのではないかと考えられる。
A.どんなに優秀な人でもその知識をどのような方向で活かすのかによってまるで世界は変わってくるのだな、と感じた。 化学を学んでいる私たちにとってもそれは例外ではないと思った。
A.優秀な人の中に学問をどこまでも突き詰めていきたいという人や自分が得た知識を上手く利用して金儲けをしたい人など、色々な人がいると思います。地下鉄サリン事件では高学歴の人が多かったというのはおそらく、就職したものの現状に満足していない人たちが現状を打破したく、行ってしまったことなのだと思いました。
A.この事件から分かるように、優秀である人間ほど洗脳されてしまうのはどうしてかを、議論した。優秀な人間は、その才能を正しく伸ばし発揮出来る環境に居ない時に、才能を評価して欲しいという承認欲求が満たされない為に、少しでも才能を評価してくれる方へと行ってしまうのではないかという風に考えました。
A.人には誰しも承認欲求があり、それはその人自身に備わっている見た目や才能などに対する評価である。地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教の信者にはコミュニケーションが苦手で、社会で誰にも承認されずに孤独感を感じる人が多かった。そのためオウム真理教に入信しほかの信者から認められることで、自分の存在が初めて認められたと錯覚し、さらなる承認を求め続けていくにつれて歯止めが利かなくなり、地下鉄サリン事件のような残忍な事件が実行されたのではないかと考える。
A.私は友達と、なぜ優秀で頭脳明晰な人が道を踏み外してしまう事があるのかを議論しました。議論の結果、良い大学を出た優秀な人は周りから常に期待され、成果を出して当たり前とされ、小さなミスを1つでもしたら大きく非難される、という状況にあると考えられました。その精神的余裕のなさからオウム真理教のような架空の宗教にすがり、自分の価値を正当に評価されることを重要視して犯罪に手を染めてしまうのではないか、という結論に至りました。対策としては、優秀な人は思いつめすぎず、些細なことでも幸福を感じることが大切だと思いました。また、周りの人間も、すべて優秀な人まかせにしないことが大切だと思いました。
A.優秀な人がなぜ人を傷つけるような行動をとってしまうのか議論した。普通な人は爆薬など人を傷つけるようなものを作ろうとしても知識がないし、内容が難しいため作れないが、優秀な人は爆薬などに関する知識を簡単に身につけることができてしまうため、結果的に優秀な人たちが人を傷つけるような行動をしてしまうのではないかと考えられる。
A.地下鉄サリン事件は宗教団体が起こした事件であることから、“宗教”というものについてあまり良い印象がないということを議論した。またサリンを製造した人物はとても優秀である、優秀であるにもかかわらず悪の団体に入ってしまったことから、優秀過ぎる人ほど熱中してしまうと視野が狭くなる。つまり自分の世界をしっかりと持っている人は熱中しやすいがために悪い方に影響されがちなのではないかと考えた。
A.地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教は高学歴で優秀な人が多く加入していたことが非常に印象的だったと議論した。才能を悪い方向に利用すると犯罪はより手の込んだものになると感じた。
A.技術者はその専門分野でとても頼りにされる存在である。しかし、その技術者は頼られすぎるがために誰にも相談できずに誰かが喜ぶものを…!と思い、普段だったらやってよいことよくないことの判断がつくが、客観的に物事を見れなくなってしまう。この地下鉄サリン事件をはじめとする、武器等の開発でもいえることである。一見、誰かから称賛されるものではあるが、使い方等を一歩間違えれば世界中の人を殺してしまう犯罪者にもなってしまう。 今回の授業を受けて、技術者はその腕を多くの人が称えられるが一歩間違えれば犯罪者にもなってしまうのだと深く知ることができました。
A.優秀な人ほど信じべからざる人を信じてしまうのは、優秀な人の力を悪用しようとする人が良い顔をして彼らに近づくからであると考えた。
A.地下鉄サリン事件について、ニュースなどを見て知ってはおりましたが、アトロピンなどのサリンの解毒剤があることなど、授業を通して始めて知ることもありました。 また、ニュースを見たのは幼少期だったこともあり、サリンという物質が危険でることやその生で多くの方が被害に遭ってしまったことは理解しておりましたが、サリンやその解毒剤については、化学バイオ工学科に所属して学んだ今だからこそ、より危険さが分かると感じました。
A.自分が作る物質は便利だが使い道を間違えると人を殺す凶器になるという事を自覚しなくてはならない
A.大多数の人間は社会のルールに対し、なんの疑いもなく従う、もしくは多少の不満がありつつも叛逆することなく生きているが頭が良いからこそ見える不条理な部分を深く考えてしまうことで、オウム真理教のような深い沼にはまってしまうのかもしれない
A.頭が良い故に、逆に利用されてしまうのは皮肉な話だと感じました。認めてもらいたいという承認欲求をうまく操られたのだと思いました。悪い人に利用されてしまう前に、きちんと正しく評価される、またそういった評価の仕組みをつくることが、倫理観を持った研究者を育成する上で大切だと思いました。
A.事件の実行犯の多くがエリートであり、優れた学歴の持ち主であるという事実に衝撃を受けた。優秀であるが故にサリンという化学物質の合成もできたのかもしれないが、それ以上に優秀であるが故に一つ付け込まれると弱いのかもしれない、と思った。優秀な技術者が必ずしも世間の為、多くの人々の為に尽くすとは限らない。友人と話していて、そのことが一層暗く浮かび上がった。
A.優秀な人は知識が豊富なため、危険なものも扱うことが可能である。その結果、新しい製品や機器を作り出す事が出来、さらに改良しより良いものを作ることもできる。作ったものの性能は試してみたくなり、その意見とオーム真理教などの宗教団体との意見が合致したのではないかと考えた。そのため、優秀な人ほど信者になってしまうのではないかと結論づけた。優秀な人は純粋に現状より良いものを作ろうと努力をしている。しかし、それを試す場所や機会を間違えているのではないかと考えられる。
A.優秀な人は、他の人より優れているという自覚もあるのでプライドもあり、自分が信じたことを信じべからずものでも曲げることなく信じてしまうのではないかと思う。 地下鉄サリン事件は加害者側に高学歴であった人も宗教にのめり込み犯してしまった。高学歴であらばあるほど自分の宗教などにのめり込んでしまうと間違っていても気づかないのではという意見が出た。
A.サリンは猛毒で、死者も出て、今でも後遺症で苦しんでいる方がいるような酷い事件だった。オウム真理教の倫理観、教え、信者の人格を疑った。毒性を知った上で犯行に及ぶとても悪質機余りない行為に反感を覚える。駅員さんはとても勇敢な行動をとっていたと思う。その行動がなかったらもっと多くの人が犠牲になっていたかもしれない。
A.オウムに入ってしまってサリンを開発した人たちは誰かに認めてもらいたくて麻原に認められるように悪の道を進んでいってしまったんだと思う。自分を自分で愛することが長く人に迷惑をかけないためには大事なんだと思った。 出席のシステムを忘れていて、途中からしかやっていませんでした。申し訳ありません。
A.地下鉄サリン事件の現場のひとつとなった霞ヶ関駅には、農林水産省、警視庁、国土交通省、総務省といった凄い建物が沢山あることとそのために霞ヶ関駅が狙われたことを初めて知ったなどと友達と話した。
A.地下鉄サリン事件について、わたしたちが生まれる前のことなので知ったのは小、中学生の時だった。 地下鉄の車両にサリンを散布させることなど考えられもしなかった。多数の被害者がでることも分かっていてなぜそんなことをするのか謎だった。 もう二度とこういうことが起こってはいけない。サリンを製造している時に怪しさに気づき捕まえてればよかったが内密にやっていてはわからないこともあるので、この事件をきっかけに、人の命の重みを理解してほしいです。
A.世間的にエリートと呼ばれる人材が偏った思想や組織で活動することは大変危険である。有用だが危険なものを取り扱う際にはそれ相応の倫理観を身につけるべきだ。
A.オウム真理教地下鉄サリン事件の原因となったサリン開発の中心となった土屋正美について調べまとめた。調べていくと、優秀な人ほど自分にしかできないことを見つけそれを究めたいと思う熱が周囲に比べて高いように思える。そのような思考からか様々な面から人間としての高みを目指すようになる。一方でその能力欲しさから、言葉巧みに悪い方向へと誘導しようとする人もいる。そんな人から見れば優秀な人は恰好の獲物で、うまく近づき騙す。 優秀な人にとって、自分の持つ能力を評価し活用してくれることが本望であるため、信じべからざる者を信じてしまうのだと感じた。 友達と議論した結果、やはりこのような倫理的な考え方を学ぶためにも一般的な教養を身につけられる環境で学問をする必要があるのではないかと結論づけた。
A.社会的に良くない人物を科学者が信じてしまい、社会に損害をもたらしたという事例がいくつか挙げられていたが、信じざる人物を信じるのは優秀な人物だけではないため、全員が全員信じざる人物を信じるわけではないと議論した。 また、優秀な人とは人よりも物事を早く、高いクオリティで行うことができる人であるという結論に至った。
A.優秀者といっても決して全ての人が幸せとは限らないため、優秀者が様々な宗教を信仰するのは悪くない。だが、人に危害を加えていいわけではない。信仰する中でも、自分の中で判断できることが重要となってくると思う。
A.地下鉄サリン事件では多くの尊い人命が、化学技術の産物によって失われてしまったという事実を知り、より技術を行使する者のモラルが問われていることを意識しました。
A.自分の興味関心の熱量の赴くままに学問を追求した結果として、他の人々より秀でた実績や功績などを残しただけであって、元来の人間の倫理観といった本質的な部分は学んで得られるものでなく、自身が育った環境や境遇から影響を受け育むものであり、抜きんでた成果を上げ、世間一般的に優秀であると言われる人物あったとしても、倫理観が欠如している場合があり、上記の人物たちはその欠如により多くの死を招いたため、歴史上においても印象深く、語り継がれ、目立っているので、“優秀な人ほど、信じべからざる者を信じてしまう”といった印象付けがなされているだけだと考える。
A.自分が行おうとしている行動に対して、客観的に見て世間からどのように受け入れられるのかを一度しっかり考えてから行動することが大切である。
A.地下鉄サリン事件において、オーム真理教の信者たちは優秀な頭脳を持っていたと言われているが、殺人が正義とし、その頭脳を殺人に生かしてしまい、日本中を震撼させることとなった。私たちが生前の出来事であるが、この事件を知った時、非常に恐怖を感じた。このような事件が2度とないよう、技術者は人々の幸せのためにその技術を駆使するべきであり、核爆弾やサリンのように殺人に技術を使うことは2度とあってはならない。また、信教の自由は保障されているが、他人の基本的人権を侵すことを信じてはならない。
A.なぜ優秀な人ほど信じべからざる者を信じて、化学兵器を開発してしまうのかについて議論したが、これについては彼らが自分に力があると過信してしまうのが最大の原因であるという結論に至った。彼らは学生時代などに身に着けた知識や腕があり、自分には力があって、そしてそれを行うのが自分に課せられた使命であると力があるが故にそれが自信となり、それが与えられた使命であると勘違いするのではないかと考えた。 また、このような事態をどうすれば未然に防ぐことができるのかも合わせて議論した。私はこういった倫理の講義を化学に精通する人は必ず受講するという技術者側の対策を考えたが、友人からは化学薬品などの管理を徹底するなどの対策が必要であるという意見も挙げられた。
A.地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教に優秀な人が多かったのは、優秀な人ほどいろんな物事を考える力があり、その物事を考えすぎるために心に不安ができて自分を見失ってしまう。その結果に良し悪しの判断がつけられず信じてはいけないものを信じてしまうのではと考えられた。
A.正義は、世の中の善悪とは違い、人間個々の位置づけによって変化してしまう。地下鉄サリン事件では、一部の技術者たちがその正義をオウム真理教側に置いてしまっていた。一人間としてではなく、技術者である以上、第三者の視点から物事を考えられる能力が必要となると考える。
A.たとえどんなことが目的であれ、化学兵器を使って無差別に人の命を奪うことは許されない行為だと思う。この事件をもっと世界に発信して、オウム真理教の自己満足に付き合わされ犠牲になった人のためにも、風化させてはいけない。
A.今まで学んだ知識は、使い方次第では人を殺す兵器をつくることもできる。倫理的に良くないのでは?と一瞬でも思うことはしないこと、が結局大事なのではないか。
A.優秀な人間ほど、犯罪に手を染めやすい。地下鉄サリン事件はとても優秀な人材が犯人になっており、とても痛ましい事件であった。つまり、人間それぞれ弱みがあるので、しっかり周りがサポートしていかなければならない。
A.優秀な人について、議論しました。ノーベルやハーバーなど優秀であったが、問題の解決能力などがなかったと考える。また、開発していくうちに野心などが芽生えてしまう等あるのかもしれない。
A.地下鉄サリン事件は実際に起こったときに生きてはいなかったけれど、恐ろしいこととして伝えられている。化学の知識があれば、テロを起こすことができてしまう。そのため講義などで、技術、知識があることは危険でもあることをきちんと伝えていかなければならないと思う。
A.技術者が持っている能力・知恵をどのように使用すれば、世界は平和になるのかを議論した。
A.地下鉄サリン事件では、頭の良い大学の出身者がその技術を使用したことで引き起こされた。技術をどのような目的で使用するかは技術者に任されている。技術は人の生活を豊かにすることも出来る反面、一度にたくさんのひとの命を奪うことも出来る。そのような力を持っていることを自覚し、何に対して技術を使うのかを考えることと、自分のしたことにより今後どうなるかを予想しその結果は正しいことであるのかを考えることが大切だと感じた。 カードでの出席はしましたが、ウェブクラスの出席システムの登録を忘れました。
A.オウム真理教はなぜ人を魅了したのかと言う事について、ファシズムは魅力的だからだと結論付けたが引かれてしまった。説明をしたがいまいち納得をしてもらえなかった。
A.あからさまに信じやすいものに陶酔してしまい、力の使い方を誤ってしまったと考える。逆に言えば何かにすがらなければ生きていけない世の中なのかもしれないと考えた。
A.地下鉄サリン事件はオーム真理教によって起こされたが、なぜ優秀な学力を持ったものがそのようなことをしてしまうのか議論した時、優秀なものは勉強に興味があり、それを追求する過程を経てより賢く優秀になるのだと思う。そのため、自分が知らない物や分野に興味を示すため、殺人などの世間では悪とされている行為にも興味を持ってしまうのだと思う。
A.地下鉄サリン事件は、再発してはならない痛ましい事件であり、二度とあってはならないことだと話した。研究者は自分の研究結果、更に多くの知識を得ることなど結果を求めてしまう。その自分の求め続けた結果が最終的に信じべからざるものを信じてしまうのではないか考えた。 本当の優秀とは、自分一人の幸せではなくみんなが幸せになれるようなことを考え行動できる人ではないかと感じたので地下鉄サリン事件のような人を殺すために化学を使わず人を助けるために使えると良いと話した。
A.地下鉄サリン事件やノーベルによるダイナマイトの発明など優秀な人ほど、信じべからざる者を信じてしまうのか、優秀な人とはどういう人かという疑問について、考えてみると、優秀な人というのは他人より優れている人であり、自分の行いが結果どういう影響を与えるのかを予測できる人で、他者から評価され人のことを指すと考えます。また行いに対して責任を持てる人のこと指すと考えます。 優秀な人ほど信じベからざる者を信じるのはどうしてかという内容について、頭の優劣は関係ないと考える。信じべからざる者を信じた多くの人のなかに、知識を持った人がいて兵器を生み出しただけだ。しかし現在は信じてはいけなかったものだが、当時からしたそれは正義だったのではないかと考えます。信じベからざるものとは、時代や国、人種、思想、環境などによって違ってくると思います。また、宗教にとらわれた地下鉄サリン事件の人々と、ニトログリセリンの安定性を模索したことによるダイナマイトを開発したノーベルとは同じ事象で考えてはいけないと思う。
A.地下鉄サリン事件では、オウム真理教の人々が薬品を使用したとされていて、オウム真理教内では他にも危険な化学物質や爆弾などが作られていたという話を友人との話し合いで行いました。オウム真理教内には優秀な化学者になれる人材もいたという話もグループで行い、何故そのような人が犯罪に加担するような研究を行ってしまったのかについて議論しました。優秀な人材であったり、学歴や経験が豊富な人材であっても、その研究が何に使用され、誰のために必要であるかを考えることが重要なのではないかという結論が出ました。
A.この授業では、なぜ優秀な人は信じべからざるものを信じるのかという議題について議論した。私は、他人に過度な期待をされることで、期待が優秀な人の重荷になり、それから逃れるために信じべからざる者にすがるようになるのではないかと考えた。
A.技術者倫理とは、技術者は危険なものを安全に使いこなす知恵を持ち、自分が専門とする技術が、社会や環境にどのような影響を及ぼすかについて、専門的な理解を持たなければならず、その影響をいかにして制御するかについて、専門的な知識と技術をもたねばならないこと。
A.我々日本人は宗教というものに対して他国よりも認識の疎さや、偏見のある国だと思う。そしてさらにこの地下鉄サリン事件以降さらに宗教への悪いイメージがついていると思う。地下鉄サリン事件でのオウム真理教では、中心メンバーによる教徒への洗脳がこういった事件を巻き起こしてしまった。このサリンを作る技術を持っていても、考え方や思想が社会とずれているとこのようなことになってしまうのかもしれない。
A.危険な発明品を作りたかったのではなく、凡人では作り得ないモノを作りたかっただけなのだと考える。 より危険であることは彼らのノルマにすぎず、それを探求し達成することに幸せに感じていたのではないか。これらの兵器は彼らの探究からの副産物に過ぎないように思った。
A.他人と自分の正義や価値観の違いを分かろうとすることなく、自分の正義を貫くのは、時として人を傷つけるのだと再認識した。
A.科学知識が豊富であることは、社会に薬になるが毒にもなる一つの例である。再びこのような事件を起こさないためには、科学者達をまとめる人々はもちろんのこと、科学者一人一人の倫理観の向上は非常に重要であるように感じる。倫理観の向上には、人とのつながりを持つことが大切であると考える。独りで黙々と勉強することも大事ではあるが、人とのコミュニケーションを取り、得た知識をどう社会に活かすのかを共有する機会を増やすべきだと思う。
A.地下鉄サリン事件では多くの人々の命を奪った。サリンの半数致死量は1立方メートル中100mgである。これは、ものすごく強い毒であることを示している。このサリンを開発した技術者は一体どのようなことを考えて、開発し、使用することまでに至ったのか、優秀な人材と倫理観について友人と話し合った。人は集団で生きる。優秀なものは他のものとは異質であるため、集団の意見に影響を受けやすい。また、異質なものは集団であるものによって不安などといった負の感情を与えられてしまうこともある。したがって、開発した優秀な技術者も異質であり、オウム真理教もまた、異質である。したがって、異質である者同士が集まってしまったためこのような事態を招いたのではないだろうか。
A.優秀な人たちがサリンを作り、事件が起きてしまったのはもっと視野を広げていろんな考えを聞いていればこんなことは起きなかったと思う。
A.頭の良い人たちによってサリンが合成され、地下鉄に散布され多くの人を不幸にした恐ろしい事件である。技術者が悪事に加担することが最も危険かもしれないと思った。
A.周りにいる知らない人が毒物を持っていると考えると怖いと思った。
A.地下鉄サリン事件では、優秀といわれている高学歴な人々が毒物であるサリンをカルトのために合成したという背景がある。少し考えればサリンを撒いた影響は考えられると思うが、科学者たちは倫理よりも個人個人が持ち合わせている興味、信条を優先させてしまったため、このような事件が起きたと考えられる。
A.地下鉄サリン事件で優秀な学生たちがそうだったように、なぜ優秀な人ほど信じべからざる者を信じてしまうのかについて近くの友達と議論した。私の意見としては、優秀な人がその先でいいものであれ悪いものであれ結果を出しているから目立つだけで、優秀だから信じてしまうとかではないと思う。
A.地下鉄サリン事件は優秀であるが故にその能力を悪用してしまった例となっていると思う。私たちも様々な知識を身につけて危険なことが出来るのかも知れないが、しないという選択をすることも大切だと思う。
A.将来、化学技術を用いて仕事をする可能性が高い人間として、その技術を正しいことに使う必要があるという結論に至った。
A.信じる信じないは個人の自由ではあるが自分をしっかりと持つことが必要だと思う。
A.技術者であるか、知識があるかに関わらず倫理に反する思考をするものは存在する。しかし、技術者である者は影響力が大きいため、手にした技術を正しく使える倫理観が必要であると考えられる。
A.サリンは私たちにとってとても簡単に合成できてしまう化合物である。大事なのは正しい知識と正しい使い方だと思いました。私たちも倫理的な考えて行動するべきだと思いました。
A.優秀な人がサリンを製造したことはあってはいけないことだと思う。サリンを製造する技術があるからといって作ってはいけない、作った時点でその人は技術者としての倫理を持っていないと思う。
A.哲学と思想-技術者倫理の位置づけ-について、地下鉄サリン事件を起こした実行者も、サリンを作った技術者も、本人の良い、悪いといった意見にかかわらず信仰している人や上司の判断に左右されてしまうのは、技術者や実行者が盲目になっているからではないかという意見が出た。盲目になっている理由として、その高い技術を正当に評価された、ほめられた等の心の弱い部分に漬け込み、善悪の判断を他人にゆだねてしまったのではないかと考えた。
A.発明家や研究家などは現在の常識とは異なることを生み出すことを前提としている。成果が生まれるのは、基盤となる知識と突飛な発想であると考える。そのため、発明家として優秀な人材とは、常識から外れているような存在であると解釈することができる。そのため、一般的な価値観で推し量った場合に、規格外とされる優秀な人材は、倫理観のズレから信じてはいけないようなものを信じていると他人からは解釈されてしますのではないかと考える。 また、ノーベルは採掘や鉄道などでの使用を目的とした爆薬を開発したともされており、軍事利用したのは別の人間であるため、開発者本人ではなく使用した人間の倫理も問われるのではないかと考える
A.地下鉄サリン事件は私たちがまだ生まれていない時の事件であるが、誰もが知っている大事件である。どんなに賢くても、技術の使用の仕方を誤ると、多くの犠牲を出してしまう。しかし、本来技術者はそのものの危険性を一番知っているはずである。だからこそ世の中のためになるように技術を使うべきだ。
A.サリンを車外持ち出した英雄について議論した。 自分がその立場にあるとき、サリンに対する知識があろうとなかろうとその勇気を出し切れないと思い、改めて彼らのような行動は素晴らしいものであると感じた。
A.地下鉄サリン事件は、風化されることなく今の時代まで語り継がれている悲惨な事件の一つである。もともとサリンは化学兵器として生み出されたものであるが、これを開発した科学技術者にどれほどの責任があるのかという点に関して、全責任を負う程ではないと思う。何故ならば、開発した人とは別に、使用する人にも責任があると思うからだ。
A.どんなに知識や思考力があったとしても、それらを正しい使い方に持っていける判断ができなければ犯罪者になってしまうと考える。地下鉄サリン事件でオウム真理教の信者は知能の使い方を間違ってしまった。なぜ優秀な人でも誤った方向に行ってしまうのか考えてみた。一つ目は断ることができない状況にいたことである。家族のためにお金が必要であったり、脅迫にあっていたと考えられる。二つ目は勉強以外のことに関心がなく視野が狭くなっていた事である。ある一部の事に特化して秀でた才能があっても他のことに目を向け考える力なければ犯罪者になってしまう可能性があると考える。ニュースや新聞を見たりして社会に関心を向けていきたいと思った。
A.私は承認欲求や自尊心を満たしてくれる者に人々は執着すると考える。私は「優秀な人」は、自分を評価してくれる人に対して安心感や満足感を感じ、付いていこうと考えると思う。よって真に優秀な人とは技能や知識があるだけでなく、それを適切に生かせる人なのだと考える。友人は「人のためとは何か」が分かる人だと発言していた。
A.新しいものをつくることや、製造能力があり、技術者としては素晴らしい力があるものの、人を殺すために薬品を製造してしまった。 技術者として本当に正しいのだろうか。 技術者は、人の役に立ってこそ、技術者なのではないのだろうか。
A.優秀な人でも、持っている技術の使い方を誤ったり、利用されたりすると、サリン事件のように悲惨な事件を引き起こしてしまうことがある。技術者は倫理を学ぶことが必要となる。
A.地下鉄サリン事件は「優秀」と考えられている人たちが起こした事件であった。友人と、知識量が多いだけや勉強が出来るだけの人は「優秀」と呼んではいけないのではないかと議論した。自分の持つ技術で人を傷つける結果をうむことは絶対に避けたい。
A.優秀な人は知的探究心が強い人だと考える。知的探究心が強いあまりに、新しいもの見たさで今までになかった政策や宗教などを信じ、間違った方向であると気づかず、その政策、宗教に加担してしまうのではないかと考える。優秀とは知識や知能のみに長けていることであり、その知識を正しく活かせるかはその人自身の考え方によると考える。
A.発明、発見とは常に人に害がある可能性も秘めていれば、生活をよりよいものに変える可能性も秘めている。優秀な人間というのは単なるサイコパス的技術者ではない。友人の意見としては、幼少期に人としっかりと触れ合うことが大事だという意見があり同意だった。
A.まず私がこの「技術者倫理」という講義を受けるにあたって技術者倫理とは何かをネットで調べた記憶があります。 技術者倫理とは、専門職として技術に携わる人間の活動や行為に関する規範です。 技術者・研究者が技術者倫理を身に付けることで、一般の人は安心して生活を送ることができ、将来の世代にわたる持続可能な社会を築いていけるのです。 技術者や研究者は、自分たちが開発した技術や製品で社会の高度化に寄与しています。 Wikipedia参照 これを自分なりに解釈すると、技術者は開発、研究する際に目先の利益だけを考えるのではなく弊害やその発明によってされる人への配慮をしなくてはならない。と考えました。 地下鉄サリン事件や戦争や内戦などのように科学者の発明を人殺しに使ってしまうようなことは1番しては行けません。 発明は人の生活をより良くするために使うべきだと思います。
A.無差別殺人にサリンという劇薬を作製する知識を使ったことは、これから化学系の仕事に就くであろう私たちにとって、絶対にやってはいけないと心に留めなければ行けないことだと話した。
A.化学兵器を作り出して人を殺すことができる科学者は政治家と似ているな、と思ったことがあります。政治家は国民を、国を正しく導く義務がありますが賄賂や汚職に手を染めてしまう政治家が少なからず存在します。それは政治家という一般人にはない権力や立場を利用しての間違った行いであり、同様なことは科学者にも当てはまる可能性が十分にあると思います。化学は人々を幸せにする可能性があると同時に人を殺めてしまう可能性もあります。そのようなことにならないよう一人一人が道徳観と倫理観をしっかり持たなければならないと思いました。
A.優秀な頭脳を持つ彼らがなぜ麻原彰晃の教義を信じてしまったのか、なぜ殺人を正義だと思ってしまったのかについて話した。また、その技術をなぜ殺人に用いてしまったのかについて話した。 話の中に出てきた「優秀」については、自分の知識を用いて社会に貢献できるような発見や開発を行える人のことだと考えた。
A.東大や東工大の学生を巧みに操り、自らの支配下に置くことで、サリンという極めて危険性の高い物質を作らせた松本智津夫の人を操る能力は高く、非常に恐ろしい人物だと感じます。と、同時に、東大や東工大といった非常に能力の優れている人であっても、思想に操られていとも簡単に危険物質を作製してしまう、通常であれば考えられないことが思想の影響で実際に起きてしまう恐ろしさを改めて実感しました。危険物質を作る能力を持ち合わせた技術者になる以上、悪質な思想にも動じない強い精神力と倫理観の必要性があると思います。
A.地下鉄サリン事件で使用された毒物は文字通りサリンである。そのサリンを製造、使用するためには相応の技術力および知識が必要出る。そのため、この事件には高度な学歴を持ち合わせている者もいたことがわかる。なぜ高い学歴を持つものがこのような事件に関与したのか、それはやはり自身と他者との格差による孤独感によるものである。人間はだれしもよりどころを欲するものであり、孤独なものはより欲するものである。そのため、高度な知識を持つものは神を崇拝し、さらには、それを信仰するあまり、善悪の判断が鈍ってしまうため、地下鉄サリン事件のような事件が起きてしまったと考えられる。
A.優秀な人ほど好奇心や信じられないものを解明したいという気持ちが強いからではないかと思った。優秀とは単に勉強ができる、知識が豊富という印象だが、その知識を世の中を良くするために使うのではなく、悪事を働かせる方向に使ってしまうのはあってはならないことだと感じた。優秀であることが必ずしも良い、幸せになれるというわけではないというのを改めて考えさせられた。
A.地下鉄サリン事件のような事件はこの先一生あってはならないことだねと話した。
A.優秀な人ほど一度始めた研究に没頭し、さらに性能が良い物や優秀な物を作ろうとする。そのためには資金が必要である。そのため、非人道的なことに使用されたとしても、資金のためだと正当化してしまうのだと考える。本当に優秀な人とは、技術を求める人に危害がなくて便利な物を与えるために研究し、その恩恵を求め過ぎない人のことをいうのだと考える。
A.優秀であったとしても個人や一部の利益だけを考えてしまい、全人類の福祉を考えなければ、信じべからざるものを信じてしまう。
A. 私と友達を含めて、サリンを開発した技術的な面については何も知りませんでした。しかし、技術者倫理の授業を通して、優秀な技術者が事件の根源を作ったことを知りました。地下鉄サリン事件のサリンの開発に携わるような人であれば、順当な日々を送り、その能力を活かして居るだろうと思ったからです。 しかし、優秀な技術や能力が無ければ、科学の発展が無いのは事実です。私たち技術者はそういったリスクを犯しながら、日々技術の発展に貢献しなければならないのだなあと思いました。 今後、私たちがそういった開発の研究などを行うとき、結果だけに喜ぶのではなく、そういった社会や地球の未来に関しても考えて研究を行わなければならないのだなあと思いました。
A.地下鉄サリン事件では、いわゆる高学歴と呼ばれるような人が多く関わっており、化学の知識などを活かして猛毒であるサリンを作っていたと知り、とても悲しい気持ちになった。本来、人々を幸せにするために使うことができる化学であるのに、一部の人々の利己的な思想によって、罪のない人々の命や健康が損なわれることがあってはならないと感じた。大学においては、専門知識を身につけるだけではなく、それをどうやって使っていくか、本来人が持つべき普遍的な倫理観を失わないということが重要であると感じた。
A.地下鉄サリン事件を起こした者の中には高学歴の人が多かったという話で、授業内ではなぜこのような人が犯罪に手を染めてしまったかなどについて、友人と話し合いました。豊富な知識は使い方を間違えれば危険である、加担した者は自分の持つ知識を使いたいと思っただけで、洗脳によって犯行に及んでしまったのかもしれない。しかし、技術者は自分の持つ知識が使い方によって周りにどのような影響を及ぼすのかを考え、予測しながら使わなければならないと話し合った。
A.「優秀な人ほど悪に手を貸してしまうのはなぜか」について話し合った結果、優秀な人は自分よりも優れた思考を持つ人に魅力を感じるのではないか、優秀な技術者はいとも簡単に兵器と呼べるものを作ってしまう(例えばノーベルの作成したダイナマイトなど)ため目をつけられているのではないかと考えた。
A.平和で健全な暮らしをしている中、重大な何かもない日に、何も罪のない人々を無差別に傷つける行為があったことを悲しく思うとともに、駅員さんの迅速かつ的確な行動があったからこそより多くの命を守ることができたことに心を揺さぶられた。「仕事ができる」という言葉がより思いものに感じた。
A.自分が身につけた知識であったり技術を悪用したり、他人に危害を加えるために用いてはいけないと思う。
A.私の出身は長野県です。その長野県にある松本市でも、サリンを使用した事件が起こったことがあります。ただ長野県民であるだけなのに、すこし身近なことのように感じています。無くなった方に罪はありません。無差別テロがどれほど恐ろしいことかがよく分かりました。
A.先月か先々月にニュースで地下鉄サリン事件について取り上げらていて、その話をした。 そのニュースでは、通勤時の混雑した車内にサリンがばらまかれたときにサリンが設置されていた車両の乗客の二人がほかの乗客に避難を訴えかけ、外に漏れないように車内に残った。それによって、混雑していた時間帯にもかかわらず、死者は少なかったというものであった。 それを話したら、友達とかっこいい、勇者すぎるなどの感想を話していた。
A.地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教の幹部たちの多くが所謂、高学歴と言われる人間たちばかりであった。最近ではあまり見なくなったが学生運動などが昔の映像で確認することができる。そういった運動を行っている学生も高い偏差値の大学に通っている大学生が多かった。これらのことから、より多くの知識を持った人間は一般的な人間では理解することのできない様々な思想や考え方があるのはないかと思われる。
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大学教育の質の保証・向上ならびに 電子化及びオープンアクセスの推進の観点から 学校教育法第百十三条に基づき、 教育研究活動の状況を公表しています。
第百十三条 大学は、教育研究の成果の普及及び活用の促進に資するため、その教育研究活動の状況を公表するものとする。