大学教育の質の保証・向上ならびに 電子化及びオープンアクセスの推進の観点から 学校教育法第百十三条に基づき、 教育研究活動の状況を公表しています。
第百十三条 大学は、教育研究の成果の普及及び活用の促進に資するため、その教育研究活動の状況を公表するものとする。
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A.(1)再話 宗教と倫理について。お墓参りをしない人や神を敬わない人は後ろ指をさされることがある。これは、宗教ごとの倫理観の違いである。そこで、倫理観とはどのようにはぐくまれるものなのだろうか。日本において、倫理観は学校での道徳の授業や家族や地域住民との交流といった形で育まれる。倫理観とは複数の人間が同じグループで暮らしていくうえで必要となる規範だと私は考える。 職業倫理は、通常の倫理とは全く異なる。ここで扱う技術者倫理は、「技術」を持っている人が対象であり、一番問題視される倫理違反は無知である。 (2)要旨 華岡青洲の全身麻酔剤開発についてグループで議論した。議論の争点は、華岡青洲が麻酔開発するにあたり自身の妻と母を実験台にしたことであり、技術の進歩のために少数の人を犠牲にすることの是非を話し合った。グループ内では、当時の倫理観と現代の倫理観が違うことも含めて医学の発展に寄与したことや、その後弟子にむやみやたらに薬の製法を教えない慎重な面から華岡青洲に肯定的な意見が多かった。 (3)復習 華岡青洲の行為について、現代の価値観で考え直してみた。原則として、日本では人体実験が禁止されているがコロナウイルスが大流行したときの様に臨床試験が不十分なまま大勢がワクチンを使用したこともあり必要に駆られての人体実験を倫理的にとがめることは難しいと考える。知見を受ける人間が社会的立場の弱さなどを理由に被験者になることは問題だが、人体実験をすることで多くの人を助けることができるのであれば、倫理違反にはならないのではないか。 技術者倫理として、医薬品を作る技術者の倫理を考えると法律を犯しているため絶対に倫理違反である。
A.(1)【講義の再話】 第1回の講義では技術者が持つべき倫理観について学んだ。オウム真理教サリン事件の事例が取り上げられ、それは化学の知識があり、サリンを製造することができるような優秀な頭脳を持った人々が麻原彰晃の教義を信じて大量殺人に至ってしまったものであった。優秀な人物であっても自らを周囲よりも優れていると自覚しているが故に自身が信じるものを疑うことが難しくなってしまう。技術を担うものとして扱うものの危険性を十分に把握して、客観的視点から物事を考えて行動することが大切である。 (2)【ワークショップ課題の発表要旨】 演題:華岡青洲について グループ名:なし メンバー:赤堀颯、佐藤和翔、木田志門、登利谷直生、奥山晃大 華岡青洲は1804年に世界で初めて全身麻酔を用いた手術に成功した人物である。この成功には母と妻への人体実験が開発における重要な要素になったと言われている。しかし、その過程で母は死亡、妻は失明という大きな犠牲があった。成功率の高い手術の開発という医学に大きく貢献した人物であるが、これらの功績と倫理の関係について議論した。この成功の裏での犠牲は本人の同意が不可欠であると考える。 (3)【復習の内容】 技術者倫理とはただ既存のルールに従うことではないことであると学んだ。集団の一部であるため、一つの過ちが社会に大きな影響を与えてしまう可能性があることから、組織の一員である自覚を持つということが責任感や安全性を向上させることを繋がると考える。
A.1.講義では、哲学とは物事の本質について深く考え、何が正しいのかを探究する学問であることを学んだ。そして、技術者倫理とは、技術者が専門知識や技術を社会のために適切に利用し、人々の安全や幸福に貢献するために必要な倫理観であると説明された。技術そのものには善悪はなく、使う人や目的によって社会に利益をもたらすこともあれば、大きな被害を与えることもある。そのため、技術者には高度な専門知識だけでなく、社会への責任や人命を尊重する姿勢が求められる。また、技術開発では利益や効率だけでなく、安全性や環境への影響なども十分に考慮しなければならないことを学んだ。 2.ワークショップでは、平岡青洲について発表を行った。平岡青洲は世界で初めて全身麻酔による乳がん手術を成功させた医師であり、日本の医学の発展に大きく貢献した人物である。しかし、その研究の過程では麻酔薬の効果を確認するために家族が実験に協力するなど、現在の倫理観では問題視されるような出来事もあった。この事例から、医療技術や科学技術の発展は多くの人々を救う可能性がある一方で、その研究方法や実験の進め方についても倫理的な配慮が必要であることを学んだ。また、社会の価値観は時代によって変化するため、技術者はその時代に求められる倫理を常に意識しなければならないと感じた。 3.復習では、技術者倫理とは単に法律を守ることではなく、人々の生命や安全、社会全体への影響を考えて行動することであると改めて理解した。新しい技術を生み出すことは重要であるが、その技術が社会にどのような影響を与えるかまで考えることが技術者の責任である。私自身も将来技術者として働く際には、知識や技術だけでなく倫理観を身に付け、社会から信頼される技術者になりたいと感じた。
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A.この講義では、華岡青洲について取り扱った。華岡青洲は、江戸時代の医師であり、1804年に世界で初めて全身麻酔を用いた乳がん摘出手術に成功したことで世界的に知られる人物である。ヨーロッパで全身麻酔による手術が行われるよりも約40年も前の出来事であり、世界の医学史に偉大な足跡を残した。しかし、麻酔薬の開発には、成分の毒性をコントロールするための命がけの人体実験が必要であった。青洲の熱意に打たれた実母の於継と妻の加恵が自ら実験台を志願した。度重なる実験の結果、母は命を落とし、妻は失明するという大きな犠牲を払った末に、安全な調合比率が確立された。手術の成功後、青洲の名声は全国に広まった。彼は故郷である現在の和歌山県である紀伊国に医学塾兼病院である春林軒を開き、全国から集まった1,300人以上の門下生に、外科手術の技術や活物窮理の精神を伝え、日本の近代医学の発展に大きく貢献した。 グループワークでは華岡青洲について調べた。華岡青洲は世界で初めて全身麻酔を用いた乳がん摘出手術に成功したことで世界的に知られる人物である。その土台には母と妻の献身的な犠牲が存在した。 多くの人を救うことのできる調合比率を見つけたのは、母や妻の犠牲のうえである。志願した母と妻も凄い勇気だと思うが、一番強靭な精神を持っていたのは華岡青洲であろう。母と妻が犠牲になるのは十も承知で大切な人の人体実験を完遂させたのは凄いことである。
A.まず,講義では,洗脳や自己の形成および宗教などについて扱った。自分では正しくないと思っていても,同調圧力などによって自分の考えを曲げてしまい,それを実行してしまうというようなことが無いようにしたいと考えた。技術者は様々な知識を持っていて,その知識を使えば,我々の生活を豊かにすることができる。しかし,その知識を悪用することで,暴力的な面も現れる。例えば,化学の知識を使って毒を作り,多くの命を奪うことができる。周りに流されてそのようなことはしてはならない。私が大学で学んだ知識やこれから身に付けていく技術は,平和的な利用以外には絶対にしないと決心した。 続いて,ワークショップでは,華岡青洲について調べて議論をした。華岡青洲は1760年から1835年を生き,江戸時代に活躍した医師であり,麻酔薬による全身麻酔で外科手術を世界で初めて行った人物である。また,華岡青洲は内外合一と活物窮理という考え方を大切にしていた。 最後に,復習では,宗教と倫理の関係について考えた。まず,倫理とは人間が誰かしらから教えられるというものではなく,生まれた時点で内に持っているルールのようなものだと考えた。そして,宗教とは苦しむ人が安らかに生きれるように存在しない何かに頼り縋るもの,または国が国民を動かす道具だと考えた。このことを踏まえて,宗教と倫理の関係は,ある宗教を信仰している人が守らなければならないルールのようなものだと考えた。しかしながら、宗教が違えばその倫理も違ってくるため,宗教と倫理の関係は複雑になっていて,同じ点もあれば全く違う点もあるということも有り得ると考えた。
A.(1)今回の講義では、技術者倫理の基本として、日本国憲法第13条の幸福追求権を踏まえ、「自分だけではなく、社会全体の幸福を考えること」が技術者に求められる姿勢であると学んだ。技術には必ず二面性があり、人々の生活を豊かにする技術が、使い方を誤れば大きな被害を生み出すことがある。その代表例として地下鉄サリン事件が取り上げられ、高度な知識を持つ技術者や研究者が誤った思想に従うことで、科学技術が人を傷つける手段になってしまったことを学んだ。また、科学者は自然法則を発見すること、技術者はその知識を社会に役立てる製品や技術へ応用することが役割であり、専門知識だけでなく、法令や社会への影響を理解することも技術者の重要な責任であると理解した。 (2)ワークショップでは、科学技術の二面性と技術者の責任について考えた。私たちのグループでは、優れた技術であっても利用する人や目的によって結果が大きく変わるため、技術そのものではなく、それを扱う人間の倫理観が重要であるという意見でまとまった。また、専門知識を持つ人ほど社会への影響力が大きくなるため、安全性や法令を十分に理解し、公共の利益を優先する姿勢が必要であると発表した。さらに、技術者は問題が起きてから対応するだけでなく、事故や悪用を未然に防ぐ設計や管理を行うことも重要な役割であると考えた。 (3)今回の講義を通して、技術者には高い専門知識だけでなく、倫理観や社会的責任が不可欠であることを改めて理解した。特に、地下鉄サリン事件のように、優秀な知識を持つ人でも誤った価値観を持てば重大な事件を引き起こす可能性があることが印象に残った。また、薬と毒は使い方次第で紙一重であり、危険なものを安全に利用することこそ技術者の使命であると感じた。今後は専門知識を学ぶだけで満足するのではなく、その技術が社会や人々にどのような影響を与えるのかを常に考えながら学習を続け、社会に貢献できる技術者を目指したい。
A.宗教や文化の違いは医療へのアクセスや選択に差を生み、無知のまま技術を適用することは倫理違反となり得る。教育の場では宗教を押し付けてはならない。技術者は単に与えられた技術を実行する存在ではなく、社会的影響を見据えて設計・判断できる立場にある。承認や評価、点数獲得のみを目的として技術を不適切な対象に用いることは許されない。技術者倫理とは、技術者自身が技術をどう使うかという責任であり、技術倫理とは、技術が社会全体に及ぼす影響を倫理的に考察する姿勢を指す。また、仕事で得た知識を悪用することは職業倫理に違反する行為である。 華岡青洲は全身麻酔による乳がんの手術を世界で初めて成功させた江戸時代の外科医である。チョウセンアサガオやトリカブトを調合した麻酔薬の通仙散を開発して用いた。しかしその過程で、本人たちの志願によるものだが、母や妻に人体実験を行ったことで後遺症が残ったり死に至ったとされている。偉業を成し遂げたとされているが、医療における倫理観について考えさせられる話題でもある。 世論や同調圧力に流されず健全な倫理観を育むには、まず国家や宗教、周囲の意見を無批判に受け入れずに歴史的事実や多様な価値観を学び、自ら考える姿勢が重要である。また、異なる立場の意見に触れて対話を重ねることで自分の判断を相対化できる。さらに、少数意見であっても尊重する社会環境をつくることが個人の倫理観を守る基盤となる。
A. 技術者にとって自分の倫理観を確立することは非常に大切である。なぜなら、科学技術は社会に大きな影響を与える可能性があるためでる。倫理観を確立するためには、正しい知識を正しく使うことが大切である。誤った情報ではなく、適切な情報を適切な場面で使う必要がある。また、積極的に知識を取り入れることも大切である。主体的に学ぶことで、容易に体得することが可能となり、新たな発見にもつながるからである。さらに、特定の情報だけを取り入れないことも大切である。偏ったコミュニティからの情報しか持っていなければ、洗脳されていることに気づかない危険性があるため、幅広い情報を得ることが大切である。 演題:華岡青洲は何を成し遂げ、社会にどのよな影響を与えたのか、グループ名:なし、グループに属した人:山岸寮馬、工藤琉平、本多平良、役割:記録係。華岡青洲は世界で初めて全身麻酔を用いて乳がんの治療を行った。麻酔薬には、チョウセンアサガオやトリカブトを調合した通仙散が使用された。妻と母が人体実験の被験者となり、妻は失明、母は亡くなってしまった。華岡青洲の人生を通して、倫理観には技術と経験が伴う必要があると感じた。 優秀な人とは一般的な人とは並外れた能力を持っている人のことである。それゆえ、自分の能力を信じて疑わず、他の人になしえないことを達成したいという気持ちから、失敗を恐れずに果敢に挑戦することが増えると考えられる。新たなことを達成したいという気持ちが高まり、物事に深くのめり込むことで、結果として、信じべからざる者を信じることになると考えられる。
A.(1)今回の授業では宗教と倫理について学んだ。倫理とは明確に定まっておらず、個々人がそれぞれのバックグラウンドから獲得したものである。それは周囲の環境や宗教などが大きくかかわっているといえる。さらに工学倫理についても学んだ。技術者に求められる工学倫理とは「危険なものを安全に使いこなすこと」であり、環境や人の生活や安全に大きくかかわっているため高い倫理観が求められる。オウム真理教の事例が紹介された。技術者自身が自分の有する知識やスキルが社会に与えうる影響を考えることの重要性を感じた。 (2)華岡青洲の全身麻酔の人体実験の功績と倫理について議論した。華岡青洲は世界で初めて全身麻酔を用いた手術に成功した人物で、医学の進歩に大きく発展し、後世で麻酔技術で多くの命が救われた。しかし麻酔薬の地検のために母親や妻を対象に人体実験を行っていた。患者の痛みを和らげる麻酔の進歩は重要であったが、人体実験を行うことの理由になるのだろうか。当時の倫理感はわからないが現代では少なくない反発があるように思える。このように技術の進歩の犠牲となるものは人命以外にも多くあると考えられ、自分たちが学んでいる知識についても適切に扱う必要があると考えた。 (3)宗教と倫理の関係について考えた。宗教についてはイスラム教が豚を禁止しているのは当時の環境では傷みやすく健康上の問題があったから、という説がある。そのため宗教は当時の共同体の意志統一のための行動規範をまとめたものであると考えられ、現代の社会倫理や、職業ごとに存在する「職業倫理」トとても似た概念だと考えた。
A.(1)技術者個人と技術者でない個人では、求められる責任の大きさが異なる。一般の人にも社会のルールや道徳を守る倫理観は必要であるが、技術者は専門知識や技術を社会のために用いる立場であるため、その影響はより大きい。そのため、人々の安全や健康、環境への影響を十分に考えながら行動することが求められる。また、倫理は宗教とは異なり、特定の宗教を信仰していなくても社会生活を送るために必要な行動規範である。さらに、優れた技術や知識を持っていても倫理観が欠けていれば、不正や事故につながる危険がある。一方で、倫理観だけでは安全な製品や技術を提供することはできないため、高い専門能力と健全な倫理観の両方を兼ね備えることが重要である。 (2)華岡青洲は、江戸時代に世界で初めて全身麻酔による乳がん手術を成功させた日本の医師である。彼は麻酔薬である通仙散の研究を長年続け、安全性や効果を確かめるために多くの努力を重ねた。研究の過程では家族の協力を得ながら試行錯誤を繰り返し、多くの困難を乗り越えて医学の発展に貢献した。華岡青洲の業績は、高い医療技術だけでなく、患者を救いたいという強い使命感と責任感に支えられていた点に大きな価値がある。この事例から、優れた技術を持つだけではなく、人々の命や安全を最優先に考える倫理観を持つことが、技術者や医療従事者にとって非常に重要であることを学ぶことができる。 (3)第1回の講義では、技術者倫理の基本的な考え方について学んだ。技術者は専門知識を持つため、その判断や行動が社会や環境、人々の生命・財産に大きな影響を与えることを理解した。そのため、法律を守るだけではなく、安全性や社会的責任を常に意識し、誠実に行動することが求められる。また、倫理は宗教とは異なる普遍的な行動規範であり、誰もが社会の一員として守るべきものであることも学んだ。さらに、華岡青洲の事例を通して、高い専門能力と倫理観の両方を備えることが社会から信頼される技術者につながることを理解した。今後は専門知識の習得だけでなく、倫理的な視点を持って判断し、責任ある行動を心掛けたい。
A. 技術者倫理が哲学や思想と深く関わっていることを学んだ。技術は単に便利なものを作るだけではなく、その技術が人々を幸福にするのか、社会にどのような影響を与えるのかを考えることが重要である。また、世界初の技術や前例のない技術では正解が存在しないことも多く、技術者は倫理的な視点から判断する必要がある。さらに、「幸福」とは人によって考え方が異なり、技術開発では利用者だけでなく社会全体への影響まで考慮することが求められることを学んだ。 私たちのグループでは、華岡青洲について調べた。華岡青洲は江戸時代後期に活躍した外科医であり、植物由来の薬草を研究して麻酔薬「通仙散」を開発し、世界で初めて全身麻酔による乳がん手術を成功させた人物である。この成果は医学の発展に大きく貢献し、多くの患者を救うきっかけとなった。しかし、その麻酔薬の開発過程では、家族を含む人への試験が行われたとされており、現在の研究倫理の観点から見ると課題があることも分かった。技術や医療の発展には新しい挑戦が必要である一方で、人の命や安全を最優先に考え、十分な説明と同意を得た上で研究を進めることが重要であると考えた。また、新しい技術を開発する際には成果だけではなく、安全性や人への影響、研究倫理についても考えることが必要であるという意見をグループでまとめた。 技術者倫理は法律を守るだけでなく、哲学や倫理学の考え方を基に社会全体の利益や人々の幸福を考えて行動する学問であることを復習した。新しい技術には便利さだけでなく危険性や予想できない影響もあるため、多角的な視点を持って判断する姿勢が重要である。また、「幸福」や「正しい行動」には一つの答えがあるわけではなく、様々な価値観を尊重しながら最善の選択を考えることが技術者に求められると理解した。
A.第1回では、技術者倫理とは何かについて、地下鉄サリン事件や華岡青洲による麻酔薬開発を例に考えた。地下鉄サリン事件では、化学に関する高度な専門知識が人を救うためではなく、人を傷つける目的に利用された。この事例から、技術そのものには善悪が決まっているわけではなく、それをどのような目的で扱うかによって社会に与える結果が大きく変わることが分かる。また、技術者は一般の人よりも専門的な知識を持つため、その知識をどのように利用するかについて大きな責任を負っていると感じた。一方、華岡青洲は患者の手術時の苦痛を取り除くために全身麻酔薬「通仙散」の研究を行った。動物実験を重ねた後、妻や母の協力による人体実験も行い、1804年には全身麻酔による乳がん摘出手術を成功させたとされている。 授業課題では、華岡青洲が妻や母を人体実験の対象とした行為は正しかったのかについて考えた。現代であれば、医療実験には安全性の確認や倫理審査、被験者への十分な説明と同意などが必要であり、家族を実験対象とすることには多くの問題がある。しかし、青洲の場合は突然人体実験を行ったのではなく、長期間にわたり動物実験を重ねたうえで実施しており、妻や母も研究への協力を申し出たと伝えられている。 さらに、目的も自らの利益ではなく、手術による患者の苦痛を減らして命を救うことであった。したがって、人体への危険という問題は残るものの、当時の医療環境や研究の目的を考えれば、その行為には一定の正当性があったのではないかと考えた。 復習では、技術者である個人と技術者ではない個人の違いについて考えた。技術者とは、化学や機械、情報などの専門的な知識を利用し、社会で使用される製品や設備、システムの設計・開発・生産などに関わる人である。その特徴は、自分の判断が一人だけではなく、不特定多数の利用者や地域社会に影響を与える可能性がある点にある。例えば製品に欠陥があれば、大量生産されたすべての製品に同じ危険が及ぶ可能性もある。そのため技術者には、単に法律を守るだけではなく、自分の専門知識から危険を予測し、安全や公共の利益を優先する責任がある。医師や弁護士は狭い意味での技術者とは異なるが、同じように専門知識を社会に用いるため、それぞれ医療倫理や法曹倫理といった職業倫理が求められている。
A.(1)講義内容の再話 本講義ではまず倫理の意味を考えるための時間があった。倫理とは、人間が社会で生きる上で守るべき善悪や正邪の判断基準、および「人として守り行うべき道」のことである。地下鉄サリン事件についても話した。地下鉄サリン事件における倫理的な問題は、主に「科学技術の倫理」「宗教と個人の尊厳」「社会の安全と人権」の三点であった。宗教について、人間の力を超えた偉大な存在を信じ、心を落ち着かせたり生き方の基本を学んだりする考えや行いのことであることを学んだ。 (2)ワークショップ課題の発表要旨 華岡青洲について調べて、話し合った。華岡青洲(1760~1835)は、江戸時代に曼荼羅華を主成分とする麻酔薬「通仙散」を開発した。1804年、45歳の時に乳がんの女性患者に対し、全身麻酔を用いた乳房切除手術を実施した。これはアメリカのモートンによるエーテル麻酔(1846年)よりも40年以上早い快挙だった。麻酔薬の完成には、妻・加恵や母・於継が人体実験の被験者となり、失明や命を落とすという犠牲を払ったという悲劇的かつ献身的なエピソードが、有吉佐和子の小説『華岡青洲の妻』で有名である。 (3)復習の内容 宗教と倫理の関係について考えた。宗教は神や仏との関係を基盤に、個人の救済や究極的な善を求める。神の命令や教典による「絶対的な戒律」を重視する。倫理は二人以上で暮らす上でのルールを定め、人間社会を豊かにする。時代や地域に合わせて変化する「相対的な規範」を重視する。宗教と倫理は補完関係がある。倫理だけでは判断が難しいジレンマにおいて、宗教的原則が判断の指針となる。宗教は人に内面的な動機付けを与えることで、倫理をより強固にする。
A.(1)倫理や哲学は人によって異なるのである。個人の心に芽生えるものが倫理観であり、宗教は強制してはいけないのである。しかしながら政治は宗教をたびたび利用しながら国を統制してきた(漢字の普及など)。だが、行き過ぎると洗脳からプロパガンダとなってしまう。同調圧力に負けないためには、自分が自信を持ったり、知識を蓄え、疑問を持つことが大切である。技術者倫理の倫理違反は無知であることとなる。決まりがなくとも迷惑が掛からないように、地球規模で考えなくてはいけない。 (2)華岡青洲について調べた。動物実験からはじめていて、限界を感じて人体実験にうつった。母と妻が申し出た。麻酔を用いた手術が成功した後、藩から医師に任命された。医塾を開き医師を多数輩出した。秘密主義で麻沸散を家族友人にも言わないように血判を押させていたということがわかった。これは、麻沸散の危険性を華岡青洲自身が知っており、悪用されないように設けた制度だったのではないかと考える。 (3)優秀とは、人の能力が非常に優れていること。または、その様。と辞書に定義されています。思うに、優秀な人は優れているが故に、他の人には気づけないことに気づくことができるのではないかと思います。その気づきに加えて、世の中を改善したい、人の役に立ちたいという思いも重なり、現実とは離れた考えを持っている人についていきたいと考えるのではないかと思います。 この考察を含めて「優秀」とは何なのかを考えると、能力が優れているのは重要ですが、追加で信じた結果先の未来で悪い事態が起きないか、自分は正しいのかを判断できることが重要であると感じました。
A.1.宗教と倫理について学んだ。宗教と倫理は切り離されて考えられるものではなくその人の人生観や価値観を形成するのに大きな部分を担っている。信じる者がいることによって生活が豊かになっている人もいれば、戦争に対する考え方も違う。 2.花岡青洲は、世界で初めて全身麻酔を用いた乳がん摘出手術を成功させた医師として歴史にその名を残している。この偉業は、アメリカのウィリアム・モートンがエーテル麻酔の公開実験を行う約40年も前の出来事。それにもかかわらず世界的な知名度が低かったのは、当時の日本が鎖国状態であったことや、青洲がその製法を門下生にのみ伝える秘術としたことが原因に挙げられる。青洲が開発した独自の全身麻酔薬は通仙散と呼ばれている。これには麻酔効果や鎮痛効果を持つチョウセンアサガオやトリカブトの塊根、血流を整える当帰など、複数の生薬が綿密に配合されていた。当時は現代のようなマウスやモルモットを用いた安全な動物実験の仕組みが確立されていなく、薬効や安全性を確かめるためには、人間が自ら試す実質的な人体実験に頼るしかなかった。青洲の挑戦を支えたのは実の家族であり、彼の医学への情熱に動かされた母と妻は、進んで実験台になることを申し出た。度重なる命がけの実験の結果、母の死亡と妻の失明というあまりにも大きな犠牲を経て、ようやく安全な処方が完成した。 3.宗教と倫理観は、互いに深く影響し合う密接な関係にある。歴史的に倫理観の多くは宗教的教えを土台として育まれてきた。神の教えや因果応報といった信仰が善悪の基準となり、人々の規範や道徳心を形作ってきたから。一方で、現代では宗教を持たなくても普遍的な倫理観を持つ人が多く、宗教は倫理を支える強力な基盤の一つであると同時に、時代や社会の要請に応じて共に変化する関係にある。
A.(1)本講義では、哲学と思想を踏まえた技術者倫理の位置づけについて学んだ。哲学や思想は人間の正しい生き方や考え方の土台であり、技術者倫理はそのうえで技術が社会や人に与える影響や責任を考えるものである。単に法令やルールーを守るだけでなく、技術の発展と人間の安全や幸せを両立することが技術者に求められる本質的な役割であると理解した。 (2)ワークショップでは、華岡青洲の麻酔薬開発における人体実験を通じ、母と妻の対立関係を考察した。当初、妻は義母に憧れていたが、青洲を独占しようとする意図や人体実験の被験者を巡る嫉妬から両者の関係は悪化した。また、人体実験が単なる成果の追求だけでなく、家族の犠牲や協力の下で行われた背景や、その記録が後世に残された意味や背景についても考察した。技術や医療の発展の陰にある人間関係の葛藤と倫理的課題について議論した。 (3)講義とワークショップを通じて、科学技術の探究や開発には倫理的な視点と社会的な責任が求められることが分かった。 偉大な技術成果の裏には、個人の犠牲や倫理的なジレンマがあることを花岡青洲の事例から強く実感した。単に技術的な目標達成や成功を優先するのではなく、その開発過程や結果において生じる多面的な影響に目を配る必要がある。将来技術者として社会に出るにあたり、ただ技術を追求するだけでなく、それぞれが人々に与える影響を想像し、調和を目指す姿勢が重要であると考えた。
A.(1)第1回の講義では、技術者として求められるものについて学んだ。技術者には知識が必要であり、それが不足すると無知になって大きな事件につながる可能性がある。例えば、危険なものを安全の使いこなすことが求められる。また、ただの知識ではなく、技術者には自分自身の判断力や常に疑う姿も重要である。講義ではオウム真理教サリン事件についても学んだ。この事件では、毒性をもつ物質を利用され、多くの人に被害を与えた。この事例から、技術者には知識の使い方により、社会に利益も被害も与えることができる。 (2)発表では、華岡青洲としてグループ名を決めず、共著者はLOO HUI WON、荒川琴音、川村真由、五十嵐結、森あおい、明石真衣で、自分がリソースとしての役割を果たした。華岡青洲は、全身麻酔を成功した人であり、そのおかげで治療とケアという概念を広め、塾も開いたなど、自らの知識を乱用せずに社会に役立つことができた。しかし、その開発過程で被験者が本当に望んでいるかどうかが分からなくて、犠牲の可能が大きな倫理的な問題が存在する。 (3)復習としては、宗教と倫理の関係について考えた。宗教は価値観を人に与える役割があり、その価値観が倫理の一つ基準である。しかし、そのまま宗教を信じると、悪いことでも正しいと間違ってしまう可能性がある。そのため、宗教は倫理の一部だけであり、倫理が宗教の教えを参考にしながらも、自分の判断も必要だと考えられる。
A.① 講義の再話 今回の講義では、技術者に求められる倫理観と、科学技術を社会のために正しく利用する責任について学んだ。技術や化学物質は、人々の生活を豊かにする一方で、誤った使い方をすれば大きな被害を生む可能性がある。そのため、技術者には専門知識だけでなく、社会への影響を考える判断力や倫理観が必要である。サリン事件のように高度な化学知識が悪用された例や、華岡青洲が毒性を持つ植物を利用して医療技術へ発展させた例から、技術そのものではなく、それを扱う人の考え方や行動が重要であることを理解した。また、技術者は常に学び続け、法律や安全性を意識しながら社会に貢献する姿勢が求められることを学んだ。 ② 発表の要旨 今回の発表では、科学技術の二面性と技術者の社会的責任について説明した。同じ技術や物質でも、利用目的によって人を助けるものにも危険なものにもなる。そのため、技術者は知識や技術を持つだけではなく、その影響を考えて適切に利用する必要がある。社会の発展に貢献するためには、専門能力と倫理観を両立させることが重要である。 ③ 復習の内容 今回の講義を通して、技術者倫理とは単に規則を守ることではなく、自分の技術が社会に与える影響を考えて行動することであると理解した。将来、工学分野で学んだ知識を活かす際には、安全性や社会への責任を意識し、人々の生活向上に貢献できる技術者を目指したいと思った。
A.(1) 本講義では、技術者倫理の基盤となる哲学や思想、宗教による価値観の違いについて学んだ。科学技術は社会を豊かにする強力な力を持つ一方で、高度な知識やスキルがあっても道徳観や哲学的な思考が欠如していれば、オウム真理教の事件のように犯罪や惨劇を引き起こす恐れがある。技術者倫理とは単なる法令遵守にとどまらず、技術が人間社会や環境に及ぼす多様な影響を自発的に察知し、何が正しい行動なのかを常に自問自答し続けるための思考の土台であると深く理解した。 (2) 演題である華岡青洲に基づき、世界初の全身麻酔手術を成功させた偉業と、その裏に潜む倫理的葛藤についてグループで議論した。青洲は麻酔薬通仙散の開発によって医療に飛躍的進歩をもたらしたが、その背景には実母の死亡や妻の失明という尊い人身の犠牲が存在したことを知った。多くの患者を救うという社会的使命の陰で生じる個人的犠牲や人権への配慮を検証し、現代の技術開発においても、単なる成果や成功の追求にとどまらず、プロセスの倫理的妥当性と人道的な配慮が不可欠であると結論付けた。 (3) 講義とワークショップでの学びを通じ、健全な倫理観を育む重要性を改めて考察した。個人の浅い知識や特定のコミュニティの情報だけに依存すると偏見に陥りやすいため、異なる立場や多様な価値観との対話を意識的に重ねることが重要である。また、現代社会は誤情報も多いため、世論や同調圧力に流されず批判的思考をもって情報の真偽を見極める力が求められる。技術者として知識を過信せず、自らの責任を自覚しながら客観的かつ誠実な判断力を磨き続けていきたい。
A. 宗教と倫理の関係について考えるためには、初めに事実確認が必要であると考える。授業で例として出たサウジアラビア、イラン、イスラエルについて述べる。初めにイスラエルとイランについて、イスラエルはユダヤ教で唯一神ヤハウェを信仰している。また、イランはイスラム教で唯一神アッラーを信仰している。よってここに進行する神の祖教と倫理の関係について考えるためには、初めに事実確認が必要であると考える。授業で例として出たサウジアラビア、イラン、イスラエルについて述べる。初めにイスラエルとイランについて、イスラエルはユダヤ教で唯一神ヤハウェを信仰している。また、イランはイスラム教で唯一神アッラーを信仰している。よって進行する神の齟齬が生じている事実がある。これにより宗教的な対立が生じている。この事実から倫理的に考えるとイスラエルのユダヤ人はヤハウェ以外を信仰することが倫理違反となる。一方でイランのペルシャ人はアッラー以外を信仰することが倫理違反となる。つまり、お互いにお互いを倫理違反として批判的に考えているということとなる。つぎにイランとサウジアラビアについて、この二国はムハンマドが後継者を指名せずに亡くなったことをきっかけに血統を重視したシーア派(イラン)と指導者を重視したスンニ派(サウジアラビア)に分かれて対立している。宗教の対立と同様に信仰する者の違いで対立している。この事実より倫理的に考えると同調圧力による倫理違反の側面が強く出る。しかし、人殺しに関してはお互い倫理違反であると考える。これらの事象から、世界に共通の倫理があるとするとその倫理を覆すほどの宗教という信仰があり、信仰による倫理の食い違いが人々の倫理を対立させる関係性がみられた。 グループワークでは、華岡青洲についてディスカッションした。グループ名は佐藤裕周で、共著作者は佐藤裕周、齋藤考裕、西川聡で役割は可視化と執筆であった。華岡青洲は全身麻酔による乳がんの摘出手術を世界で初めて成功させた人である。朝鮮朝顔などを活用し、志願者のみで人体実験を行い、全身麻酔の調合に成功しました。一方で人体実験に参加した妻が失明するなどの犠牲もでた。そんな華岡青洲にはたくさんの弟子がおり、知識を他の人に広めないように指導していた。華岡青洲はこれらの情報から倫理的な人物であると言える。薬師の技術を人のために使った。また、その技術も限定されたものだけに広め、人を殺すこともできる技術が悪用されないように防ぐ努力もしていた。しかし、人体実験以前に動物実験を行って種によって配偶が異なることが示されていた。その動物に対しては倫理的であったかは不明であり、当時の倫理観と関連図けて考える必要があると考える。 個人の発展として、なぜ優秀な人は信じべからざるものを信じるのかについて考えた。優秀な人は他人より知識や技術が優れている。よって皆から信じられるということだ。これより自分より優秀な人を信じる構造が見えてくるが、優秀な人ほど信じられる人が少なく、信じべからざるものが多くなるともいえる。仮に他の人が望み、努力しても手に入らない優秀な人が最上級であるとすると信じべからざる者しかいないということとなる。つまり、己より知恵や技術を持つ人を信じるが優秀な人の上には信じられるものはおらず、必然的に信じべからざるものを信じるような仕組みになっていると言える。
A.今回の講義では、「哲学と思想―技術者倫理の位置づけ―」をテーマに、技術者が持つべき倫理観や社会的責任について学んだ。哲学や思想は、人間の行動や価値観について考える学問であり、技術をどのように利用すべきかを判断するための基礎となることを理解した。技術者は、単に新しい技術を開発するだけでなく、その技術が社会や環境に与える影響を考え、責任を持って行動する必要がある。また、科学技術は人々の生活を豊かにする一方で、使い方によっては安全性や環境に関する問題を引き起こす可能性があるため、倫理的な判断が重要であることを学んだ。 (2)ワークショップ課題の発表要旨 ワークショップでは、技術者に求められる倫理的な考え方や、技術と社会の関係について考察した。発表では、技術者は専門的な知識や技能だけでなく、社会に対する責任や倫理観を持つことが必要であるとまとめられた。また、技術開発を進める際には、利益や効率だけを重視するのではなく、安全性、環境への影響、利用者への配慮など、さまざまな視点から判断することが重要であると発表された。技術者倫理は、社会から信頼される技術を生み出すための基本的な考え方であることを理解した。 (3)復習の内容 復習では、哲学や思想が技術者倫理の基盤となり、技術の正しい方向性を考えるために必要であることを再確認した。技術者は、自分の作ったものが社会にどのような影響を与えるかを考え、責任ある行動を取らなければならない。また、科学技術の発展には知識や能力だけでなく、人間や社会を考える視点が重要であることを学んだ。今後は、技術を学ぶ際にも、その技術の目的や社会的な意味について考え、倫理的な判断ができる技術者を目指していきたい。
A.今回の講義では、哲学や思想、そして技術者倫理について学んだ。最も印象に残ったのは、物事を判断するときは、自分一人の考えだけで決めるのではなく、周囲の人の意見やさまざまな情報を参考にしながら考えることが大切であるという点である。私たちは普段、自分の経験や価値観だけで判断してしまいがちだが、それだけでは視野が狭くなり、偏った考え方になる可能性がある。そのため、新聞やインターネット、本など複数の情報源を確認し、多様な立場や考え方を知ることが重要であると学んだ。また、哲学や思想は何が正しいのかを一つに決めるものではなく、さまざまな考え方を比較し、自分自身で納得できる答えを見つけるための学問であることも理解した。 ワークショップでは、江戸時代の医師である華岡青洲について調べた。私たちのグループでは、華岡青洲が世界で初めて全身麻酔による手術を成功させた功績だけでなく、その研究の過程で妻や母親を実験台にしたことについて考えた。当時は医学を発展させるために必要だったという見方もある一方で、現在の倫理的な視点から考えると、人の命や尊厳を軽視していたのではないかという意見も出た。医療技術の進歩は多くの命を救ってきたが、その背景には倫理的な問題も存在することを知り、技術の発展だけでなく、人権や安全への配慮も同じくらい重要であると感じた。 復習では、宗教と倫理は分けて考える必要があることについて学んだ。宗教は信仰や教えに基づく価値観であり、人によって考え方が異なる。一方で倫理は、多様な価値観を持つ人々が共に生活していくための共通のルールや考え方である。そのため、技術者は特定の宗教観だけで判断するのではなく、社会全体への影響や人々の安全、幸福、公平性などを考慮しながら行動する必要がある。今回の講義を通して、技術者倫理とは高度な技術を身につけることだけではなく、その技術を社会のために責任を持って正しく使う姿勢が求められることを学んだ。
A.1.医療技術の追求とそれにともなっておこる倫理の問題を学んだ。現在に至るまで人体実験や動物実験を行い医療の発展をめざして研究が行われてきた。しかし、ヒトの卵巣から卵子を取り出したり、麻酔の量を決めるために人体に投与したりすることは取り返しのつかないことになり、命を軽率に扱いかねないことである。今回の授業ではこの倫理問題について考えた。 2.華岡青洲を華岡青洲を例にとり、授業を行った。華岡青洲は江戸時代の外科医で人類初の全身麻酔に挑戦し、乳がんの治療を成功させた人物である。華岡は中国の三国志の時代に活躍したと言われる華佗が麻酔のようなもので治療を行ったことをヒントに西洋医学を取り入れた研究を行った。しかし、研究には人体実験が必要であった。華岡は母と妻に協力を求め、二人はそれを了承、全身麻酔の投与を行った後、母は死に、妻は失明を負った。これらの倫理的に問題のある実験の結果、華岡は通仙散を完成させ、乳がんの治療を行う外科として活躍した。内外合一(患者の全身状態をよく知ること)と、活物窮理(生きた人間を深く観察して病の特質を見極めること)を基本理念として動いた華岡であるが、化学の進歩に一般人の犠牲が出てしまうのは倫理的問題がある。現代ではより安全な化合物の探索やコンピューターによるシミュレーションによって高度な医療を犠牲を出さずにできるのでこれを使って倫理的問題をクリアした実験開発を行うことができると考える。 3.復習として、生物実験の方法を学んだ。マウス等を使う生物実験では使ったマウスの頭数を報告する必要があり、大学であっても厳格な取り決めがあることを学んだ。
A.(1)第1回授業では、「哲学と思想-技術者倫理の位置づけ-」について学んだ。授業では、人の優秀さと倫理的な正しさは必ずしも一致しないことが説明された。知識や論理的思考力が高い人でも、自分の考えを正当化し、誤った価値観を深く信じてしまう場合がある。また、高い能力を持っていても、健康状態や周囲の環境によって十分に力を発揮できないこともあり、人を単純に評価することはできないと学んだ。さらに、技術者は自らの判断や価値観を製品やシステムとして社会に広げる立場にあるため、技術の成果だけではなく、その過程や社会への影響にも責任を持つ必要があることを学んだ。 (2)演題「華岡青洲について調べて、話し合ってみよう」のワークショップでは、華岡青洲について調べ、全身麻酔の成功や医学の発展について議論した。華岡青洲は、母と妻に協力を求めながら研究を進め、日本で初めて全身麻酔による手術を成功させたことを学んだ。また、生物原理の真理を追求しながら、一人ひとりに向き合う医療には豊富な知識と卓越した技術が必要であるという意見が出た。さらに、医療技術の発展には多くの努力や犠牲が伴う一方で、人の命を守るためには倫理的な配慮が不可欠であることを確認した。 (3)復習では、倫理観は生まれつき決まるものではなく、社会・宗教・歴史などの影響を受けながら形成されることを改めて確認した。そのため、自分の価値観だけを絶対視するのではなく、多様な立場や考え方を理解する姿勢が重要であると考えた。また、技術者は社会に大きな影響を与える存在であるため、自分の判断を常に見直しながら行動する必要があると学んだ。技術の発展は社会を便利にする一方で、事故や環境問題などの危険性も伴うため、技術者には成果だけではなく、その影響まで考慮する姿勢が求められると理解した。
A.1.講義内容の再話 専門技術者とは専門とする技術についての知識・能力、その技術が社会に及ぼす影響と、その影響を制御する技術についての専門的な知識、関連する 法規についての知識、社会の議論についての理解の全てを備えた人間のことを指す。花岡青洲はこの専門技術者の姿を示す代表的な人物であり、優れた医療技術を身に付けているだけでなく新しい治療法が患者や社会に与える影響を考え安全性の向上に努めながら研究をつづけ、人命を救うという使命を果たそうとした。エンジニアには危険なものを安全に使いこなす知識が必須であり、無知ほど危険なものはない。 2.ワークショップ課題の発表要旨 華岡青洲は江戸時代の人物であり、通仙散という麻酔薬を生み出した。通仙散を動物実験の結果だけで人に使うことを心配した花岡青洲は母と妻を人体実験の被験者にし、欧米より40年早く麻酔薬を開発した。 3.復習の内容 数多くの情報や他人の考えに目を向け、自分がどういう気持ちになりどういった考えを抱いたのか客観的に捉えるようにする。また、歴史や実体験など過去を振り返りどういう考えを持った人が何をしてどのような人生や運命を辿ったのか知り、その背景や状況と照らし合わせて自分に置き換えて自分ならどうするか考えてみる。 華岡青洲は中国で麻酔薬による手術が行われていることを知り、自らの手で麻酔薬を作り人々を救いたいという思いのもと研究に取り組み、実母や妻の協力もあり通仙散という麻酔薬を完成させた。しかし、実母と妻が実験に参加したことを直接裏付ける当時の一次資料は見つかっていないという指摘もある。
A.?この講義では、技術者倫理の根本にある「哲学・思想」と、人が何を信じて行動するかという問題について学んだ。まず、オウム真理教の地下鉄サリン事件が取り上げられ、高学歴で優秀な科学者たちが、なぜ殺人を正義と信じてしまったのかという問いが提示された。彼らは高度な化学知識を持ち、サリンの合成が可能だったため、その能力が誤った信念に利用されたことが示されている。また、名古屋大学女子学生による毒物事件が紹介され、知識はあっても倫理観や共感性が欠けると危険な行動につながることが説明された。最後に、職業倫理としての技術者倫理が示され、技術者は危険な技術を安全に使いこなすために高い倫理観が求められると説明された。 ②発表の目的は、技術者倫理が「哲学・思想」と深く結びついていることを示し、優秀さと倫理観は別物であるという重要な視点を整理することである。特に、オウム事件や毒物事件の例から、知識や能力が高くても誤った信念に支配されれば危険な行動につながることを説明する。また、宗教・科学・法律の違いを踏まえ、倫理が人権尊重に基づく普遍的な原理であることを示すことが発表の中心となる。 ?復習では、まずオウム真理教事件の背景を確認し、なぜ優秀な科学者が危険な思想を信じてしまったのかを考察する。次に、名古屋大学の毒物事件などを通して、倫理観や共感性の欠如がどのように行動に影響するかを整理する。また、ファインマンの議論を踏まえ、道徳観が宗教の有無に左右されないことを理解する。さらに、宗教と科学の歴史的背景、憲法の信教の自由、教育基本法の宗教教育の扱いを復習し、倫理が法律より深い原理であることを押さえる。最後に、技術者倫理の基本である「危険なものを安全に使いこなす自覚」を確認し、職業倫理としての責任を理解する。
A.①他社に流されないために必要なことについて議論した。積極的に情報収集をして複数の情報を比較できるようにすること。信頼できる他者と相談して自分だけで決めない。相手の意見を受け入れたうえで自分の意見を見直す。などの意見があった。自分だけの視点にならず、できるだけ多角的な視点を持つことが重要である。倫理においてもっともいけないことは無知である。ものを作る人と扱う人それぞれに倫理観が必要である。 ②グループワークでは花岡青洲について調べ、議論した。花岡青洲は全身麻酔の開発者であるが、開発時に妻や母に対して人体実験を行っていた。両者ともに自ら実験に参加したとされていたが、妻は視力を失い、母は命を落としている。多くの人の命を救うために命をささげたと考えることもできると考えた。また、花岡青洲には弟子がいたが、むやみやたらに技術を広めないことで、悪用されることを防いでいた。人体実験に関しては、今と江戸時代の価値観の差もあり、花岡青洲に全て非があるとは言えないと考えた。 ③他社に流されないために必要なこととして、自分たちのグループでは、情報収集を怠らないこと、自分で考えて判断すること、情報に対して疑問を持つことの3つが挙げられた。自分だけで判断しないという多数の意見とは反対の意見であったが、他者に言われたことにただ従うのではなく、自分の考えを強く持つことも重要なのではないかと考えた。工学倫理は危険なものを安全に使いこなすことを指す。例として火が挙げられていた。
A.(1)講義ではまず、倫理について一般的に哲学や宗教に関することがあり、その例としてお墓参りなどが挙げられていた。また、国ごとに宗教や思想は異なるということを「AにはAの、BにはBの正義がある」という言葉を挙げていた。そのため、日本の学校では国と宗教の分離ということで学校教育法によって特定の宗教のみを教えてはいけないと定められている。また、倫理観は時代によっても変化し、花岡青洲の人体実験を例に説明された。技術者として、工業倫理の基本として危険なものを安全につかいこなす仕事をする自覚を持つことがある。 (2)グループワークでは花岡青洲について考えた。花岡青洲は人体実験を行う際、きちんと確認を取ることを怠らなかったり、志願者のみで行ったりと、倫理観のある人だと話し合った。また、全身麻酔を世界で初めて成功させたことで当時難しかった乳がんの手術を成功させたということが分かった。 授業中では世論と同調圧力についてのディスカッションを行い、ある事象に対しての事実を知る事、自分で意見を持ったうえで相手の話を聞くことが重要であると話し合った。 (3)倫理は国や文化、時代によって異なり、その時その時の倫理を守ることはもちろん、決まりがなくとも正しい行いをすることが重要である。 世論に振り回されないためにもあらかじめ自分で調査すること、意見を持っておくことが重要であると話し合った。私はこの調査の段階でも適当に調べるのではなく、情報の正誤を自分だけでなく、他人やAIなどあらゆる手段を用いて判断することが重要だと考えた。
A.(1)私たちは今、化学やバイオ分野での専門技術を学んでいる。その上で必要となる技術者が持つべき心構えを学んだ。専門技術者とは、自身の専門技術やその社会的影響の制御能力、関連法規の知識、社会の議論への理解を全て備えた者を指す。これらの必要な素養を欠く者が専門的職務を行うことは工学倫理に反し、専門技術者は常に自身の専門分野における最新の知識や情報のアップデートに努めなければならない。 (2)華岡青洲について調べて分かったことは3つある。1つ目は華岡青洲は世界で初めて全身麻酔手術を成功させた人であることだ。この麻酔は通仙散といい、主成分に曼荼羅華の実と草烏頭が含まれており、体をしびれさせる効果を持っている。2つ目は麻酔の実験体に実母と妻が自らなったことだ。この人体実験によって妻は失明し、実母は死亡してしまう。3つ目は妹が乳がんで亡くなっていることである。この妹の死によって華岡青洲は麻酔を作り、治療を可能にすると決意した。そして、1804年10月13日に60歳の女性の乳がん摘出に成功した。 (3)復習時により詳しく華岡青洲について調べてみた。華岡青洲は弟子をとり、技術を受け継がせたと記録されている。そこから、華岡青洲は知識や技術を独り占めせず堅実な人だったのだろう。そして、未来のことを見据えて多くの医療従事者を育成し、日本の医学発展の基盤を築いた。自らの命を懸けて医療の未来を切り拓いた、彼の強い信念に深く感銘を受けた。
A.(1)今回の授業では、技術者倫理の位置付けについて学んだ。健全な倫理観を育むためには、周りから知識を得て常識を知り、自分の中の常識が他人にどのように影響するかを観察し、良し悪しの判断力をつけること、つまり自他共が常に学ぶ姿勢を持つことが必要であると学び。工学倫理の対象となる個人は社会において安全性に問題がある、実現可能か否かの前にそれがやっていいのか否かを考えて、その問題に対しての責任を請け負う対象であると学んだ。 (2)グループワークでは華岡青洲について学んだ。華岡青洲は通仙散という中国医学と西洋医学を織り交ぜて全身麻酔薬を完成させた人物である。しかしその過程で母と妻に対して実験を行っていたこと、この実験の過程でから、医学分野では偉大な人物とされているが、同時に倫理的問題も考える必要がある人物だと考えられた。毒と薬は紙一重であるので正しい知識を身に着けることが大切である。 (3)平常演習から、宗教と倫理の関係を考えたときに地下鉄サリン事件から、なぜ優秀な人は神信じべからざるものを信じるのかを考えたときに、かねてより優秀とは勉学において優れた成績を持ったものや新しい定理や理論を発見した人を指していることが多く、歴史上優秀とされている人には異常な好奇心を持っている人が多い。人は見えない物やわからない事象に魅了され盲信することがあり、それを知りたい好奇心と持つ頭の良さがその盲信を研究という形で解決させようとしてしまうためこのようなことが起こってしまうのだと考えました。
A.(1)講義内容の再話 地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教の信者たちは、サリンを製造することができるほどの化学の知識があり、優秀な頭脳の持ち主でありながら、麻原彰晃の教義を信じ、殺人が正義だと信じて、サリンを地下鉄にばらまいてしまった。能力と倫理観は必ずしも相関するとは限らず、技術を持った人が歪んだ倫理観や思想を持っていたために技術が悪用されてしまう場合もある。このような事態を防ぐため、技術者倫理は技術者に欠かせない素養である。 (2)ワークショップ課題の発表要旨 演題:華岡青洲について グループ名:チームキクチ 共著者名:菊池澪、遠藤理子、福田実柚、小川優輝 役割:調査 華岡青洲は、麻酔薬の研究にあたって、まずマウスやウサギなどの動物で実験した後、妻や母の人体を用いた実験に着手したとされているので、現代の倫理基準とは異なる価値観があったであろう時代に、ここまでしっかりとした手順を踏んで研究を行っていた華岡青洲の倫理観はかなり高かったのだと考える。 (3)復習の内容 倫理観は人によって異なり、覚えさせるようなものではなく身に付くものであると考える。優秀な人でも正しい倫理観を持っているとは限らず、悪意を持つ人にそそのかされて技術を悪用してしまえば、地下鉄サリン事件のような悲劇を生むことになる。倫理観を育てるためには、人と異なる意見をすぐ否定しない、自分自身で正しく判断できるように知識を身に付けさせることが重要であると考える。
A.1.技術者として、その倫理観の基盤となることについて考えた。 2.家族を犠牲にしながらも、研究に身をささげたことは医学者として誇らしい点であるという事。 3.華岡青洲は、江戸時代に活躍した日本の医師で、世界で初めて全身麻酔を使った手術に成功した人でした。開発した全身麻酔薬は「通仙散」でといい、この薬により痛みを抑え、手術を行うことが出来るようになった。しかし、その開発過程で家族を薬の実験に関わらせたことは、医学の進歩における大きな犠牲だと思いました。 話し合いを通して考えると、華岡青洲の行動には賛否両論があると考ええました。医学の発展のために大きな功績を残した人物であるという「すごい人」という評価がグループ内に多くある一方で、家族を実験に巻き込んだ点について倫理的な問題もあり、実験の進め方が少し傲慢だという意見もありました。医学の発展には、倫理とのバランスが求められるということを話し合いを通して感じました。 彼の医学に対する挑戦心や努力はとてつもない価値があったと考えさせられる一方で、どのような目的であっても他者への影響を軽んじてはならないと考えました。また、現代では、こうした過去の経験を踏まえて倫理規範が施されたうえで、それらの背景を理解することも非常に重要であるとも考えました。 以上のことから、華岡青洲は医学史において、私たちに「進歩」と「倫理」の両方を考えさせてくれる人物であると思います。
A.(1)オウム真理教は、麻原彰晃(本名・松本智津夫)が1980年代に結成した新興宗教団体である。当初はヨガや仏教、ヒンドゥー教をベースにした修行団体だったが、次第に独自の終末思想を強め、教義を全うするためには殺人も正当化されるという狂信的な方向へと過激化した。 彼らは自動小銃の密造にとどまらず、サリンやVXガスなどの化学兵器、さらには生物兵器の製造にまで着手した。その結果、1994年の松本サリン事件や、1995年の地下鉄サリン事件といった前代未聞の無差別テロ事件を引き起こし、社会を恐怖に陥れた。一連の事件による被害者は死者30人近く、負傷者は6,000人を超える甚大なものとなった。 1995年に麻原をはじめとする主要幹部らが逮捕され、教団は裁判所から解散命令を受けた。その後、長期にわたる裁判を経て、2018年に麻原ら幹部13人の死刑が執行されている。 (2)209【平常演習】華岡青洲について調べて、話し合ってみよう グループ名なし グループの人 佐藤 詩音、小野朋夏、長谷川桜優、加藤葵、黒澤佐保 江戸時代の外科医・華岡青洲は、世界で初めて全身麻酔を用いた乳がん手術に成功した人物として知られる。 青洲は、「内外合一」という理念を掲げた。これは、病気を治すには外科学と内科学のどちらか一方に偏るのではなく、両方を高いレベルで融合させなければならないという教えである。当時の医学界のセクショナリズムを排し、患者を総合的に診ることの重要性を説いた。 さらに、「活物窮理」という独自の科学的探究心を持った。これは「生きた自然や人体の中にこそ真理がある。机上の空論にとらわれず、目の前の患者の病態や物質の性質を深く観察し、本質を見極めなければならない」という実践主義の思想である。この執念とも言える観察と実験の繰り返しが、麻酔薬「通仙散」の開発へとつながった。 (3)今回のワークショップを通して、私は「自分1人だけで利益や成果を独占するのではなく、周囲や社会全体で分かち合い、全員で豊かになろうとする考え方」の重要性を強く実感した。個人主義や競争が目立つ現代において、こうした利他の精神や協調の姿勢こそが、真に持続可能で温かいコミュニティを作るのだと感じる。 この「全員で得をしよう」という利他共生の思想は、まさに江戸時代に華岡青洲が実践した生き方そのものである。青洲は、自らが血のにじむような努力で培った画期的な麻酔技術や医学の知見を自分だけのものにせず、医塾を通して広く社会に開放し、次世代へとつないだ。 私もこれからの人生において、華岡青洲のような存在になりたいと強く思った。自分が学び、身につけた知識やスキル、あるいは得られた成果を自分だけの利益にするのではない。周囲の人々と共有し、お互いを高め合いながら、組織や社会全体の幸福へと還元できるような、器の大きな人間を目指していきたい。
A.講義では、技術者倫理の根底にある哲学的・思想的な考え方について学んだ。技術者倫理は単なる行動規範ではなく、人間の幸福や社会の持続可能性を考える思想的な営みであることを理解した。技術の進歩は便利さをもたらす一方で、環境破壊や格差拡大などの問題も生み出すため、技術者は「何をつくるか」だけでなく「なぜつくるのか」「誰のためにつくるのか」を問う姿勢が必要である。講義では、功利主義・義務論・徳倫理といった倫理思想を比較し、技術者の判断が社会的責任と深く結びついていることを学んだ。 ワークショップでは、「技術者倫理は社会にどのように貢献すべきか」をテーマに議論した。グループではAIや再生可能エネルギーなどの新技術を例に挙げ、技術者が倫理的判断を行う際の難しさを共有した。経済的利益と公共の福祉の両立が重要な課題であり、技術者は社会の価値を形づくる存在であるという結論に至った次第だ。発表中では、倫理は外から与えられるものというわけではなくて、技術者自身が内面から育てるべきものであることを強調した。 復習では、技術者倫理を哲学的に捉える意義を整理し、技術が人間の生き方を映す鏡であることを再確認した。倫理的判断が技術の方向性を決定することを理解し、今後は技術を単なる効率や利便性の追求としてではなく、人間の尊厳と社会の調和を守るための営みとして考え、技術者としての責任を自覚していきたいと思っている。
A.優れた農薬が化学兵器になり得るように、あらゆる化学技術は毒と薬の二面性を有している。サリンはアセチルコリン分解酵素の阻害剤であり、僅かな量で人を死に至らしめる猛毒であるが、ちょっとした化学工場で安価に大量生産できてしまう危険性を持つ。かつて地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教の信者たちは、優秀な頭脳と化学の知識を持ちながら、殺人を正義と信じてその技術を悪用した。危険なものを安全に使いこなすことが技術であるならば、エンジニアは無知であってはならず、毒を薬としてコントロールするための深い知識と強い倫理観が必須であると学んだ。 演題「華岡青洲について調べて、話し合ってみよう」をグループ(共著者:佐藤詩音、加藤美羽、長谷川桜優、黒澤佐保、加藤葵)で取り組んだ。江戸時代の医師である華岡青洲がチョウセンアサガオ等の有毒植物を用いて独自の全身麻酔薬を完成させ、世界初の乳がん摘出手術を成功させた業績について意見を交わした。開発の裏で家族が人体実験に協力し犠牲を払った背景も含め、医療技術の発展に伴う倫理的葛藤について検証した。私はこの共同創作において、毒と薬の境界線にある技術者の覚悟と責任について議論をまとめる「概念化(Conceptualization)」の役割を果たした。 授業後の復習を経て、なぜ優秀な人は信じべからざる者を信じるのかという問いについて個人で考察を深めた。優秀な人は能力の高さゆえに自分の正しさを過信し、他者の意見を疑いにくくなる傾向がある。また、自らの力では解決できない限界に直面した際、その不安を埋めるために強い指導者や偏った思想に惹かれ、それを知識によって合理化して受け入れてしまう危険性がある。したがって、真に優秀であるということは単に知識や能力が高いことではなく、自らの知性を過信せず客観的に見つめ直すことができる批判的思考力と、正しい倫理観を兼ね備えていることだと確信した。
A.
A. 講義では、世論や同調圧力に流されずに健全な倫理観を育むにはどうすればいいかを考えた。何事にも自分の意思を持つことが大切であると考える。そうすることで自分の価値観、思考の傾向が明確になるので自分の軸を作ることができると考える。 「華岡青洲について調べよう。」という設問についてグループワークを行った。京都への遊学中、古代中国の医師・華陀が麻酔薬で手術をした話を知り、自身も麻酔薬による手術を目指した。乳がん切除のような大手術は、全身麻酔をしなければ患者は耐えられないとされ、切れば患者の命が危うく、当時は外科治療の対象ではなかった。青洲は麻酔の研究を始め、先人の用いた麻酔薬の処方を改良し、有効性と安全性を確かめた。母親と妻が投与試験に協力したとも伝えられている。その協力の末、母は亡くなり妻は失明した。1804年チョウセンアサガオを主成分とした麻沸散による麻酔で乳房から癌だけを摘出する手術に成功した。欧米で初めて全身麻酔が行われたのは、青洲の手術の成功から約40年を経てからのことであったため、青州の麻酔は最先端の医術であったことがわかる。 授業外では、上記のその後を調べた。その後、青洲は多くの若い医師にもとに麻酔や手術の方法を伝授し、日本の外科手術の発展につながった。また、麻酔事故を防ぐために麻沸散の処方の秘密を明かさないようにした。青洲は患者一人ひとりに向き合う医療を行なっていたことがわかる。
A. 第1回の講義では、技術者倫理の授業を受けるにあたってのオリエンテーションが行われた。使用する教科書や授業の進め方、評価方法などについて説明があり、未来の技術者である私たち学生がどのような姿勢でこの授業に取り組むべきかを学ぶことができた。そして、倫理とは何かという導入の内容や宗教と倫理の関係についても触れることができた。それらの話題の一つでチョウセンアサガオ等の有毒植物を利用した麻酔薬の開発、そしてそれに関わる華岡青洲さんの話が紹介され、技術や医療の発展と倫理との関わりについて考える機会になった。 正岡青洲について調べて、話し合おう(無記名)班、阿部、石沢、小林、藤原、吉田、Investigation(調査)、Formal analysis(分析) 発表では「華岡青洲について調べて話し合ってみましょう」というテーマで班員と議論した。華岡青洲は江戸時代に活躍した医師であり、世界で初めて全身麻酔を用いた手術に成功した人物であった。彼はチョウセンアサガオやトリカブトなどの植物を研究し、麻酔薬「通仙散」を開発した。そして1804年に乳がん手術を成功させ、患者の苦痛を軽減する新しい医療を実現した。一方で、その研究の過程では妻や母を対象とした人体実験が行われたとされており、医療の進歩と倫理的な問題について考える必要があることを学んだ。 復習として第1回目では、優れた技術や知識を持っているだけだと十分ではなく、それをどのように使うかといった倫理が重要であると感じた。同調圧力の強い日本だが、周りの意見に流されず、自分自身で情報を集めて考えることの大切さについても学べた。さらに、知識として倫理を理解するだけでなく、実際の行動に移すことが重要であったと感じた。技術者は社会に大きな影響を与える立場にある。そのため高い専門性だけではなく責任感、倫理観も持ちあわせるべきである。今後の学生生活でも技術者としてどのような判断や行動を取るべきかを主体的に考えながら学んでいきたいと思った。
A.?授業では、技術者に求められるものとは何かというテーマについて学習した。特に、技術者がどのようにしてミスや事故を防ぐべきかについて、グループで意見交換を行った。その中で、同じ分野の専門家だけで議論を進めるのではなく、異なる分野の人々とも積極的に意見を交わし、多角的かつ客観的に物事を評価することが重要であるという結論に至った。専門知識を持つ人同士だけでは視野が偏る可能性があり、外部の視点を取り入れることで、新たな課題や危険性に気付くことができると学んだ。 ?また、グループワークでは、江戸時代の医師である華岡青洲の生涯について議論した。華岡青洲は、チョウセンアサガオやトリカブトを主成分とした麻酔薬を開発し、世界で初めて全身麻酔による乳がん手術を成功させた人物として知られている。彼が医療の道を志した背景には、実の妹を乳がんで亡くした経験があったとされ、その出来事が医療への強い使命感につながったという点が印象的であった。さらに、麻酔薬の開発によって六十歳の女性の腫瘍摘出手術が成功したことから、患者を救いたいという強い信念と挑戦する姿勢の重要性を感じた。 ?(初回なので復習無し)今回の授業を通して、私は、自分の周囲には価値観や考え方の似た人が集まりやすいということを改めて実感した。そのため、自分の考えを常に正しいものだと思い込まず、時には疑いを持ちながら、積極的に他者の意見を取り入れる姿勢が必要であると考えた。技術者には高度な知識や技術だけでなく、多様な意見を受け入れ、柔軟に判断する力も求められているのだと感じた。
A.(1)講義内容の再話 今回の講義では、日本で初めて全身麻酔による手術を成功させた医師、花岡青洲の生涯について学んだ。当時の手術は麻酔がないため患者は激しい痛みに耐えなければならず、大きな手術は命がけだった。花岡青洲は「患者の苦痛を少しでも減らしたい」という思いから、薬草を用いた麻酔薬の研究を始めた。研究は決して順調ではなく、何度も試行錯誤を繰り返した末に「通仙散」という麻酔薬を完成させ、乳がんの手術を成功させた。この功績は世界的にも早い時期の全身麻酔手術として知られている。講義を通して、花岡青洲の成果は才能だけでなく、多くの努力や周囲の支え、そして患者を救いたいという強い信念によって成し遂げられたことを学んだ。また、新しい技術を生み出すには高い倫理観と責任感が必要であることも印象に残った。 (2)ワークショップ課題の発表要 グループでは、花岡青洲の研究姿勢から現代の技術者が学ぶべきことについて議論した。新しい技術を生み出すためには挑戦する姿勢が重要である一方、安全性や社会への影響も十分に考慮しなければならないという意見で一致した。また、一人の力だけではなく、周囲との協力や信頼関係が研究を支える大切な要素であるという考えも共有した。 (3)復習の内容 講義後に花岡青洲についてさらに調べたところ、彼が成功させた全身麻酔手術は世界的にも先進的な医療技術であったことが分かった。また、現代では医薬品や医療技術は厳しい安全性試験や倫理審査を経て実用化されるが、そのような制度が整っていなかった時代に新しい治療法へ挑戦したことは非常に大きな功績であると感じた。一方で、どれほど優れた技術であっても、人命に関わる以上は安全性や責任を最優先に考える必要があることも改めて理解した。私は化学を学ぶ学生として、知識や技術だけでなく倫理観も身に付け、社会から信頼される技術者を目指したいと考えた。
A.第一回目の授業では、オウムサリン事件を例に倫理について学びました。オウムサリン事件と花岡青洲についての学びから、化学や医療技術が持つ力と、それを扱う人間の責任の大きさについて深く考えさせられた。まず、オウムサリン事件は1995年に発生した地下鉄での化学テロ事件であり、神経ガスであるサリンが使用された。この事件では多くの人が死亡し、数千人が負傷するという大きな被害が出た。サリンは本来、化学の知識によって作られた物質であり、その知識自体は中立であるにもかかわらず、誤った思想や目的によって使用されることで、多くの命を奪う結果となった。この事件から、科学技術は使い方次第で人を救うことも傷つけることもできるという現実を学んだ。また、研究者や技術者には高い倫理観と社会的責任が求められることを強く感じた。 ワークショップの課題では花岡青洲について話し合いました。花岡青洲は江戸時代の医師であり、世界で初めて全身麻酔を用いた外科手術を成功させた人物である。彼は「通仙散」という麻酔薬を開発するために長年研究を重ね、ついに乳がん手術を成功させた。この成果は多くの患者を救うことにつながり、医療の発展に大きく貢献した。しかし、その過程では家族が実験に協力するなど、大きな犠牲も伴っていたことが知られている。このことから、医療の進歩は努力だけでなく、周囲の支えや覚悟の上に成り立っていることも理解できた。 これら二つを比較すると、同じ化学や医療の知識でも、その使い方によって結果が大きく異なることがわかる。人を救うために使われた場合には社会に貢献するが、誤った目的で使われれば深刻な被害をもたらす。そのため、知識を持つ人間がどのような価値観を持ち、どのように行動するかが非常に重要であると感じた。今後は、科学技術の発展だけでなく、それを正しく使うための倫理や責任についても意識していく必要があると考える。
A.(1)倫理は個人ではなく集団の思想から発せられる価値観の表れであり、しだいに集団特有の無意識的なそれらを遵守しなければならないという同調圧力のようなものから形成される。そのため、宗教は人の思想とともにあり古い段階から人々の心に深く根付き倫理などの価値観の形成に大きな影響を与えていると考えられる。また、世界各国様々な地域によって倫理や思考にそれぞれ若干の差異が見られているのはその地域で起こった宗教や倫理における価値観が関係しており、宗教における派生が多く見られた事を示していると考えられる。 (2)華岡青洲について調べた結果、日本医療に対して大きな貢献を残し、家族親類の申し出によるものではあるがまだ論理的に未確定ながらも麻酔を用いた人体実験を行っていた。その結果世界で初めて全身麻酔を用いた乳がん手術を成功させたと記録が残っている。現代とは価値観、倫理観が異なりながらも現代倫理や実験段階を踏まえた実験経過を行っており江戸の頃やそれよりも前の段階から倫理が確立されていたと考えられた。 (3)技術者における倫理は公衆の安全や健康、福祉、環境保全のための規範であり技術を扱う人間が社会的損害を引き起こさない為に用いられる倫理的思考。また、これら技術者倫理は法を遵守するためや事故防止のためだけではなく社会からの信頼を得るための基盤であり倫理違反によって大きな社会的損害が生じ社会的な立場を表す指標として用いられる。
A.(1)倫理、哲学、宗教、倫理違反(ルール)、不倫は一つの輪を形成する。例えば日本ではお盆などにお墓参りに行くのが習慣に入るが、異国ではそもそも墓参りをしない場所もある。第二次世界大戦でも大日本帝国は神のために人を殺すことが宗教の思想として存在した。こうした思想には政治が絡んでくる。政治はどの時代でも宗教と絡んでいる。思想に染まる一番の要因は能力が高いことにある。該当する人間は洗脳されやすく、自分の倫理を守れないことがある。倫理には職業倫理と工学倫理が存在する。前者は無知が一番の倫理違反で話が通じる程度の知識が現場で求められる。後者は危険なことを安全に使いこなす自覚をもつことにあり、ものづくりに関して用いられる。たとえ使用者でなくとも作る側もこの対象に入る。倫理は法律のような決まり事として普通は明記されない。なぜなら法律は倫理の最低限の要項であり、決まりになくても他人の迷惑になることを慎む倫理を各個人がもつことを前提に記されているからだ。 (2)ワークショップでは技術者と工学における倫理について話した。技術者は狭義にて特定の技術や目的のない制作行為一般を示し、広義では対象の倫理における相対的にある特定の目的を示す。工学はエンジニアの教育に使われ、一定の倫理観をもつこと、本来もつ良心や責任感を喚起・強化すること、特定の倫理的な葛藤を持つ際、それに対する解決能力を身に着けることの三つが揃うことが重要になる。 (3)技術や工学などで、決まりにないことだからと道義から一方的に外れて、世間一般から良いテクノロジーを編み出しても、そこには常に危険が伴うと思った。まだエンジニアの卵として臨む学生実験でも危険物を作成し、事故を起こさないよう細心の注意を払わなければならない。実習においても技術の危険さを体感する授業に触れて実感した。
A.(1)講義では、宗教の教えなどによって歪んだ倫理が発生するが、物心つくときからそう教わってきた人々にとっては正常の倫理であることから始まり、また技術者と技術者ではない人の違いについて考え、技術者が果たすべき責任についても考えた。全身麻酔による手術をはじめて確立した華岡青洲について調べ、華岡青洲が人々を救うために家族に人体実験をするようなことは正しいことなのかということについて議論した。そして、オウム真理教を例に、優秀な能力を持つ人でも倫理観が必ず備わっているとは限らないことを確認して、優秀な人ほど信じるべきではないことを信じやすい傾向があり、そうならないためにも技術者が正しい倫理観を持つことが大事であることを学んだ。 (2)ワークショップでは、華岡青洲のしたことについて調べた。結果、華岡青洲は全身麻酔をはじめて確立させた人物であるが、それは家族で人体実験を行なったことで確立できたものであり、母は死に、妻は失明という犠牲があった。 (3)技術者は、技術者ではない人に代わって専門的な技術を用いて社会の貢献しなくてはならないという責務があり、そのために技術者は技術者ではない人に技術の知識の差による不利益を与えてはならないという意識が求められるということを知った。これが技術者が持たなければならない倫理観であり、技術者が社会で働くためには必ず持っているべきである技術者倫理であるということが分かった。
A.技術者倫理とは、技術者が専門知識や技術を社会の利益のために適切に活用し、安全性や品質、環境保全、法令遵守を重視して行動するための倫理規範です。技術者が誤った判断をすると、事故や環境問題など社会に大きな影響を与える可能性があります。そのため、技術者には高い責任感と誠実さが求められ、利用者や社会全体の安全と信頼を最優先に考えながら、倫理的な判断を行うことが重要です。 グループワークでは華岡青洲について調べました。華岡青洲は、世界で初めて全身麻酔による乳がん手術を成功させたことで知られています。その研究の背景には、妻と母の大きな協力がありました。妻の加恵(かえ)と母の於継(おつぎ)は、全身麻酔薬「通仙散」の効果や安全性を確かめるため、自ら進んで人体実験に協力したと伝えられています。その結果、加恵は視力に障害が残ったともいわれています。また、母と妻は青洲への協力を巡って対立したという逸話もあり、この出来事は医療の発展の陰で家族が大きな犠牲を払ったことを示しています。この話は、医学の進歩には技術だけでなく、倫理や人への配慮が重要であることを考える題材として語り継がれています。 通仙散について説明します。通仙散(つうせんさん)とは、華岡青洲が開発した世界初の実用的な全身麻酔薬です。チョウセンアサガオやトリカブトなどの生薬を配合して作られ、患者を一時的に眠らせて痛みを感じにくくする効果がありました。青洲は長年研究を重ね、1804年にこの麻酔薬を用いて乳がん手術を成功させました。これは西洋で全身麻酔が普及するよりも約40年早い成果であり、日本医学史における大きな功績とされています。一方で、開発過程では安全性を確認するための人体実験が行われたと伝えられており、現在では医療倫理の観点からも重要な事例として学ばれています。
A.今回の授業では、宗教と倫理を中心に学び、先生の実体験としてハンムラビ法典に見られる「目には目を、歯には歯を」という報復原理が紹介された。倫理では、技術者に求められる姿勢として「決まりがなくても、他人が迷惑と感じる行為は行ってはいけない」という実践的な例が示され、個人の判断基準の重要性を理解した。 授業内の議論は、メンバー「24512514神山結菜」「24512013長谷川さくら」「24512778小野絵里花」「24512938船木彩智」「24512323?橋璃和」で行い、私はリーダー兼記録係として参加した。第一の議題は「同調圧力を受けた際に取るべき行動」であり、グループでは時間をおいて自分の考えを整理することや自身の軸、基準を決めることが大事であると意見が出た。第二の議題では花岡青洲について調査し、彼は内外合一すなわち「外科を志すものは内科も学ぶべきである。」という理念を持ち、世界で初めてマンダラケを利用した全身麻酔薬「通仙散」によって全身麻酔薬を開発したこと、家族を被験者として実験され、乳がん手術の応用を目的として研究されていた。この研究は妹を乳がんで亡くしたことをきっかけとして行われたものであることがわかった。 私は、宗教は同じ倫理観を持つ者が集まり、団体となることによって成り立つものだと考える。人間はもともと個々の倫理観を持ち、それを基準として生活していると思う。この時、自身の信念や理念が一致している人達が集まることで宗教が成立すると考えたためである。また、倫理とは何が正しく、何が誤りであるかは絶対的に存在しない中で自身が築いていくものだと思う。そのため、あらゆる意見を受け入れ、理解し、その上で自身の意見と比較し、吟味しながら正しいものを見つけるべきだと思う。そのためには、日常から多くの人と会話を交わしたり、読書をしたりすることが必要だと考える。
A. 今回の講義では、倫理とはもともと人の心の中に芽生えるものであり、宗教や文化、そして情報の影響を強く受けるという話が印象に残った。文字として残された情報は便利な一方で、人を簡単に洗脳してしまう危険性もあると知り、少し怖さも感じた。また、倫理観は国や宗教によって大きく違い、卵子提供のように判断が分かれる例も紹介された。技術者倫理は職業倫理よりも狭い概念で、危険なものを安全に扱う自覚が必要だという点も学んだ。法律は倫理の最低基準にすぎず、時代が変われば倫理観も変わるため、相手の立場を理解しながら考える姿勢が大切だと感じた。 グループワークでは「花岡青洲の事例を倫理の観点から考える」というテーマで話し合った。青洲は世界で初めて全身麻酔手術を成功させた人物だが、その裏では家族を実験に使い、母親が失明したという記録がある。私たちの班では、江戸時代の価値観では家族の献身が当然とされていた可能性がある一方、現代では重大な倫理問題になるという点に注目した。技術の発展には必ず犠牲や葛藤があり、倫理観は時代によって変わるという意見でまとまった。私は資料を調べ、班の意見を整理する役割を担当した。 復習では、花岡青洲についてさらに調べ、技術の進歩と倫理の関係を深く考えた。青洲は麻酔薬の研究のために動物実験を繰り返し、最終的には家族にまで試したと言われている。彼の行動は現代の倫理基準では許されないが、当時は医学が未発達で、患者を救うためには危険を伴う研究が必要だった背景もあった。私はこの点から、倫理は時代や社会状況によって大きく変わるという講義内容を改めて実感した。また、「無知は許されない」という言葉を思い出し、技術者は自分の判断が誰に影響するのかを理解しながら行動する責任があると感じた。青洲の事例は、技術の発展と倫理のバランスをどう取るかという課題が、今の時代にも続いていることを教えてくれると思った。
A.(1)技術者倫理の必要性について、地下鉄サリン事件を題材として学んだ。オウム真理教の信者には高い知識や能力を持つ人材が多く、化学の専門知識を利用してサリンを製造し、「殺人が正義である」という誤った信念のもとで事件を引き起こした。この事例から、高度な知識や技術を持つだけでは十分ではなく、それらを社会のために正しく用いる倫理観が不可欠であることを理解した。また、専門技術者には、専門知識・技術だけでなく、技術が社会へ及ぼす影響やその制御方法、関連法規、社会的議論への理解が求められ、常に最新の知識や情報を学び続ける姿勢も必要であることを学んだ。さらに、技術者倫理の対象は大量生産の設計など社会全体へ大きな影響を与える技術者であり、個々の患者に応じて技術を用いる薬剤師などとは異なることについても学習した。 (2)ワークショップでは、世界初の全身麻酔による乳がん手術を成功させた華岡青洲について考察した。華岡青洲は麻酔薬の開発のため、妻や母、姉を被験者として実験を行い、実際に健康被害も生じたことが紹介された。この事例について、被験者本人の意思を無視して実験を行ったのであれば倫理的に問題があると考える一方、十分な合意のもとで行われたのであれば、一方的に非難すべきではないと考えた。また、毒物の危険性を考慮し、研究内容を弟子の範囲にとどめたことからも、知識の扱いには慎重さが必要であると感じた。 (3)復習を通して、優秀な人ほど自分の判断に自信を持ちやすく、自分が詳しくない分野では誤った情報を疑わず信じてしまう危険性があると考えた。そのため、健全な倫理観を養うには、自分だけで判断せず他者の意見を積極的に取り入れる姿勢や、読書などを通じて幅広い知識や価値観に触れることが重要であると学んだ。技術者には、優れた知識や技術だけでなく、それらを社会の利益のために適切に活用する責任があることを改めて理解した。
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A.(1)講義内容の再話 哲学と思想は、技術者倫理を考えるための基礎になるものです。技術者は、決められた計算や作業を正確に行うだけでなく、その技術が社会や環境、人々の生活にどのような影響を与えるのかまで考える必要があります。技術は便利さや経済発展をもたらしますが、一方で事故、公害、資源の消費、環境破壊などの問題を生む可能性もあります。講義では、個人の利益を優先する行動と、社会全体の利益を守る行動が対立する囚人のジレンマについて学びました。また、経済発展、エネルギー資源の確保、環境保全を同時に達成する難しさについても考えました。技術者倫理とは、法律を守るだけでなく、安全、公正、環境、将来世代への責任を踏まえて、よりよい判断をするための考え方だと理解しました。 (2)ワークショップ課題の発表要旨 ワークショップでは、技術の発展によって得られる利益と、それに伴って発生するリスクについて班で話し合いました。私たちの班では、企業が利益や納期を優先しすぎると、安全対策や環境対策が不十分になる可能性があることを取り上げました。短期的には費用を削減できても、事故や環境汚染が起きれば、被害を受ける人が生まれ、企業の信頼も失われます。そのため、技術者は問題を発見したときに黙って従うのではなく、上司や専門部署に報告し、必要であれば社会に対して説明する責任があります。発表では、技術者集団と社会が十分に情報を共有し、互いに納得できるコンセンサスを形成することが重要だとまとめました。 (3)復習の内容 復習を通して、技術者倫理は特別な人だけが考える問題ではなく、技術に関わるすべての人に必要なものだと感じました。技術者が自分の担当部分だけを見て、全体への影響を考えなければ、重大な事故や社会問題につながる可能性があります。判断に迷ったときには、法律に違反していないかだけでなく、人の安全を守れているか、環境への負担を増やしていないか、将来世代に不利益を残さないかを考える必要があります。今後、実験や研究を行う際にも、結果を出すことだけを目的にせず、安全性やデータの信頼性、周囲への影響を意識したいです。技術者として、専門知識と倫理的な判断力の両方を身につけることが大切だと学びました。
A.(1)倫理とは組織・宗教や生活様式・文化・社会で異なる価値観がある。学校教育は特定宗教を教えてはならないが個人には信仰の自由がある。我々が情報を扱うときは自分で情報を集める、他人の考えを聞いて一度疑ってみる、本を読む、といった行動から正しい情報を精査できる。工学倫理とは危険なものを安全委使いこなすという明確な目的をもつことである。技術者は無知のままではいけない。職業倫理として技術に関わる知識が求められるのだ。 (2)ワークショップ課題として「華岡青洲について調べて、話し合ってみよう」を行った。グループ名はなく、共著者は明石真衣、荒川琴音、五十嵐結、森あおい、LOO HUI WONであり、私は課題の調査を担当した。華岡青洲は治療とケアという概念を広め、医塾を開き、自らの知識を乱用しない人物であったそうだ。家族に対して人体実験を行っていた。麻酔を他人に実験として使うことがなかったことは良い点であるが被験者である家族が心から望んでなったかどうかはわからず、良くない点であるという結論に達した。 (3)授業の復習として、倫理観を高めるためには日常的にどのようなことを心掛けていくべきかについて考えた。授業内で話し合ったような他人の意見との共有なども重要であると考えられるが、自己反省を定期的に行うことが大切と考えた。それまでの自分の行動・言葉はどうだったかを振り返りどうすることが本当に正しいのかを常に意識していくことが倫理観を育てることに繋がっていくだろう。
A.(1) 講義の再話 宗教と倫理、そして個人の行動は相互に深く関わっている。宗教は神や教義に基づき人間がどのように生きるべきかという根本的な価値観を提示し、それが社会における善悪の判断基準としての倫理を形作る。この倫理が具体的な行動規範となり、人々の現実のふるまいを規定する。さらに、時代の変化とともに社会構造や人々の意識が変わることで、宗教や倫理の解釈も変化し、双方および人々の行動が相互に影響を及ぼし合いながら発展していくのだ。 (2)ワークショップ課題の発表用紙 演題「華岡青洲について調べて、話し合いしましょう」、グループ名「華岡」、共著者は四垂蒼羅、石曽根萌音、金澤玲奈、田中心優、石井響である。私はCRediTにおけるWriting ? original draft(原案執筆)の役割を担当した。本発表では華岡青洲の業績と「通仙散」の開発経緯を整理した。青洲は長年の研究と約十年に及ぶ実験を経て全身麻酔薬を完成させ、一八〇四年に世界初の全身麻酔手術を成功させた過程を踏まえ、医療技術の発展と開発者の情熱、人間的側面について議論をまとめた。 (3) 復習の内容 講義で扱った「時代や社会の変化に伴う倫理観の変遷」と、発表で取り上げた華岡青洲の人体実験を結びつけて考察を行った。自身や家族を被験者とした開発手法は、現代の生命倫理や被験者保護の観点からは慎重な議論を要するが、当時の「患者を救う」という医療倫理においては画期的な意義を持っていた。技術開発における倫理的判断は絶対的・固定的なものではなく、時代や社会規範との関係性の中で常に再評価されるべき動的なものであることを深く理解した。
A.華岡青洲について議論した。華岡青洲は江戸時代後期に活躍した日本の外科医であり、世界で初めて全身麻酔を用いた外科手術に成功した偉人。彼はチョウセンアサガオなどの薬草を独自に組み合わせ、鎮痛効果を持つ麻酔薬、通仙散を作り上げた。しかし、この開発プロセスの裏には、安全性を確かめるための壮絶な人体実験があったことから青洲の母や妻が自ら被験者となり、母は命を落とし、妻は失明するという多大な犠牲を払うことになった。私たちの班では、青洲を世界的な麻酔医療の先駆者として高く評価する一方で、その犠牲者が出てしまうような研究手法については、人権や安全性が最優先される現代の医療倫理に照らし合わせると、到底受け入れられない危険なやり方であった。過去であったからこそ成し遂げた偉業であったと結論づけた。 宗教と倫理は、人間のいかに生きるべきかという問いに対して歴史的に深く結びついてきた。本来、道徳や倫理規範の多くは宗教の戒律や教えを源流として発展したもので、上の人や神の教えに基づく宗教的な倫理は、善悪の基準と強力な行動の指針を示してきた。 ?一方で、現代社会においては宗教のいらない世俗的倫理も大きな役割を果たしている。宗教が信仰や聖典を根拠とするのに対し、現代の倫理は人間の理性、他者への共感を基盤としている。そのため、特定の宗教を信じていなくとも高い道徳心や倫理観を持つことは十分に可能と考える。 ?宗教は個人の精神的な支えや絶対的な価値観を与え、倫理は多様な人々が共に生きるための共通ルールをさがしていく、両者は完全に違うものではなく、人間が尊厳を保ち、社会の中でより良く生きるための知恵として互いを補完し合う関係にあると考える
A.(1)華岡青洲は、江戸時代後期に活躍した日本の外科医である。和歌山県に生まれ、京都で医学を学んだ後、故郷で診療を行った。当時の外科手術は、患者が激しい痛みに耐えながら受けるしかなく、手術そのものが大きな苦痛であった。青洲はその状況を改善したいと考え、痛みを感じずに手術ができる方法を研究した。そして、チョウセンアサガオやトリカブトなどの生薬を配合した全身麻酔薬である通仙散を開発した。1804年には乳がん患者に対して世界で初めて全身麻酔下での乳がん摘出手術を成功させた。この成果は、西洋でエーテル麻酔が実用化される約40年も前のことであり、日本の医学史だけでなく世界の医学史においても非常に重要な出来事とされている。 (2)青洲の最大の功績は、全身麻酔を用いた外科手術を世界で初めて成功させたことである。これにより、患者の苦痛を大幅に軽減し、より安全で複雑な手術が可能になった。また、薬草の性質を詳しく研究し、試行錯誤を重ねながら麻酔薬を完成させた探究心や努力も高く評価されている。一方で、倫理的な問題もある。麻酔薬の安全性を確かめるため、青洲は実験を家族、とくに妻や母に協力してもらったと伝えられている。妻は麻酔薬の実験によって視力障害を負ったともいわれており、十分な安全性が確立されていない薬を家族に使用したことは、現在の医療倫理では認められない。現代では、研究を行う際には研究倫理審査やインフォームド・コンセントが必要であり、被験者の安全や人権が最優先される。青洲の時代には現在のような倫理基準は存在しなかったが、その功績を評価すると同時に、研究に伴う倫理的課題についても考えることが重要である。 (3)華岡青洲について学び、医療の発展には多くの努力や挑戦が積み重ねられてきたことを改めて理解した。世界初の全身麻酔手術を成功させたことは非常に画期的であり、多くの患者の命を救うきっかけとなった。一方で、医療技術の進歩だけでなく、その研究方法が倫理的に適切であることも同じくらい重要であると感じた。現在では研究対象者の安全や権利が厳しく守られているが、それは過去の経験や反省の上に築かれた制度である。華岡青洲の功績は医学史において高く評価されるべきであるが、同時に倫理的な問題についても学び、医療の発展と人権保護の両立の大切さを考えることが重要である。今回の学習を通して、科学や医療は優れた技術だけでなく、患者や研究協力者への配慮や倫理観があって初めて社会に受け入れられるものであることを理解することができた。
A.(1)倫理学とは、人間の行為の善悪や正しい生き方について考える学問である。一方、技術者倫理は、技術者が専門知識や技術を社会の利益のために活用し、安全性や環境保全、人権の尊重、法令遵守を意識して責任ある判断と行動を取るための職業倫理である。また、技術倫理は個々の技術者だけではなく、技術そのものが社会や環境に与える影響や、その利用の在り方を考える概念である。AIや遺伝子編集などの先端技術が急速に発展する現代では、技術が人々の生活に及ぼす影響を多面的に考え、社会全体で議論することが重要である。 (2)華岡青洲は、1804年に世界で初めて全身麻酔による乳がん手術を成功させ、日本の医学の発展に大きく貢献した人物である。しかし、その麻酔薬の研究では母や妻が人体実験に協力し、妻が視力を失うという大きな犠牲も生じた。青洲は麻酔薬が人命を救う一方で、誤った使い方をすれば危険な薬にもなり得ることを理解していた。そのため、技術の悪用を防ぐ目的から、弟子に対して麻酔薬の知識を門外不出とするよう伝えた。この出来事は、技術の進歩には責任と倫理が不可欠であることを示している。 (3)宗教は神や教えを基準として善悪を判断するのに対し、倫理は理性や社会的合意をもとに人の行動を考えるものである。健全な倫理観を育むためには、周囲の意見や利益だけに流されるのではなく、自ら考え、必要に応じて信頼できる人へ相談しながら判断する姿勢が大切である。特に技術者は、自らの技術が社会へ大きな影響を与える立場にあるため、高い倫理観と責任感が求められる。また、知識や技術力が高いことと倫理観の高さは必ずしも一致しない。優れた能力を持つ人ほど、自分の考えを正当化してしまう危険性もあるため、常に社会への影響を意識し、客観的な視点を持って行動することが重要である。
A. 職業倫理とは、与えられた仕事をこなすだけでなく、その知識や影響を十分に理解して行動することであり、「無知でないこと」が重要である。工学倫理は、危険性を持つものを安全に使いこなし、人々の生活に役立てる責任を果たすことである。また、倫理は決められた規則を守るだけにとどまらず、法律が示す社会の最低限度のモラルを守ることは当然であるという前提に基づいている。 華岡青洲が母や妻を人体実験に用いた事例を通じ、NASA経営者の意思決定における損得について議論した。成功すれば多額の予算や信頼、組織としての立場を維持・向上できる一方、失敗した場合には人命損失や社会的信用の低下、大きな批判を招くリスクがあると考えられた。実行は現状維持につながるが、中止すれば短期的な批判を受ける可能性はあるものの、将来的な安全性向上や成功の可能性を高める選択でもあるという意見が出た。また、「内外合一」や「活物窮理」という考え方から、理論と実践を結びつけ、生きたものを通して原理を明らかにしようとする、当時としては珍しい実験や経験を重視した実践的な医学を目指していたと考えた。 宗教と倫理は、人間の生き方や社会秩序を支える上で密接に関わりながらも、それぞれ異なる役割を持つ。宗教は信仰や教えを通じて精神的な救いや道徳の根拠を提供し、神仏の意志や経典が規範の基盤となる。一方、倫理は人間社会の共生のために形成され、理性や社会的合意に基づき善悪の判断基準を示す。歴史的に宗教は道徳心を養う役割を果たしたが、倫理は特定の信仰に依存しない普遍的な規範としても論じられる。
A.(1)講義内容の再話 倫理とは行動の正誤を判断する基準であり、歴史や過去の出来事を通して考えることが重要である。特に技術者には技術を安全に扱う高い責任が求められる。知識の不足は危険を生むが、オウム真理教サリン事件のように知識の悪用も社会に甚大な被害を及ぼす。過去の人体実験などの反省から、現在は人命の尊重が最優先とされる。また宗教は価値観の基礎となるが、盲信を避け、教えを参考にしつつ自ら思考・判断する姿勢が必要である。 (2)ワークショップ課題の発表要旨 華岡青洲を題材に医療と倫理を考察した(志摩勇成、工藤檜斗、佐藤京太郎、組谷風太、木村康太、齋藤龍人、自身はリソースを担当)。青洲は世界初の全身麻酔手術を成功させ社会に貢献したが、開発時に家族を被験者とした点に倫理的課題がある。「内外合一」や「活物窮理」の姿勢に基づき、人格と技術を兼ね備え命を尊重する重要性を提示した。目的が正しくとも、人を実験対象とする是非は慎重に扱うべきと結論づけた。 (3)復習の内容 復習を通じ、倫理は自らの行動基準であり、結果だけでなく過程の倫理性が不可欠だと再確認した。青洲の事例から、目的が正しくても不適切な手段は許されないという医療発展と倫理の均衡の難しさを学んだ。技術者の知識や行動は社会に利益も被害も与え得るため、安全性や影響を意識する必要がある。今後は多様な価値観を理解・尊重しつつ、自らの行動が他者に与える影響を常に考えて判断していきたい。
A.(1)第一回の講義では、技術者としての責任と倫理観について学んだ。例として、オウム真理教サリン事件が取り上げられた。優秀な人は、独自性や複雑なことへの強い好奇心を持つ一方で、社会全体の利益よりも自身の探究心や目的を優先することがある。そのため、常人には思いつかない発想や革新的な発明を生み出す反面、過信や行き過ぎた探究心によって社会を巻き込む問題や事件を引き起こす可能性もある。つまり、優秀さとは多くの人が憧れる成果を生み出す力である一方、その力の使い方によっては社会に大きな影響を与えるトラブルメーカーにもなり得ると考える。技術者には、専門分野の知識や技術力だけでなく、その技術が社会に与える影響やリスクを理解し、適切に制御するための知識、関連する法規への理解、さらに社会で行われている議論や価値観を理解する姿勢が求められる。これらすべてを備えて初めて技術者といえる。また、必要な知識や能力を持たないまま専門的な業務を行うことは工学倫理に反するため、技術者は常に最新の知識や情報を学び続け、自らの能力を高める努力を続けることが重要である。 (2)演習では、華岡青洲について調べた。チョウセンアサガオなどを主成分とする麻酔薬「通仙散」を完成させ、1804年に60歳の女性の乳がん手術を成功させた。これは、世界初の全身麻酔手術とされている。 (3)技術者には責任が伴い、専門分野の知識や技術力だけでなく、技術が社会に与える影響ついても理解することが必要だと学んだ。また、必要な知識や能力を持たないまま専門的な業務を行うことは工学倫理に反するため、技術者は常に新しい知識や情報を学び続け、自らの技術や判断力を高める姿勢が重要であると感じた。
A. グループワークについてや工学倫理の基本について学習した。工学倫理の基本では自分が危険なものを扱っているということを自覚する必要であることを学んだ。また、決まりにはなくても慎み合うということも大切であることを学んだ。 グループワークでは同調圧力や華岡青洲について意見を交換した。同調圧力に対しての意見交換では間を置くことや同じ意見をもつものを見つけること、自分の意見をはっきりさせ軸を持つこと、自分だけで決めずに周りの話も聞くことが大切であるという意見がでた。華岡青洲についての意見交換では彼ははじめて全身麻酔を成功させたことや母と妻を人体実験に用いたこと、その実験による妻の失明は噂であることなどの情報が集められた。この授業を通して、技術者になるにあたり、大学で学んでいる内容をしっかり身につけておくべきだと感じた。また、技術者としての自覚を持つことの重要性も実感した。 優秀な人ほど信じるべきでないものを信じてしまう理由は、論理的思考を重視するからだと考える。ここでいう優秀な人とは、物事を合理的かつ道筋を立てて考える能力に優れた人を指す。しかし、人間社会において論理だけでは説明できないことがある。例えば人を殺してはいけない理由について完全に論理だけで説明することは難しく、そこには倫理や価値観が関係している。論理的思考に優れた人ほど、前提が正しいと仮説したうえで物事を組み立てて、その前提自体の妥当性を疑わない場合がある。そのため、誤った前提や悪意のある情報に基づいていても、それが合理的であると思ってしまえば信じてしまうことがあると考えられる。
A.(1)倫理とは人の道に外れないことであり、そのための必要最低限のルールを守ることである。倫理観は本来周囲に教えたり教わったりされるようなものではなく、個人の心の中ではぐくむものである。しかし宗教や生活様式などといった外部要因に影響されて形成されることが多い。そして技術者倫理はこのほかに、危険なものを安全に使いこなすものとしての責任を自覚することである。高い専門知識と倫理観の他、環境への配慮も考慮し、技術者として安全に努めなければならない。 (2)この回では二つのワークショップを行った。一つ目は他人に流されず自分の意見や倫理観をはぐくむためにはどうすればよいかというものである。近隣の席の川村さん、LOOさんと話し合った。これに対しては様々な人の意見や情報、文化に触れること、聴いた情報をうのみにせず疑問を持つこと、情報を見聞きしたときの違和感や感想を大切にすることなどが有効だと考えられる。 二つ目に全身麻酔の方法を確立、乳がんの摘出と引き換えに母と妻を人体実験に使用した華岡青洲について考えるというものである。チーム名明石真衣(明石さん、五十嵐さん、森さん、川村さん、LOOさん)で話し合い、私は意見を出す係だった。全身麻酔が不確実なまま患者に使うのは倫理違反である。そして確実に人間に使用して成功するかどうかを確認するには、動物ではなく人体実験が必要だったと考えられる。そのために妻と母に協力を仰いだのは、治療失敗による犠牲者を最小限に収めるためにやむをえなかったのではないかと考える。しかし一方で、妻と母が心から望んで人体実験に参加したかという真意は明らかではない。もしかすると青洲の研究に心打たれ、熱に浮かされたまま協力を了承してしまったかもしれない。そう考えると技術者は被験者に事前にリスクや成功可能性を伝えておくことの重要性があるのだと改めて分かった。 (3)(2)の青洲のワークショップで、最初私は「人体実験はやむを得ず、むしろ彼は医師として最も正しい判断をした」というスタンスを取っていた。しかし班員の「本当に妻と母は納得していたのか、洗脳などはされていなかったのか」という意見を受けて考えさせられた。 確かに昼夜研究に明け暮れ、葛藤する青洲の姿を見続けていたらそれに感化されるのも自然なことだ。そしてそんな彼の力になりたいと思うことは、見方によれば自分の望みではなく「洗脳」に近いのかもしれない。しかしそれは本当に洗脳されてのことなのだろうか。十分にリスクを理解したうえで実験に参加したのであれば、動機はどうであれ自分の意志ではないのだろうか。彼女たちの彼に対する献身は果たしてただの洗脳だったのだろうか。一時的な感情だったのだろうか。この授業からもう2か月も経つが、いまだに結論は出ない。 いずれにせよ技術者は自分の技術により何かが損なわれる可能性がある場合、それを隠してはいけない。知識のない一般の人々に向けて説明し、常に最低限の被害で済むように尽力せねばならない。これが技術者に問われる責任であり、私たちがはぐくまなくてはならない技術者倫理である。
A.(1)私は、世論や同調圧力に流されず健全な倫理観を育むためには、一人の意見をそのまま受け入れるのではなく、立場の異なる複数の人の意見を聞いた上で判断することが重要だと学んだ。一人だけ、あるいは似た価値観を持つ人同士では考え方が偏る可能性があるが、多様な意見を取り入れることで物事を多角的に捉えられるようになる。また、直接さまざまな人と話すことが難しい場合には、本やインターネットを活用することも有効である。ただし、その際も一つの情報源だけを信じるのではなく、少なくとも三つ以上の情報を比較し、自分で考えて判断する姿勢が大切であると感じた。 (2)華岡青洲について学んだ。華岡青洲は江戸時代の外科医であり、チョウセンアサガオなどの生薬をもとに全身麻酔薬「通仙散」を開発した人物である。1804年には、この麻酔薬を用いて世界で初めて全身麻酔による乳がん手術を成功させた。これにより、患者の苦痛を大きく軽減する治療が可能となり、医学の発展に大きく貢献したことを発表した。 (3)講義を通して、倫理的な判断を行うためには、自分の考えだけでなく、さまざまな立場や価値観を理解しながら物事を考えることが重要だと学んだ。また、情報があふれる現代では、一つの情報だけを信じるのではなく、複数の情報を比較・検討し、根拠を持って判断する姿勢が必要であると感じた。今後も多角的な視点を意識しながら、物事を客観的に考える力を身に付けていきたい。
A. 世界で初めて全身麻酔手術を成功させた華岡青洲に関する講義内容のまとめ。青洲は経口麻酔薬である「通仙散」を開発したが、その背景には母の死や妻の失明という家族の犠牲があった。青洲の成果はアメリカで麻酔手術が成功するよりも40年ほど早く、医学的に見ても非常に早い段階での達成だったと説明された。また、技術や情報の扱い方に関する時代的な違いについても話が及んだ。江戸時代は技術を外部に漏らさない「門外不出」が当たり前だったが、現代においては逆に情報をオープンにして共有することこそが周りからの信頼獲得につながるという比較が示された。 演題:華岡青州について 共著者名:木村康太、志摩勇成、組谷風太、佐藤京太郎 役割:調査 発表では、華岡青洲による麻酔薬「通仙散」の開発経緯と、時代による情報管理のあり方の変化についてまとめる。青洲の業績はアメリカより40年先行する歴史的偉業であるが、その過程には家族の犠牲があり、マウス等の動物実験が主流である現代の医療開発とは大きく異なる背景を持つ。また、技術を秘匿する江戸時代の「門外不出」という風潮と、情報を開示・共有することで社会的信頼を得る現代のシステムを比較する。医療史における青洲の功績を整理するとともに、知の共有が持つ意味と現代における情報公開の重要性について発表した。 華岡青洲は母親と妻を全身麻酔の実験対象にしたことから、江戸時代では医学の発展には個人が犠牲を払うことが美徳とされていたと考えられる。今は人体実験の前にマウスなどの動物を実験にもちいることが多いため価値観が大きく変化している。また、人は子供の頃から、その国に当たり前にある宗教的なルールを空気のように吸って育つ。例えば、キリスト教が盛んな国であれば神様との約束を守るという意識が強くなりやすいし、日本のような仏教や儒教の影響がある国なら周りとの調和(和)を大事にする傾向がある。たとえ自分は無宗教だと思っていても、その国の法律や言葉、マナーの根っこには宗教が入り込んでいると感じる。環境(宗教)が、知らず知らずのうちに性格や倫理観の土台を作っていると思う。
A.(1)宗教は単なる信仰を超え、生活の土台として個人の倫理観を形成する役割を担います。しかし、地下鉄サリン事件の事例は、その「倫理」が宗教的教義により歪められた際、どれほど危険な結果を招くかを示しています。高度な知識を持つ信者たちが「殺人が正義」という教義を盲信し、技術を悪用して無差別テロを実行しました。このことから、倫理とは独立した存在ではなく、いかなる教義や思想であれ、それがどのような「土台」の上に構築されているのかを常に問い直す姿勢こそが、現代の技術者や市民には不可欠だと痛感しました。 (2)本発表では、世界初の全身麻酔手術を成功させた華岡青洲の功績を、「通仙散」の開発過程に焦点を当てて考察します。当時の医学的制約下で、開発のために母や妻が臨床試験の対象となり、時には悲劇的な結末に至ったという事実は、現代の倫理観から見れば看過できません。本研究では、当時の「門外不出」という情報の秘匿性や、現代医学へとつながる歴史的文脈を紐解き、青洲の偉業と医学倫理の変遷について多角的に分析し、考察します。 (3)技術者の定義について考えさせられた。単に高いスキルを持つだけでなく、それを活用して設計を行い、報酬を得ることで社会に還元するのが「技術者」なのだと理解した。個人の倫理と異なり、報酬を伴う職業倫理として責任が生じる点がポイントだと思う。医師や弁護士と比べて境界線があいまいな職種だからこそ、自分が技術者としてどのような責任を負っているのか、常に意識して仕事に向き合う必要があると改めて感じた。
A.世論は人々により形成されています。世論は一つの考え方に関する集合体でした。人が一人一人持っている万物に対する思考、考え方を同じように考える人を一つの世論として扱っていました。世論の形成にあたって、必ずしも倫理的に正しいわけではありませんでした。その世論を形成するリーダーが倫理的に間違っていた場合は、そのリーダーについていくように、より過激な世論を形成するようになっていました。自分自身がその間違った方向に向かう世論の形成に対してどのようなことができるか、自分の軸をもつことが大切であることが分かりました。 世論が倫理的にまちがった方向に向かうとき、具体的にはヒトラーのようなリーダーによるユダヤ人迫害などをどのようにして回避する方向へ向かうべきか、自分の考えを世論に流されないようにするのはどうしたらよいかを発表しました。自分たちのグループでは、多くの場合には自分ひとりの考えで世論を動かすことは難しいという結論がでた。その結果、自分が世論を作るのではなく、自分が世論に流されないようにすること、自分が間違った方向に進まないように自分の考え方の軸を持つことが重要であると考えました。 世論による同調圧力に負けないようにするには自分の中で一貫した評価軸を持つことが重要であると考えました。また、個人、社会の倫理観の欠如による間違いを起こさないようにするために、専門知識を習得して能力をもつ個人となることが重要であると考えました。
A.①授業の再話 今回の授業では、宗教と倫理の違いについて学んだ。宗教は神仏など人間より上位の存在との縦のつながりに基づく規範であるのに対し、倫理は人間同士の横のつながりの中で成立する規範であるという整理がなされた。両者はしばしば重なり合う価値観を含みながらも、その根拠となる関係性の方向性が異なる点が特徴的である。 メンバー: 四垂 蒼羅、石曽根萌音、金澤玲奈、石井響、田中心優、グループ名:なしで1760年に誕生した華岡青洲は、医者であった父の診療を幼少期から手伝う中で医学に触れた。1782年に京都へ遊学して麻酔に関する知識を学び、帰郷後さらに研究を重ねた。1785年の結婚を経て、約10年にわたる動物実験を経て麻酔薬「通仙散」を開発した。その効果と安全性を確かめるため、さらに10年間にわたり人体実験を重ね、最終的には自身・母・妻を被験者として用いることで全身麻酔法を完成させた。この研究の過程で妻は失明し、母は死亡したとされる。そして1804年、通仙散を用いた全身麻酔下での乳がん摘出手術に世界で初めて成功し、以後多くの門下生を育てた。 宗教と倫理はどちらか一方のみが支持する価値観というより、両者から共通して支持されうる価値観も存在するのではないかと考え、その具体例について復習した。たとえば「他者を害してはならない」という規範は、宗教的には神仏との関係における戒律として、倫理的には人間同士の関係を維持するための規範として、それぞれ別の根拠づけがなされながらも同じ行動規範に帰結する。華岡青洲の事例も、家族への献身という倫理的動機と、医術の探求という個人的使命感が交錯しており、単純にどちらか一方の枠組みだけでは説明しきれない複雑さを持っていると感じた。
A.(1) 第1回目の授業では、倫理について考えた。倫理とは簡単に言えば「善悪の判断」である。だが、この善悪の判断は個人の判断に委ねられることから、時には人を傷つけたり社会的に損害となることをしてしまったりする人が現れてしまう。そのため、子どもの頃から人や社会にプラスとなるような倫理観を持つことができるように教育することがとても大切であると考える。 (2) 私たちのグループワークでは、花岡青洲について話し合った。華岡青洲は江戸時代生まれの全身麻酔の開発者である。彼は全身麻酔を開発するにあたって、実験を行わなければならなかった。そこで彼の母と妻が実験体になることを快諾し、麻酔の研究を行った。その結果世界で初めて全身麻酔を用いた手術に成功したが、その代償として母の命を失い、妻は視力を失ってしまった。母や妻、華岡青洲による全身麻酔の開発は、「自分の命より多くの人を救うことが大切だ」という考えで成り立っていたと考えられる。 (3) 倫理の中でも、技術者の倫理とは何かという ことに対し、技術に関する「知識不足」であると授業を通して学ぶことができた。例えば医者であるのに手術をする知識や技術がないことで、人の命を落としてしまうことが倫理違反である。また、工学的に考えると、「包丁」を例に挙げると、包丁は料理をする上で欠かせない物であるが、時には悪用して人を傷つけるために使う人もいる。ここで包丁を作ったことで傷害事件が起こったとも捉えられるため、本当に作っていいのかという考えも生まれる。ただし、傷害事件を起こすのは個人であり、これは技術者の倫理ではなく、個人の倫理であるため、技術者の倫理に反しているとは言えないため、包丁を作ることは倫理違反ではない考えられる。
A.倫理とは人それぞれの生活環境や価値観によって変化するものであり、1つの正解だけでは判断できないことを学んだ。お墓参りのような宗教に関わる行動や、信仰・信教の自由、卵や精子の提供などを例に挙げながら、多様な価値観が存在することを理解した。また、戦争のように個人の意思ではなく強制される状況もあり、倫理的な判断は社会とのかかわりの中で考える必要がある。また、鉄が農具として人々の生活を支える一方で武器にも利用されるように、技術そのものではなく、それを扱う人間の倫理観が社会に大きな影響を与えることを学んだ。 グループでは、同調圧力に流されないような自分の価値観を育むにはどうすればいいかと、華岡青洲について話し合った。同調圧力については、自分で知識を得て真偽を判断すること、疑問を持ちながら判断すること、勇気をもって自分の考えを伝えること、多様な人と関り話し合うことが、自分自身の倫理観を育むために重要であるという意見が出た。また、華岡青洲は世界で亜h締めて全身麻酔による乳がん手術を成功させた人物であり、その功績は高い技術力だけでなく、患者の命を第一に考える強い倫理観に支えられていたことが明らかとなった。 授業で学んだ倫理は日常生活にも深く関わっていると感じ、と様な価値観を理解した上で判断する姿勢を今後も大切にしたい。そのためにも知識を増やし、様々な人との対話を通して自分自身の倫理観を磨いていきたい。
A.1.なぜ技術者倫理を学ぶのかという話があった。大学の工学部を卒業しているのならば、それ相応の知識と経験が保証されていると社会は思う。必要な素養を欠くものが専門的職務を行うのは初めから工学倫理に反することを、技術者として理解しなければならない。また専門分野については常に最新の知識、情報をもつように努力すること、学び続けることが大切である。 2.ワークショップでは華岡青洲について取り上げた。華岡青洲は、全身麻酔を発明した。主成分は曼陀羅華の実とトリカブトでこれが、麻酔効果となった。華岡青洲の妹は乳がんで亡くなっており、これが治療への思いへと繋がった。全身麻酔の治験により実母は亡くなり、妻の加恵は失明した。家族の協力を経て完成した全身麻酔を使い60歳の女性の乳がんの摘出に成功した。 3.技術とは毒にも薬にもなる強力な手段であると考えた。華岡青洲は、麻酔薬をトリカブトという毒から作った。劇薬から救命のための技術を作り出したように危険な技術を正しく制御し、社会の安全や福祉に役立てることが技術者の役割だと考えた。また、「無知は罪」であり十分な知識を持たずに記述を扱うことは工学倫理に反する。社会の役に立つ、社会をより良くするには技術者に高い倫理観と最新の知識が欠かせないと考える。そのため、最新の専門知識や法規を学び続け、自らの技術が及ぼすリスクを正しく評価、管理しなければならない。
A.(1) 本講義では、技術者倫理を考える上での基礎となる「哲学・思想」の重要性が説かれました。技術者の倫理観は時代とともに変遷するものであり、江戸時代において「自己犠牲」が美徳とされていた価値観と、現代社会において情報が共有され、それが信頼につながるという価値観との対比が示されました。特に、世界初の全身麻酔薬「通仙散」を開発した華岡青洲の事例が挙げられ、当時はアメリカより40年早い偉業であった一方で、その開発過程において母や妻が犠牲になったという事実は、現代の倫理観からは受け入れがたい側面があることが解説されました。技術的成果と倫理的妥当性は切り離せないものであることが強調されています。 (2) ワークショップでは、華岡青洲の事例を題材に、当時の倫理観と現代の倫理観を比較する議論を行いました。青洲の功績は医学史において極めて大きいものの、家族を被験者とする手法は現代の臨床試験プロセスや動物実験のルールに照らし合わせれば、「現代ではありえない」手法です。発表では、当時の「門外不出」という技術秘匿の姿勢が、現在では情報のオープン化と共有による信頼構築へと変化した経緯を分析しました。当時の「美徳」が現代では許容されないという事例を通じて、技術者は常に社会の倫理水準に照らして自らの行動を客観視しなければならないという結論を導き出しました。 (3) 講義を通じて、技術者倫理とは単なるルールの暗記ではなく、時代と社会の変化に応じて更新し続けなければならない「哲学」であると再認識しました。江戸時代の事例から学べるのは、いかに優れた技術的成果であっても、そのプロセスにおける犠牲が無視されてはならないということです。現代の技術者には、過去の成功例を盲信するのではなく、常に「その技術は社会からどう見られるか」「現代の倫理観に反していないか」を問い直す批判的思考が求められます。今後、自身の専門分野においても、技術者としての責任と良心をどのように現代社会と調和させていくか、常に問い続ける姿勢を持ちたいと考えます。
A.(1)講義内容としては倫理観の変化、倫理観を守るための行動、技術者にとっての倫理観について学んだ。倫理観の変化ついては倫理観には哲学、宗教、組織などが深く関わっており、環境の変化によって倫理観が変化することを学んだ。倫理観を守るための行動としては広く多くの情報を取り入れ、倫理観を確立していきながら、正しい情報を正しく使うことが重要だと学んだ。技術者にとっての倫理観については危険なものを安全に用いるという明確な自覚を持つことが基本であり、無知であるということは倫理違反に当たるといことを学んだ。 (2)ワークショップ課題としては華岡青洲さんの業績とその過程から、倫理観の重要性を学んだ。華岡青洲さんの業績としては世界で初めて(開発された麻酔薬「通仙散」を用いた)全身麻酔下での乳がん摘出手術の成功が挙げられるが、その過程で実験に協力していた家族に大きな犠牲が出た。このことから、科学の発展のは倫理的な配慮が必要であることを学んだ (3)復習としては健全な倫理観を育むことについて調べた。 世間や同調圧力に流されずに、健全な倫理観を育むには、広く様々なことを知る機会を作ることが重要だと思う。狭い範囲の中での情報や少ない情報量では偏った思考や価値観になり、それは健全な倫理観とは言えないと思う。そのため、一定の領域の話ではなく広い領域で多くの情報を集めることが健全な倫理観を育むことにつながると考える。具体的にはどのようなことかというと、色々な人と会話をして話を聞いたり、人の話(その人の意見)を理解しようすることなどが挙げられる。 また、今の時代ではネットなどには正しくない情報があることもある。そのため、その情報が正しいかどうかを見極める能力を身に着けることも健全な倫理観を育むのに必要だと考える。
A.**(1)講義内容の再話** 今回の講義では、哲学と思想を学ぶ意義と、技術者倫理の位置づけについて学んだ。哲学とは物事の本質を考え、自分自身で問いを立てて答えを探す学問であり、思想とは人間や社会についての考え方や価値観を示すものである。技術は人々の生活を便利で豊かにする一方で、使い方を誤れば事故や環境破壊など深刻な問題を引き起こす可能性がある。そのため、技術者には高度な専門知識だけでなく、社会に対する責任や倫理観が求められることを学んだ。また、技術者倫理は法律を守るだけではなく、安全性、公正性、環境への配慮、情報の適切な取り扱いなど、多くの観点から判断することが重要であることを理解した。さらに、技術者は企業の利益だけでなく、利用者や地域社会、将来世代への影響まで考えながら行動する必要があり、そのためには哲学的な考え方や多様な価値観を理解する姿勢が欠かせないことを学んだ。 **(2)ワークショップ課題の発表要旨** ワークショップでは、技術者として倫理的な判断が必要となる場面について話し合った。私たちのグループでは、製品の安全性と企業利益のどちらを優先すべきかというテーマを取り上げた。コスト削減や納期短縮を優先すると品質が低下し、事故や故障につながる可能性があるため、安全性を最優先に考えるべきだという意見が多かった。また、不具合を発見した際には隠すのではなく、速やかに上司や関係者へ報告し、必要であれば製品回収などの対応を行うことが社会からの信頼につながるという結論になった。さらに、技術者一人だけでは判断できない問題もあるため、周囲と相談しながら多角的な視点で考えることが重要であるという意見も出た。技術の発展には倫理的な判断が常に伴うことを改めて認識する機会となった。 **(3)復習の内容** 復習を通して、技術者倫理は単なる道徳ではなく、専門職として社会に対して果たすべき責任であることを再確認した。技術者が倫理を軽視すると、大規模な事故や環境問題、個人情報の漏えいなど、多くの人々に被害を与える可能性がある。そのため、問題が起きてから対応するのではなく、設計や開発の段階からリスクを予測し、安全性を確保することが重要である。また、技術は日々進歩しているため、新しい技術が社会に与える影響についても継続的に学び続ける姿勢が求められると感じた。私は化学を学ぶ学生として、将来は材料開発や製造プロセスに携わる可能性があるため、品質や安全性を最優先に考え、社会から信頼される技術者になりたい。そのためには専門知識を身に付けるだけでなく、哲学や倫理についても学び続け、多様な価値観を尊重しながら責任ある判断ができる技術者を目指したいと考えた。 必要であれば、講義資料の内容に合わせてより具体的な内容へ修正したり、700?800字程度に調整したりできます。
A. 技術者倫理は、現代の科学技術が社会や環境に与える大きな影響力を適切にコントロールし、公共の安全、健康、および福祉を最優先するための行動規範として位置づけられている。法律と個人の道徳の間に位置し、専門職としての自己規律を示す柱となる。技術を社会に役立て、悲惨な事故から人々を守るための防衛システムともいえる。 華岡青洲は、江戸時代後期(1760年~1835年)の外科医であり、記録に残るものとしては世界で初めて全身麻酔を用いた乳がん摘出手術に成功したことで世界的に知られる人物。麻酔薬「通仙散(つうせんさん)」の開発を行った。猛毒を持つ曼陀羅華(チョウセンアサガオ)や草烏頭(トリカブト)など6種類の生薬を独自の比率で調合した、画期的な内服(飲み薬)の全身麻酔薬である。 技術者が「技術者倫理」に対して持つべき最も根本的な考え方は、「自らの専門知識や技術は、会社のためだけでなく、社会の安全と人々の幸福のためにある」という自律的なプロフェッショナル意識(専門職としての誇りと責任)だ。「守らなければならない義務」として受動的に捉えるのではなく、技術を正しく扱うための強力な武器・判断基準として主体的に捉える必要があるため、まずは、自律性を持つことである。納期やノルマへのプレッシャーを常に受ける。会社の安全とのジレンマが起こった場合、技術的な事実をベースにNOといえるだけの客観的な倫理的判断力を養っておく必要がある。
A.(1)哲学と思想についての講義では、地下鉄サリン事件や華岡青洲、宗教と倫理に関して学んだ。地下鉄サリン事件の原因はその名の通りサリンという猛毒物質が使われた事件である。オウム教信者の一部が化学において優秀な人であり、彼らがサリンを合成してこの事件に至った。優秀な人が殺人に加担するのはなぜなのかについて学んだ。華岡青洲は世界で初めて全身麻酔に成功した人物である。彼は通仙散と呼ばれるチョウセンアサガオを主成分としたものを使って全身麻酔を行った。方法は経口投与であった。宗教と倫理では、宗教がどれだけ人間の倫理観に影響を及ぼすのかについて議論した。宗教は人間の倫理観に大きく影響するものであると考える。宗教は我々の常識をつくる部分の一つであり、人を形成する上で欠かせない存在である。日本での簡単な例としてお墓参りである。これは神道や仏教に関係していると言われている。私はお墓参りにより倫理観ができたと考える。亡くなった自分の先祖のことを、お供物をしたり手を合わせることで供養と感謝を伝えられるからである。子供の頃から継続してきたことだが、改めて考えるとこれも宗教の一部であり、これにより自分の倫理観が備わっていったのだと考えた。 (2)ワークショップ課題では華岡青洲について議論した。華岡青洲は世界で初の全身麻酔を成功させた外科医である。欧米で全身麻酔を成功させたのは華岡が成功させた40年後である。華岡と欧米では用いた薬品が違っていた。華岡は通仙散と呼ばれるチョウセンアサガオを主成分としたものを使っていたが、欧米ではジエチルエーテルを用いた全身麻酔が行われていた。現代ではプロポフォールやセボフラリンと呼ばれる薬品を使っている。現代では点滴や吸入により麻酔をしているが、華岡は経口投与で行った。 (3)優秀な人はなぜ信じべからざる者を信じるのか。私は、優秀な人は悩みや不安が多いと考える。例えば研究者や学者を例にしてみると彼らは得た知識から研究を重ね、実験を何度も繰り返し、新しいことを発見しようとしている。しかしその中で限界を感じることもある。そこから不安や悩みを感じてしまい、精神的に辛くなってしまう。故に信じてはいけないとはわかっていても精神的に辛いため、信じべからざる者を信じてしまうのだと考える。設問に記されているオウム真理教の信者や偉人は優秀であることに違いはない。しかし、人間に不利益なことが彼らによって起きてしまっているのは未来を考えていないからである。自分の研究に没頭してしまっているせいで自分が発見、開発できればそれでいいという考えがあり、将来のことを考えていないがためによからぬことが起きてしまうと考える。優秀とは頭脳に優れていることはもちろんのこと、人類にとって確実にプラスになるようなことなのかを考えることもまた優秀であると考える。
A.
A.【講義の再話】 第1回の講義では、技術者倫理の基本的な考え方について学んだ。人の倫理観は、生活環境や文化、宗教、周囲からの同調圧力などによって異なるため、自分にとって正しいと思う判断が、必ずしも社会全体にとって正しいとは限らない。特に技術者は、専門知識や技術を用いて製品や設備をつくり、それらが多くの人の生活や安全に影響を与える立場にある。そのため、知識が不足したまま判断する「無知」によって大きな被害を生じさせないよう、技術の利点だけでなく、危険性や社会への影響まで考える必要があると分かった。 【発表の要旨】 演題「華岡青洲について調べて、話し合ってみよう」、グループ名「なし」、共著者{小野絵里花、神山結菜、船木彩智、長谷川さくら、高橋璃和}、私の役割「Investigation」 江戸時代の医師である華岡青洲についてグループで調べ、話し合った。華岡青洲は麻酔薬「通仙散」を開発し、全身麻酔による乳がん手術を成功させた人物である。当時は十分な設備や情報がない中で研究を進め、試行錯誤を重ねながら新しい医療技術を生み出した。また、外科だけでなく内科の知識も大切にする「内外合一」や、生きたものを観察して真理を追究する「活物窮理」という考えを重視していた。一方で、麻酔薬の実験を家族に行ったとされる点から、技術の発展と倫理の問題は切り離せないことについても考えた。 【復習の内容】 講義後には、技術者である個人と、技術者ではない個人の違いについて考え直した。どちらにも倫理的な判断は必要であるが、技術者の判断は製品の量産や社会への普及を通して、多くの人に影響を与える可能性がある。そのため、技術者には専門知識を身につけるだけでなく、自分の仕事が人の生命や安全、環境にどのような影響を及ぼすかを考え、責任を持って判断する姿勢が必要である。また、一人だけで考えを決めるのではなく、異なる立場の人の意見を聞き、多角的に検討したうえで、最終的には自分の責任で意思決定することが重要だと学んだ。
A. 技術者は、専門知識や技術だけでなく、高い倫理観をもって判断することが求められる。社会には同調圧力や宗教、組織の慣習など、自らの判断に影響を与えるさまざまな要因が存在する。そのような状況では、一人で問題を抱え込まず、異なる立場の人の意見に耳を傾け、多角的な視点から物事を考えることが重要である。しかし、最終的な判断を他者に委ねるのではなく、自分自身の価値観や責任に基づいて意思決定を行わなければならない。 「華岡青洲について調べて、話し合ってみよう」というテーマについて、菊地真結、越須賀太陽、橋本菜那美、三浦夢衣、大屋健太郎、山口柚佑理で考えた。江戸時代の医師である華岡青洲は、世界で初めて全身麻酔による乳がん手術を成功させた人物であり、その技術を確立するまでに多くの研究と試行錯誤を重ねた。一方で、家族に麻酔薬の実験を行ったとされることから、医学の発展と倫理の問題は切り離せないという点について考え、技術の進歩には責任ある行動が求められるとまとめた。 宗教は人々の価値観や行動の指針となる一方で、倫理とは必ずしも一致するものではないと感じた。信仰を尊重することは大切であるが、技術者は宗教や周囲の意見に流されるのではなく、社会全体への影響や人命、安全性を最優先に考えて判断する責任がある。また、一つの考え方だけにとらわれず、多様な意見を取り入れながらも、最後は自分の責任で決断する姿勢が重要であると考えた。
A.(1) 技術者倫理とは、技術者が安全性や社会的にとるべき責任について考えながら、取るべき行動やあるべき姿勢について学習をした。講義では、NASAのスペースシャトル・チャレンジャー号事故を例に、打ち上げ前に技術者が低温による部品の危険性を指摘したにもかかわらず、組織の判断で打ち上げが延期されず、大事故につながった事例を学んだ。また、安全性と会社の利益との間で技術者が葛藤する技術者のジレンマについても学び、倫理的判断の重要性を学習した。 (2)NASAのロケットの打ち上げの事件について、もしあのとき打ち上げを延期せずに打ち上げる判断をすると、打ち上げにはお金がかかることや、世間的に大々的になっていたこともあり、会社や経営者にとっては利益があった。しかし、失敗する可能性が高いことがわかっていた技術者や宇宙飛行士は信用を失う等の理由で損失である。一方、延期の判断をした場合、宇宙飛行士の命や技術者とも社会的な信用を失うことがないことから利益がある。しかし、会社や経営者側は、多額のお金がかかるため損失である。 (3) 今回の講義では、技術者が安全性や社会的な責任を最優先に考え、倫理的な判断を行うことの重要性を学んだ。特に、NASAの事故では、技術者が部品の危険性を指摘していたにもかかわらず、組織の判断で打ち上げが強行され、大事故につながったことが印象に残った。この事例から、利益よりも命と安全を優先することが、技術者には求められること学んだ。
A.1. 地下鉄サリン事件は、1995年にオウム真理教が地下鉄で猛毒のサリンを散布し、多くの死傷者を出した化学テロ事件である。事件を起こした信者の中には優秀な科学者や技術者も多く、化学の知識を利用してサリンを製造した。しかし、彼らは麻原彰晃の教義を信じ、「殺人が正義である」という考えに従って犯行に及んだ。この講義を通して、優れた知識や技術は、それを使う人の倫理観や判断力が伴って初めて社会の役に立つことを学んだ。また、「正義」という考えが誤った方向へ向かうと、人の命を奪う行為まで正当化してしまう危険性があることを理解した。 2.華岡青洲の母と妻は、青洲を支えたいという思いから対立するようになった。母は「息子を一番理解しているのは自分」、妻は「夫の力になりたい」と考え、麻酔薬の人体実験にも協力を申し出た。人体実験には失明などの危険があり、妻は視力を失ったと伝えられている。このことから、医学の発展の裏には家族の大きな支えや犠牲があったことを学んだ。また、医療技術の進歩には研究だけでなく、人命や倫理への配慮も欠かせず、技術者や医療従事者には大きな責任があることを改めて理解した。 3.講義の内容は宗教や自分の倫理において自分の意見だけでなく、周りの意見を聞く事。親しい友人だけでなく様々な人に聞く事で多方面の価値観を広げ、正しい選択を出来るようにすることが大切だと分かった。なにかを始めるときは自分の考えだけでなく、周りの親しい友人などに正確な判断を求めることも必要だと感じた。
A.今回の講義では、技術者倫理とは優れた技術や知識を持つだけではなく、その技術を社会のために正しく使うための考え方であることを学んだ。事例として華岡青洲が取り上げられた。華岡青洲は世界で初めて全身麻酔を用いた手術を成功させ、医学の発展に大きく貢献した。しかし、その過程では母親や妻に麻酔薬を試し、妻が失明するなど大きな犠牲があった。当時は倫理基準が現在とは異なっていたが、現代では人権侵害として認められない。この事例から、技術の成果だけでなく、その研究方法や人への影響も倫理的に考える必要があることを学んだ。 ワークショップでは、華岡青洲の功績と問題点の両方について話し合った。医学の発展に大きく貢献したことは評価できる一方で、家族を対象とした人体実験は現在では許されないという意見が多かった。また、現在は治験制度や倫理審査委員会、インフォームド・コンセントなどの仕組みが整備され、人権を守りながら研究を進めることが重要であるという結論になった。 今回の授業を通して、技術者には高い能力だけでなく、それを正しく使う倫理観が必要だと改めて感じた。これまで学んだように、知識や技術があっても倫理観が欠ければ社会に大きな被害を与える可能性がある。将来技術者として働く際には、法律や規則を守るだけではなく、人命や社会への影響を常に考え、相手の立場を尊重しながら判断する姿勢を持ちたい。技術の発展と人権の尊重を両立させることが、社会から信頼される技術者に求められる重要な役割だと考えた。
A. 講義では、技術者倫理とは技術者が専門知識や技術を社会のために適切に活用するための倫理であり、一般的な倫理とは異なる責任を伴うことを学んだ。技術者の判断は多くの人々の安全や生活、環境に大きな影響を与えるため、法律を守るだけでなく、社会全体の利益や公共の安全を考えて行動することが求められることを理解した。また、技術が進歩する現代では、技術者一人一人の倫理観が社会からの信頼にもつながるため、常に責任ある判断をすることが重要だと感じた。 華岡青洲のおかげで全身麻酔というものが世の中に出てきたと思うが、その裏には、妻と母を人体実験に使ったという背景があった。私は、その人体実験は致し方ないものだったと思う。強制的に人体実験に参加させることは絶対にあってはならないことだと思うが、自主的に参加するのであれば許されることだと考える。江戸時代では人体実験という形だったが、現在では治験という制度があり、安全性や倫理面に十分配慮したうえで行われている。当時と現代では考え方は異なるものの、医療の発展には人の協力が欠かせないという点は共通していると感じた。 宗教と倫理は関係ないように見えて、とても密接に関係していることがわかった。宗教によって価値観や善悪の基準は異なるが、それらは人々の行動や考え方に大きな影響を与えていることを学んだ。また、現代の倫理観にも宗教的な考え方が根付いている部分があり、多様な価値観を理解し尊重することの大切さを感じた。自分とは異なる考え方を持つ人とも互いに認め合い、相手の立場を理解しようとする姿勢が、より良い社会を築くうえで重要だと思った。
A. この回では、技術者倫理の位置づけを学びました。 技術者は、産業に関わるという面で、政治的、経済的な状況に判断が左右されることもあると考えられます。判断に迫られたときに、どうやったら同調圧力に負けないか、自分の価値観を貫けるのかを考えることが大切です。また、技術者倫理は職業倫理、倫理の中に位置づけられています。専門知識を悪用せず、「無知」を是とせず、危険なものを安全に使いこなす仕事をしているという意識が大切です。 授業最後のグループワークでは、華岡青洲について調べました。華岡青洲は江戸時代の医者家系に生まれ、全身麻酔による乳がん手術に世界で初めて成功した人物です。実験への協力を申し出た母と妻に麻酔薬を飲ませ、妻は副作用により失明しましたが、麻酔薬として通仙散を完成させ、1804年に全身麻酔による乳がん手術に成功しました。海外では、1846年にアメリカでエーテルを使った全身麻酔による手術が成功していますが、これは華岡青洲の全身麻酔による技術の40年以上後のことでした。 華岡青洲は、全身麻酔薬を完成させ、医術に全力を尽くしましたが、その背景には人体実験として家族の犠牲が伴いました。前代でも、医療倫理や人体実験の在り方は議論されていることが分かりました。技術者においても、目先の利益や政治的、経済的状況にとらわれずに知力を尽くすことが大切だと考えました。これを行い、技術者倫理に基づいて行動するためには、たくさんの情報に触れながら、客観的な視点を大切にすることが大切であると考えました。
A.(1)講義の再話 今日の講義では「倫理」という言葉の意味を考え直す時間があった。倫理と聞くと、法律のように決められたルールを守ることだと思いがちだが、実際にはそうではないらしい。倫理とは、自分一人で完結する話ではなく、誰かと一緒に生きていく中で、その場その場に応じた適切な判断や振る舞いをしていくための考え方なのだと教わった。とりわけ印象に残ったのは、倫理観というものが最初から個人の中に備わっているのではなく、他人との関わりを積み重ねる中でじわじわと形作られていくという点だ。相手がどう感じているか、どんな立場に置かれているかを想像しようとする気持ちが、その土台になっているという。倫理は孤立した状態で育つものではなく、人と人との関係性の中でこそ育まれるものなのだと理解した。 授業の後半では、華岡青洲という人物を調べるワークがあった。彼は世界に先駆けて全身麻酔での外科手術を成功させた医師だが、そこに至るまでには膨大な年月をかけた地道な研究と数え切れない失敗があったことを知った。特に心が痛んだのは、麻酔薬の効果を確かめる過程で妻が実験台になり、副作用によって視力を失ってしまったという事実である。医学を前進させることと、研究に伴う倫理的な問題との間には、簡単には割り切れない緊張関係があるのだと感じさせられた。自分だったら、家族を危険にさらしてまで研究を続ける決断はできないだろうと正直に思う。それでも、より多くの人の命を救うという目的のために覚悟を持ち続けた青洲の姿には、素直に心を動かされた。今私たちが当たり前のように受けている医療は、こうした先人たちの努力と犠牲の積み重ねの上に成り立っているのだと、改めて実感する時間だった。 (2)発表の要旨(グループワーク) 役割:調査 授業の終盤には、倫理観をどうやって育てていくかについてグループで話し合う場があった。話し合いの中で出てきたのは、コミュニケーションの大切さだった。中でも、異なる文化圏の人と交流することが、倫理観の形成に強く影響するのではないかという意見が出た。日本の中だけで暮らしていると、自分の常識や価値観こそが唯一正しいものだと思い込んでしまいやすい。しかし留学や国際交流を通じて、異なる文化・宗教・生活習慣に触れることで、世の中にはさまざまな価値観が並立していることを肌で理解できるようになるはずだ。特に、まだ偏見や先入観をあまり持っていない小学生や中学生の段階でそうした経験を積むことができれば、他者を尊重する態度や柔軟なものの見方が自然と身につき、豊かな倫理観の形成につながるのではないかという結論に至った。 (3)復習の内容 今回の授業を通して、倫理とは教科書で覚える知識のようなものではなく、さまざまな人との関わりの中で時間をかけて育てていくものなのだと改めて感じた。今後は、自分と異なる意見や背景を持つ人と接する機会を意識的に増やし、そのたびに相手の立場に立って考える練習を積み重ねていきたいと思う。
A.(1)技術者倫理においての哲学と思想について、華岡青洲を例に考えた。 (2)華岡青洲は世界初の全身麻酔によって乳がんの手術を行ったが倫理観としての問題が少しあるのではないかという結論に至った。 (3)技術者倫理は、単独で存在するルールブックではなく、哲学と思想という根っこを支えにして成り立つ実践的な応用倫理として位置づけられていると考えられた。技術は人々に大きな利益をもたらす一方で、一歩間違えれば事故や環境破壊など、社会に深刻な被害を与える力を持っていらということが分かっている。今回の華岡青洲を例にすると複数の犠牲者を出していること、自分の妻をも犠牲にしてしまっていたということがそれに当たると考えた。そのような判断の迷いが生じたときに技術者を正しく導くのが哲学・思想の視点である。この設計は人々の安全や幸福にかなっているかということや未来の社会に対して誠実であるかという根本的な問い(哲学・思想)へと立ち返ることで、技術者倫理は単なる形式的な規律に終わらず、社会と人間を守るための確かな判断の軸として正しく機能するのではないかと考えられた。つまり、技術者倫理とは、哲学と思想が追求してきた人間の生き方を、技術という現代社会の強力なツールにおいて具体的に具体化・実践するための架け橋であると考えた。今回このように感じたように様々な技術の観点において哲学・思想と深い関わりを持っていると考えられた。
A.(1)私たちが学ぶ科学技術は強大な力を持つ。だからこそ、それを使う人間の思想や哲学が試される。過去にはオウム真理教に加担した優秀な科学者たちがいた。彼らは高度な専門知識を持ちながら、人間としての正しい倫理観を欠いたために暴走し、凄惨な事件を引き起こした。知識を磨くだけでは、人を幸せにできる技術者にはなれない。専門性と道徳を切り離さず、自分の頭で「何が正しいか」を哲学し続けることが技術者倫理の第一歩である。 (2)演題として「華岡青洲について調べて話し合ってみよう。」を取り上げた。役割は調査を行った。グループ名は華岡青洲で共同著者は小林もも、長谷部心紀、後藤瑳良である。世界初の全身麻酔による乳がん手術を成功させた華岡青洲の功績と、多くの弟子を育てた育成体制をディスカッションした。医療現場では、未知の麻酔薬開発に伴う人体実験のリスク(倫理的懸念)と、患者を救うという大義が常に隣り合わせである。グループでは、彼の挑戦が単なる個人の成功にとどまらず、記念館病院へ至る医学の発展と後継者育成という「未来の社会福祉」へ昇華された点に着目し、技術者も大局的な視点で次世代へ知恵を繋ぐべきだと結論づけた。 (3)宗教と倫理の関係について考えた。宗教と倫理について考えて大切なことは、自分自身の考えを正しいと思いこまず、様々な情報をふまえて、考える力をつけることである。自分だけの考えで1人よがりにならずに、他の人の意見に触れる機会をつくり、色々な価値観に触れることが重要である。
A.(1) 技術は人々の生活を豊かにする一方で、使い方を誤れば大きな被害をもたらす二面性を持つことを学んだ。地下鉄サリン事件では、高い知識を持つ人々が誤った思想のもとで技術を利用し、多くの命を奪った。エンジニアには専門知識だけでなく、技術を社会の幸福のために活用する倫理観が不可欠であると感じた。また、毒と薬が紙一重であるように、技術を安全に使いこなす責任の重さを改めて認識した。 (2) 華岡青洲は世界で初めて全身麻酔による外科手術を成功させ、一人ひとりに向き合う医療を実践した。その背景には、妻や母の協力による人体実験や、薬物に関する豊富な知識と高度な技術があった。また、「活物窮理」の考え方のもと、生きた現象の中から真理を追究した姿勢が医療の発展につながった。私は、技術者にも専門知識だけでなく、人のために技術を活用する責任感と探究心が必要だと感じた。 (3) 健全な倫理観を育むためには歴史を学ぶことが重要である。歴史には異なる価値観を持つ人々の選択が記録されており、特に戦争の歴史や他者との意見交換を通して多様な倫理観を理解できると考えた。 技術者は専門的な知識や技能を用いて設計や運用に携わり、その結果に責任を負う立場にある。また、報酬を得て社会と契約関係を結ぶため、一般の個人よりも大きな責任が求められる。 倫理観と能力は必ずしも比例しない。「論語読みの論語知らず」のように、高い知識や学歴を持ちながら、それを社会に反する行為に利用する人もいる一方、人柄によって信頼される人もいる。 優秀な人は学習能力が高く、多くの知識を吸収できる反面、周囲からの影響も受けやすい。そのため、誤った思想や価値観に染まり、信じるべきでないものを信じてしまう可能性があると考えた。
A.(1)本講義では、まず技術者の定義として「自然に人為を加えて人間の生活に役立てることを職業とする人(大辞林)」が示され、技術者倫理の対象は、人々の生活を良くするための十分な技術を持ち、それを職業として対価を得ている個人であることが確認された。また、高い知的能力や論理的思考力を持つ「優秀な人」であっても、その能力ゆえに自身の誤った考えを論理的に正当化・強化してしまうことや、強い使命感、知識の偏り、孤独や不安といった心理状態から、信じべからざる思想や集団に傾倒してしまう倫理的リスクが存在することが示された。 (2)ワークショップでは、華岡青州の一生について調べると言うものであった。私たちのグループでは、華岡青州の家族関係について、樹形図の形で書き表し、彼が、誰と、どのような関係性で、そこではどのような関係性だったかを、ネットを調べながら整理しつつ図を作成した。彼だけではなく、彼の周りの関係性も深く理解することができた。 (3)講義を通して「高い知能や技術」と「正しい倫理観」は別物であると学び、技術者として世論や同調圧力に流されない健全な倫理観を育む重要性を再認識した。そのためには、自分自身の倫理の軸を特定の文化や宗教だけに頼って形成しないことが不可欠である。宗教や文化など異なる背景を持つ多様な人々とかかわり、自分とは異なる価値観に触れる経験を重ねることで、物事を多角的に捉える視点が養われる。こうした経験を通じて自分なりの明確な判断基準を築くことこそが、技術者として周囲の意見に左右されず、自律した適切な判断を下すための基盤になると考える。
A.(1)和歌山県紀の川市の青洲の里に咲く曼荼羅華は強い毒性を持つ植物で、江戸時代の外科医・華岡青洲が全身麻酔薬である通仙散の原料として用いたことで知られる。通仙散はスコポラミンによる急性中毒作用を利用した麻酔薬であり、青洲はこれを用いて世界初の全身麻酔による乳がん手術を成功させた。一方で、その完成には妻と母が人体実験に協力したという倫理的課題もあった。また、トリカブトは薬と毒の両面を持つ植物である。これらは薬は毒であり、毒は薬であるという言葉が示すように、使い方次第で人を救うことも害することもある。医療従事者だけでなく、化学・バイオ工学に携わる技術者にも、危険物質を正しく扱う知識と高い倫理観が求められ、毒性への理解と責任ある利用が技術者倫理の基盤となる。 (2)演題:花岡青洲の功績 グループ名:今野班 共著者名:霜鳥可歩、村上真陸、今野龍臣、我妻凱陽、斎藤優花 自分が発表の創作に果たした役割はデータ整理である。花岡青洲の行ったことを整理し、発表がしやすいようにまとめ、ワークショップ課題に取り組んだ。グループでは、華岡青洲の功績について議論した。華岡青洲の研究の成果が人々の命を救ったことは確かなのだが、母や妻の協力など、人体実験に協力した人々の成果や、弟子たちが実際に華岡青洲のもとに学びに来て、華岡青洲の教えを守ったことも医学の発展に寄与したと考えられた。 (3)今回の学習を通して、技術の進歩には高い知識だけでなく倫理観や責任感が不可欠であると考えた。薬や化学物質は適切に扱えば人の命を救う一方、知識不足や不注意によって重大な事故を引き起こす可能性がある。そのため、将来化学やバイオ工学に携わる際には、安全管理を徹底し、社会への影響まで考えて行動できる技術者を目指したい。また、過去の医学の発展を支えた人々の犠牲や努力を忘れず、倫理を重視した研究開発の重要性を常に意識したい。
A.第1回の講義では、技術者倫理とは単なる道徳の学習ではなく、科学技術を社会の幸福のために正しく活用するための考え方であることを学んだ。特に地下鉄サリン事件を例として、高度な科学知識を持つ人間であっても誤った価値観を持てば社会に深刻な被害を与えてしまうことが示された。また、技術者には専門知識だけでなく、技術が社会へ与える影響を理解し、関連法規や社会的議論についても学び続ける姿勢が求められることを理解した。さらに、科学者が原理の発見を目的とするのに対し、技術者は知識を応用して社会に役立つものを生み出す役割を担うことを学んだ。 発表では、毒と薬の二面性について取り上げた。華岡青洲が開発した通仙散による全身麻酔を例に挙げ、人を救う医療技術も本質的には毒性を利用していることを説明した。また、有機リン化合物が農薬として農業に貢献した一方で、サリンのような化学兵器にも利用された歴史を紹介した。これらの事例から、技術や化学物質そのものに善悪は存在せず、それをどのような目的で利用するかが重要であることを考察した。そして、正しい判断を下すためには高い倫理観と責任感が不可欠であると発表した。 復習を通じ、技術者には社会の安全と幸福に貢献する責任があることを再認識した。オウム真理教事件では、優秀な研究者や技術者が誤った思想に従った結果、多くの命が失われた。この事例から、専門知識だけでは技術者として十分ではなく、良心や道徳観を持つことが不可欠であると感じた。また、報酬や評価のためではなく、自らの信念や使命感によって行動する内発的動機づけの重要性についても理解した。将来技術者として働く際には、常に社会への影響を考えながら判断していきたい。
A.まず、講義の再話について、今回の授業では技術者倫理とは何であるかについてであった。倫理とは、一意的なものではなく、異文化との交流やすり合わせによって生じるものである。世界には、神の名のもとに戦争を行う人々もいる。文化の違いは時に軋轢を生み、争いに発展する事もある。最後に工業倫理について、工業とは危険なものを取り扱う事であるため、職業倫理と同じく無知は最大の倫理違反となる。 次に、ワークショップの要旨について、今回は華岡青洲について調べた。 演題は華岡青洲、グループ名佐藤裕周、 共著人、西川聡 地主葵 斎藤考裕 自身の役割は、調査であった。 内容については、華岡青洲がどのような研究者であったかについてであった。日本で初めて麻酔を開発した人物であり、実験に家族を利用したなど、疑念の残る人物であった。だがその背景には、家族が志願して非検体になっていたことを知ることが出来た。よって彼は、倫理観と使命感を持って麻酔の実験に臨んだ立派な研究者であったと、自身は結論付けた。 最後に復習の内容について、優秀な科学者であった人たちは、なぜ信じてはいけない人を信じてしまったのかについて考えた。自身は、当人が信じる正義が社会とすれ違ってしまったために、社会と対立する方向に進んでしまったと考えた。だがこれは個人のみの問題ではなく、社会全体に存在する問題であると言えるだろう。今一度我々は、学問に対しての考え方を改めなければならないのではないかと考えた。
A. 技術者倫理の根本的な位置づけについて学んだ。倫理の概念は大きな枠組みとしての一般倫理の中に職業倫理が存在し、その一部として技術者倫理が位置づけられるという階層構造を持つ。専門的な知識や技術を扱う技術者には高い社会的責任が伴うため、自らの専門分野に関して無知であることが、すでに職業倫理および技術者倫理に対する重大な違反となり得る。周囲の意見や場の空気に流されることなく倫理的な判断を下すためには、日頃から多様な人と関わりを持ちつつ、批判的な視点を持って対話を行う態度が必要である。 グループワークの演題は華岡青洲の業績と倫理、グループ名は第1グループ、共著者は小林明久里、近藤果音、青木佑太郎、後藤将太であり、私はデータ管理として参加した。華岡青洲は江戸時代の医者であり、曼陀羅華などを主成分とした全身麻酔薬「通仙散」を開発して世界で初めて乳がん手術を成功させた。その開発過程には、母の死亡や妻の失明という臨床人体実験における犠牲が存在していた。本演習では収集した資料やデータを整理・管理し、発表の基礎となる情報の正確性を担保した。 講義内容とグループ発表を踏まえ、技術の進歩における犠牲と倫理的葛藤について考察を深めた。華岡青洲の偉業は医学史において極めて重大な功績であるが、身内の犠牲の上に成り立った開発プロセスは現代の研究倫理の観点からも深い問いを提示している。技術者は単に技術的成功を追求するだけでなく、その過程や社会的な影響、人道的な妥当性を常に批判的視点で見つめ直すことが重要であると実感した。
A.【講義の再話】 今回の講義では、宗教と倫理の関係について学んだ。宗教は人々の生き方や価値観の基盤となり、善悪の判断や社会のルール形成に大きな影響を与えてきた。一方で、倫理は宗教だけに依存するものではなく、多様な価値観を持つ人々が共に生活するための指針として発展してきた。講義を通して、宗教が異なっていても人間として大切にすべき考え方には共通点が多く存在し、相手の立場や文化を理解しようとする姿勢が重要であることを学んだ。 【発表の要旨】 演題:華岡青洲について調べて話し合ってみよう?グループ名:かばい班?共著者:鏡りんな、菅原ゆな、猪熊厚孝、小野司、稲村さやか ?私の役割:Investigation(調査) グループでは、江戸時代の医師である華岡青洲について調査し、その功績について話し合った。華岡青洲は全身麻酔薬を用いた手術を世界で初めて成功させた人物として知られている。しかし、その研究の過程では家族の協力や大きな犠牲も伴っていたことが分かった。議論の結果、医療技術の発展には挑戦する精神が必要である一方、研究倫理や安全性への配慮も同様に重要であるという意見で一致した。 【復習の内容】 授業後、華岡青洲の研究についてさらに調べたところ、彼の功績は現在の外科医療や麻酔医学の発展につながっていることが分かった。また、新しい技術や医薬品の開発には多くの実験と検証が必要であり、その過程では研究倫理が重要な役割を果たしていることを改めて理解した。私は、科学技術の進歩だけを追求するのではなく、人々の安全や尊厳を守りながら研究を進めることが大切であると考えた。
A.(1)講義内容の再話 倫理とは、人が物事の善悪や適切さを判断するための基準であり、その考え方を深めるには歴史上の出来事や過去の事例から学ぶことが大切である。特に技術者は、自身の持つ技術を安全かつ適切に扱う責任を負っている。知識不足による事故だけでなく、オウム真理教サリン事件のように知識が悪用されれば、社会へ大きな被害をもたらす可能性もある。また、過去に行われた人体実験などの反省を踏まえ、現在では人命を最優先に考える倫理観が重視されている。宗教は人々の価値観を形成する一つの要素であるが、教えをそのまま受け入れるのではなく、自分自身で考え、判断する姿勢が重要である。 (2)ワークショップ課題の発表要旨 ワークショップでは、華岡青洲を題材に、医療と倫理の関係について考察した。青洲は世界で初めて全身麻酔による手術を成功させ、医療の発展に大きく貢献した人物である。一方で、その研究の過程では家族を被験者としたことから、倫理的な問題も指摘されている。「内外合一」や「活物窮理」という考え方をもとに、優れた技術だけでなく人格や命を大切にする姿勢も必要であることを学んだ。そして、たとえ目的が正しいものであっても、人を実験対象とすることについては慎重に考えるべきであるとまとめた。 (3)復習の内容 復習を通して、倫理とは自分自身の行動を判断するための基準であり、結果だけではなく、その過程が倫理的に正しいかどうかも重要であることを改めて理解した。華岡青洲の事例からは、医療の発展という目的があっても、手段まで正当化されるわけではなく、倫理との両立が難しい課題であることを学んだ。また、技術者の知識や行動は社会に利益をもたらす一方で、大きな被害につながる可能性もあるため、安全性や社会への影響を常に意識する必要がある。今後は、多様な価値観を尊重しながら、自分の行動が周囲にどのような影響を与えるのかを考え、責任ある判断をしていきたい。
A.(1)講義内容の再話 講義では、技術者倫理とは単に法律や規則を守ることではなく、技術者が社会に対して責任を持って行動するための考え方であることを学んだ。技術者は専門知識を用いて人々の生活を豊かにする一方で、その技術によって事故や環境問題を引き起こす可能性もある。そのため、自分や会社の利益だけではなく、人々の安全や社会への影響について考えながら行動することが求められる。また、技術者は専門分野だけにとらわれるのではなく、法律や社会問題についても理解し、広い視野を持つことが大切であると学んだ。 (2)ワークショップ課題の発表要旨 私は、同調圧力や世論に流されないためには、まず物事に対して違和感を持つことが大切だと考えた。そして、その違和感をそのままにせず、なぜ違和感を覚えたのかを考え続けることが重要であると思った。また、自分一人で判断するのではなく、周囲の人の意見を聞いたり、自ら情報を調べたりして真偽を確かめることも必要であると考えた。技術者は専門知識を持つ立場だからこそ、周囲の意見に流されるのではなく、自ら考え判断する姿勢が求められると感じた。 (3)復習の内容 復習では、華岡青洲の全身麻酔手術について調べた。華岡青洲は世界で初めて全身麻酔による手術を成功させた人物として知られているが、その過程では母親や妻が麻酔薬の人体実験に参加したとされている。麻酔薬にはチョウセンアサガオやトリカブトなどの強い毒性を持つ植物が使用されており、実験の結果、母親は死亡し、妻は失明したと伝えられている。もちろん、多くの患者を救うための研究であったことは理解できるが、私は安全性の確認やリスクの低減をさらに行うことはできなかったのかという疑問を持った。技術や研究の発展は重要であるが、それによって犠牲になる人がいてよいわけではない。技術者には成果を求めるだけでなく、安全性や倫理性についても十分に考えながら研究や開発を進める責任があると感じた。今回の講義を通して、技術者倫理とは自分の良心に従い、人々の安全や幸福を第一に考えて行動するための重要な考え方であると理解した。
A. 本講義では、華岡青洲の事例を通して、医療技術と倫理の関係について学んだ。華岡青洲は世界で初めて全身麻酔を用いた手術に成功したが、その過程では安全性が十分に確立されていない中で人体実験が行われていた。この事例から、新しい技術の開発には大きな成果が期待される一方で、被験者の安全や人権への配慮が不可欠であることが分かる。技術者や医療従事者は、結果だけでなく過程においても倫理的判断を行う必要があり、常に責任を持った行動が求められると理解した。 本発表では、華岡青洲による全身麻酔手術の成功について取り上げた。華岡青洲は乳がん手術の痛みを軽減するため、麻酔薬の開発に取り組み、有毒な植物を原料とした薬を調合した。しかし、その効果と安全性を確かめる過程で、家族を対象に人体実験を行っていたという点が大きな特徴である。この事例から、医学や技術の進歩には大きな意義がある一方で、人命や倫理に配慮した方法で研究を進める必要があることを学んだ。また、結果だけでなく研究の過程も重要であると理解した。 復習では、「倫理観と宗教の関係」について調査した。倫理観とは、人が善悪を判断し、社会の中で適切に行動するための基準である。一方、宗教は超越的存在や教義に基づき、人間の生き方や価値観を示す体系であり、多くの場合倫理観の形成に影響を与えてきた。例えば仏教では殺生を避ける教えが命を大切にする倫理につながり、キリスト教の「隣人愛」は他者を思いやる行動の指針となる。またイスラム教の喜捨の義務は、困っている人を助ける倫理を育てる。このように宗教は具体的な行動規範を示すが、現代では宗教に依らない倫理観も広がり、多様な価値観が共存していると考えられる。
A. 本講義では、地下鉄サリン事件について触れた。地下鉄サリン事件は、オウム真理教によって起こされた化学テロ事件で、多くの人々が犠牲となった。被害は乗客や駅員に及び、都市の機能と社会の不安を大きく揺るがした。オウム真理教は重大な人権侵害と大量殺傷を引き起こした組織として今でも広く知られている。この事件で使用されたサリンは殺虫剤にも使われており、今では問題視され、使用量などが規制されている。しかし、サリンは、化学構造的に化学者であれば簡単に作れてしまう。よって、悪い考えを持った化学者がサリンを作ってまたテロを起こすことは可能である。このようなことが起こってはならないため、化学者を始め様々な技術者は、技術者倫理を学び、倫理的に起きてはならないことを防ぐための勉強をしなければならない。 本講義のワークショップでは、華岡青洲についてインターネットで調査を行った。華岡青洲は、世界で初めて全身麻酔による乳がん手術を成功させた江戸時代の外科医で、手術には、動物実験を経て母と妻の協力による人体実験繰り返しながら開発したチョウセンアサガオやトリカブトなどの薬草を調合した麻酔薬である通仙散が使われた。麻酔薬開発の過程で彼の母は死に、妻は失明してしまった。 今回の復習では、ガイダンスについて復習した。復習では、本講義の進め方や単位取得方法について復習した。本講義ではテストがないため、出席が大事であるということがわかった。
A.(1)講義内容の再話 第1回の講義では、技術者倫理とは単に法律を守ることではなく、人や社会に対する責任を果たすための考え方であることを学んだ。オウム真理教による地下鉄サリン事件では、化学物質や科学技術が誤った目的に利用されると社会へ大きな被害をもたらすことが示された。さらに、宗教と科学の違いや、人は何を信じて行動するのかについても考えた。また、ヒューマンエラーは誰にでも起こり得るため、個人だけでなく組織全体で事故を防ぐ仕組みづくりが重要であることを理解した。 (2)ワークショップ課題の発表要旨 華岡青洲について調べようというワークショップで、華岡青洲は日本で初めて全身麻酔を用いた手術を成功させた医師である。彼の言葉として内外合一、活物窮理がある。外科を志すものは内科も学ぶべきという意味の内外合一と生きた者の中に真理があるから深く観察して患者自身や病の特質を見極めなければならないという意味の活物窮理の2つの考えを持っていたことがわかった。 (3)復習の内容 講義を通して、科学技術そのものに善悪はなく、それを扱う人間の倫理観が社会へ大きな影響を与えることを改めて理解した。特に、優れた知識や技術を持っていても、それを正しく使う判断力がなければ大きな事故や事件につながる可能性があることが印象に残った。今後は専門知識を身につけるだけでなく、人命や社会への影響を常に意識しながら行動できる技術者を目指したいと感じた。
A.(1)人は宗教や周囲の意見など、さまざまな価値観の影響を受けて判断を行うが、それらが常に正しいとは限らない。人は多数派の意見による影響や思い込みによって、誤った判断をしてしまうことが少なくない。オウム真理教の事例を通して、一つの考えを無条件に信じる危険性について考えられる。また、情報をうのみにせず、多角的に考え、信頼できる人へ相談しながら判断する姿勢が重要である。 (2)「華岡青洲について調べて、話し合ってみよう」というテーマについて、菊地真結、越須賀太陽、橋本菜那美、三浦夢衣、大屋健太郎、山口柚佑理で考えた。江戸時代の医師である華岡青洲は、世界で初めて全身麻酔による乳がん手術を成功させた人物である。全身麻酔技術を確立するまでに多くの研究と試行錯誤を重ねた。一方で、家族に麻酔薬の実験を行ったとされることから、医学の発展と倫理の問題は切り離せないという点について考え、技術の進歩には責任ある行動が求められるとまとめた。 (3)講義を受けて、技術や科学の発展には優れた発想だけでなく、高い倫理観が不可欠であると感じた。現在では研究を行う際に倫理審査が実施され、被験者の権利や安全が重視されている。過去の経験や反省が現在の倫理基準につながっていることを知り、私も情報や他者の意見をそのまま受け入れるのではなく、自分で考え、必要に応じて信頼できる人に相談しながら判断できる技術者を目指したいと思った。
A.第1回では、技術者倫理の基本的な考え方について学んだ。倫理と宗教は混同されることが多いが、宗教は信仰に基づく価値観であるのに対し、倫理は社会の中で人として守るべき行動規範であり、技術者にとって欠かせない考え方であることを学んだ。また、科学技術は社会を便利で豊かにする一方で、使い方を誤れば人命や環境に大きな影響を与える可能性があるため、技術者には高度な専門知識だけでなく、社会的責任や倫理観が求められることを理解した。技術の発展と人々の幸福は切り離して考えることができず、社会に貢献するためには正しい判断力を身に付けることが重要であると学んだ。 今回の発表では、「華岡青洲について調べて、話し合ってみよう」というテーマについて調査した。華岡青洲は世界で初めて全身麻酔による乳がん手術を成功させ、日本だけでなく世界の医学の発展にも大きく貢献した人物である。麻酔薬である通仙散を開発したことによって、多くの患者を救う医療技術の基礎を築いた。一方で、その研究では家族が薬の効果を確かめるために実験へ協力したとされており、現在の倫理基準では被験者の安全性や本人の自由意思を尊重することが重要視されるため、当時と現在では研究倫理の考え方が大きく異なることについても議論した。 今回の講義と発表を通して、優れた技術や研究成果だけではなく、その研究過程にも高い倫理観が求められることを学んだ。現在では倫理審査やインフォームド・コンセントが研究を行う上で不可欠となっているが、それは過去の経験や反省があったからこそ整備された制度であることも理解できた。将来技術者として働く際には、成果だけを追い求めるのではなく、人命や人権を尊重し、社会から信頼される技術者でありたいと感じた。
A.(1)技術者倫理を考える上では、技術や知識そのものだけでなく、それをどのような価値観や判断基準のもとで利用するかが重要である。オウム真理教による地下鉄サリン事件では、優れた科学知識を持つ人々が、「正しい」と信じて化学兵器を製造・使用した。その結果、多くの犠牲者を生む重大事件となった。これは、専門知識があっても倫理観を欠けば危険な結果を招くことを示している。また、華岡青洲は世界初の全身麻酔手術を成功させたが、その研究の過程では家族が実験に協力し、犠牲を伴ったことも知られている。この事例は、医学や科学の発展が社会に大きく貢献する一方で、その過程における安全性や人権への配慮も必要であることを教えている。技術者には成果や効率だけを追求するのではなく、人々の生命や社会への影響を考慮しながら責任ある判断を行う姿勢が求められる。 (2) 華岡青洲は江戸時代の医師であり、1804年に世界で初めて全身麻酔を用いた乳がん手術に成功した人物として知られている。青洲は、患者の苦痛を軽減するためには麻酔が必要であると考え、チョウセンアサガオ(曼陀羅華)などの有毒植物を原料とした麻酔薬「通仙散」を開発した。しかし、その研究過程では母親や妻が試薬の効果を確かめるために協力し、妻は副作用によって視力を失ったと伝えられている。また、こうした事実を弟子たちに公表しなかったとも言われている。華岡青洲の功績は医学の発展に大きく貢献した一方で、研究のために家族が犠牲になった点は、現代の研究倫理や被験者保護の重要性について考えさせられる事例である。 (3)オウム真理教地下鉄サリン事件の一番の問題は何だったのかについて調査した。地下鉄サリン事件の最大の問題点は、科学技術が人々の幸福ではなく大量殺人に利用されたことである。オウム真理教は化学の専門知識や研究設備を用いてサリンを製造し、社会に深刻な被害を与えた。技術そのものに善悪はないが、使う人間の倫理観が欠如すると重大な危険を生む。この事件は、技術者や研究者には法令遵守だけでなく、人命と社会への影響を常に考える倫理的責任があることを示している。また、組織の目的が誤った方向へ進んだ場合に、それを止める仕組みや第三者による監視の重要性も示した事例である。
A.(1)講義では、哲学や思想は人間の生き方や価値観について考える学問であり、技術者倫理はその考え方を技術開発やものづくりの現場で実践するための指針であることを学んだ。技術者は新しい技術を開発するだけでなく、その技術が社会や環境、人々の安全に与える影響を考慮しなければならない。法律を守るだけでは十分ではなく、社会から信頼される判断や行動を行うことが技術者に求められる責任であることを理解した。 (2)ワークショップでは、人体実験を題材として、技術や研究における倫理の重要性について話し合った。人体実験では、医学の発展を目的としていても、本人の意思を無視した実験や人権を侵害する行為は決して許されないことを学んだ。また、研究は成果だけで評価されるものではなく、研究対象となる人の尊厳や安全を最優先にしなければならないことを発表した。技術者や研究者は、社会に役立つ技術を生み出すだけでなく、倫理を守り、人権を尊重しながら研究を進める責任があるという結論に至った。 (3)復習を通して、技術者倫理とは単なる道徳ではなく、社会から信頼される技術者として適切な判断を行うための基準であることを改めて理解した。現代では技術が急速に発展しているため、安全性や環境への配慮、利用者の立場に立った考え方がこれまで以上に重要になっている。また、問題が発生した際には隠すことなく誠実に対応し、社会全体の利益を優先する姿勢が求められる。将来技術者として働く際には、常に倫理を意識して行動したいと考えた。
A.(1) 倫理観とは、個人の生活様式や文化の違い、さらには宗教観や過度な同調圧力といった多様な社会的背景によって異なる形をとるものである。本講義では、そういった倫理の基本概念を踏まえて、技術者が保持すべき「職業倫理」の本質について考えた。特に、倫理的配慮や専門的知識が不足していることを意味する「無知」は、時に重大な人災や社会的な失敗を引き起こす原因となるため、技術者として許されないことである。技術者は常に自らの知識を磨き、高い倫理観を維持することが必要である。 (2) 本発表では、世界初の全身麻酔手術に成功した華岡青洲の事例を取り上げ、技術者の倫理と責任について考察した。青洲は数多くの患者を救うために全身麻酔薬「通仙散」を開発したが、その実用化の過程で実の母と妻を実験台とし、結果として妻が失明するという大きな犠牲を伴った。この背景には、医療技術の飛躍的発展という功績の裏に、人道的な犠牲や倫理的葛藤が存在していたことが分かる。技術を生み出す者として、目的の正当性だけでなく、そのプロセスにおける倫理的責任をどう果たすべきかについて考えた。 (3) 授業を通じて、技術者倫理とは単なる知識を得ることにとどまらず、技術が社会に及ぼす影響を予見し正しい判断するために必要な考え方であることを学んだ。科学技術の進歩は人々に多大な利益をもたらす一方で、一歩間違えれば多大な犠牲や危害を生み出す危険性ある。無知ゆえの重大な過ちを防ぐためにも、常に最新の知見と多角的な視野を保ち続けなけることが大切であると感じた。自らの生み出す技術が地球規模で及ぼす影響を自覚し、強い倫理観と社会的責任を持って技術に向き合っていこうと思う。
A.[講義の再話] 華岡青洲は、1804年に全身麻酔による乳がん手術を初めて成功させた人物である。しかし、江戸時代後期の医師であり、世界で初めて全身麻酔による手術を成功させた人物である。人体実験は実の母と妻に行った。彼は独自に麻酔薬「通仙散」を開発し、1804年に乳がん手術を行った。彼は「内外合一、活物窮理」という医療への考え方を示している。多様な患者の病気、病態に適切に対処するには、豊富な知識と卓越した技術で臨機応変に対処するしかないと主張し、彼は著書を残さなかった。人の倫理観は他人に左右されて形成していくものである。 [発表の要旨] 幼少期は、親の倫理観が子供に影響することが多いが、小学校中学年あたりからは自我が芽生え、周りの意見に流されやすくなる。優秀とは、二つに分かれていると考える。一つ目は、論理的・技術的知能が優れていること、二つ目は文脈的・倫理的賢明さである。ここでいう優秀者は、前者に分類される。優秀者は、間違った前提であっても論理的につじつまが合っていれば正しいと信用してしまうと考える。間違った信仰を優秀者が自分の中で論理的に一度正しいとすれば、間違っていると認めることは自己否定に繋がってしまうので、尚更間違った信仰を盲信してしまう。また、純粋な化学的挑戦だと思って実験を行っているため、その成果が人間社会に及ぼす致命的な影響は実験中に考えないのであろう。 [復習の内容] 感情と倫理を切り離して物事を考える必要がある。周囲に合わせたときに感じた違和感を見逃さずに、自問を行うべき。また、仕入れた情報の批判的思考を磨き、情報の裏側を読む習慣をつけることで扇動的な世論から距離を置くことが大事である。
A.? 本講義では、技術に携わる職務の分類やSTEAM教育といった現代の技術者像を概観した上で、科学技術がもたらす「二面性」と「技術者倫理」の重要性について学んだ。 殺虫剤等の有用な有機リン化合物が化学兵器サリンへ悪用された地下鉄サリン事件や、劇薬でありながら全身麻酔薬として医療に貢献した通仙散の例が示すように、技術や知識は「薬にも毒にもなる」側面を持つ。そのため、専門技術者には単なる知識・応用能力だけでなく、技術が社会に及ぼす影響の制御、法規の理解、社会的議論への洞察力を備え、科学技術を他者の危害ではなく福祉のために用いる強い道徳観と倫理観が不可欠であると理解した。 ? 「華岡青洲について調べて、話し合ってみよう」という演題に対して、グループ(4/9)の青木佑太朗さん、後藤将太さん、梅澤耀さん、近藤果音さん、福田実袖さんと共に議論した。私は、調査・執筆を行った。華岡青洲が麻酔を使用した最初の手術として選んだのが「乳がん」であったのは、青洲の妹が乳がんであったことが理由であると考えられる。しかし、この手術に成功した時、青洲は喜びと同時にどれだけの苦しみを味わったのだろうと感じた。妹を死に追いやった病は直すことのできる病気となってしまい、また麻酔を実用化させる過程で、母を亡くし妻を失明させている。何かを成し遂げるにはある程度の犠牲と覚悟が必要である。それを理解し、乗り越えた青洲に畏敬の念を抱いた。 ? 本講義を通じ、優れた科学技術ほど「人々の生活を豊かにする薬」にも「社会を脅かす毒」にもなり得るという二面性を深く再認識した。サリン事件のように高度な専門知識が誤った正義感や倫理観の欠如によって悪用された歴史を振り返ると、専門性を深めること以上に「その技術を社会の中でどう制御・運用すべきか」を判断する倫理的思考力こそが不可欠だと感じた。 この学びを発展させ、私は将来技術者として「技術の実現可能性」だけでなく、「社会や人間に対する予測される影響」までを多角的に捉える姿勢を重視したいと考えた。STEAM教育に示されるように、人文・社会科学的な視野を持って法的・倫理的課題を絶えず客観視し、他者の幸福と安全を最優先に考えられる専門技術者を目指したい。
A.(1)私たちの身の回りには、家族、友人、そしてネットがあり、そこから、毎日たくさんの情報が流れ込んでくる。しかし、技術者として生きていくとするならば、そのすべてを鵜呑みにするのではなく、自分の頭で選び取る力が必要になる。情報は便利であるものの、時に人を惑わせることがある。従って、自分の判断軸を育てること、これがこれから専門的な知識をもって働く私たちにとって、最初の大切な一歩である。 (2) 華岡青洲は、江戸後期に世界で初めて乳がんの全身麻酔手術を成功させた医師である。当時は麻酔の概念すら確立していなかった。青洲は新しい医術を生み出すため、弟子に技術の秘密保持を誓わせ、妻や母を含む家族にまで実験を重ねた。この行為は現代の倫理観では許されないが、当時は医学の発展が個人の犠牲の上に成り立つことも珍しくなかった。青洲は、強い探究心と責任感を持ちながらも、時代の限界と倫理観の狭間で葛藤した人物だったといえる。 (3) 華岡青洲の事例を倫理の視点から考えると、技術の進歩と人間の尊厳の間にある深い葛藤が見えてくる。青洲は世界初の全身麻酔手術を成功させたが、その過程では妻や母を含む家族を実験台にした。私は、この行為は「目的が正しければ手段は問わない」という危険な考え方につながると感じた。技術者倫理では、どれほど優れた成果が期待できても、人の権利や安全を犠牲にすることは許されない。青洲の功績は大きいが、現代の技術者としては「成果よりも倫理を優先する姿勢」が不可欠だと強く思った。
A.(1)講義内容の再話 本講義では哲学と思想-技術者倫理の位置づけ-について、高い科学知識を持つ技術者・研究者が倫理観や道徳観を欠いた結果、無差別テロに技術を利用してしまった教訓であるオウム真理教サリン事件やチョウセンアサガオ等の有毒植物から薬を作り出し、人を救うために活用した例である華岡青洲の通仙散の全身麻酔の話題を用いて思案した。 (2)ワークショップ課題の発表要旨 「華岡青洲は、有毒植物のマンダラゲ(チョウセンアサガオ)などを独自に配合し、麻酔薬である「通仙散」を完成させ、1804年に通仙散を用いて60歳の女性の乳がん摘出手術を成功させた。通仙散の開発過程では、実の母と妻が進んで自らを人体実験の被験者とし、妻が失明するほどの大きな犠牲を払ったと伝えられている。」以上のことをワークショップより調べた。 (3)復習 専門技術者に求められる4つの素養とは、「専門技術についての知識・能力」「技術が社会に及ぼす影響とそれを制御する専門的知識」「関連法規に関する知識」「社会の議論についての理解」の4つである。技術は「人を生かす薬」にも「傷つける毒」にもなる二面性を持つため、安全かつ適切に制御し、社会的な責任を果たすためにこれらが不可欠とされる。これらの素養を1つでも欠いた状態で専門的職務を行うことは、はじめから工学倫理に反すると位置づけられる。専門技術者には、自らの専門分野において常に最新の知識や情報を取り入れ、学び続ける努力が強く求められるだろう。
A.(1)講義内容の再話 宗教と倫理の関係において、宗教は神や教義に基づく生き方の教えであり、社会の「善い・悪い」を判断する行動の基準としての倫理を生み出す役割を果たす。時代とともに社会が変化すると、倫理や宗教の解釈も変化するため両者は相互に影響し合う関係にある。また技術者倫理の観点から、Oリング等のゴムの低温特性における動的粘弾性データでは、ガラス転移点付近で弾性成分が減少して粘性成分が増加する挙動が示される。 (2)ワークショップ課題の発表要旨 演題「華岡青洲について」、グループ名「青洲」、共著者(神山結菜、小野絵里花、高橋璃和、船木彩智、長谷川さくら)、私の役割「Conceptualization」。江戸時代末期の外科医である華岡青洲は、通仙散を用いた世界初の全身麻酔による乳がん手術を成功させた。実験の過程で妻の失明という大きな犠牲が生じた歴史を踏まえ、医学の進歩と家族の犠牲という倫理的葛藤について多角的な見地から意見交換を行った。 (3)復習の内容 健全な倫理観を育むには、世論や同調圧力に流されることなく、物事に対して「なぜそうなるのか」という問いを自ら持ち続ける姿勢が極めて重要である。また、自分自身の偏った意見や固定観念に固執しないよう、少数派の意見にも積極的に耳を傾けることで視野を広げ、多角的な視点に基づいた独自の倫理的判断基準を形成することが必要とされる。こうした主体的な学びを通じて、技術者としての責任ある思考力を一層深めた。
A.(1)なぜ優秀な人は信じるべきでない対象を信じ、誤った行動でさえも正当化してしまうのか、ということについて思案した。 倫理観とは、人が社会生活を営む上で「何が善で何が悪か」「どのように行動すべきか」を判断するための基準や価値観のことであることを理解した。 個人の内面だけでなく、社会や集団の中で「他者とどう関わるか」という客観的な規範としての意味合いを強く持つ。 倫理観は時代や社会、文化によっても変化していくものであり、「絶対に正しい一つの答え」がない問題に対して、対話や議論を通じて共通の基準を探っていく姿勢が求められる。 (2)華岡青洲について調べ、議論した。 華岡青洲は人体実験を行い、母の死、妻の失明という大きな犠牲を払った。その結果として人類初の全身麻酔下での手術に成功した。 しかし、犠牲の大きさには正当化が難しいと感じる。 (3)地下鉄サリン事件を起こしたオーム真理教の信者たちは、みな望んでも手に入らないような優秀な頭脳の持ち主だった。 その優秀な頭脳の持ち主は、麻原彰晃の教義を信じていた。殺人が正義だと信じてしまっていた。 不幸なことにその優秀な頭脳の持ち主には、化学の知識があった。 サリンを作ることができてしまった。 殺人が正義だと信じて、サリンを地下鉄にばらまいた。 戦争を早く終わらせるのに、強力な武器があればいい、と信じた人は、殺人が正義だと信じて疑わない。 殺人すら正当化してしまう。
A. 技術者として何かを研究する上で命の犠牲や倫理の選択とは常に隣合わせだ。一歩間違えれば人類に大きな負の影響を及ぼす。例としてオウム真理教による地下鉄サリン事件は、科学技術が誤った思想と結び付くことで社会に甚大な被害をもたらすことを示した代表的な事例である。サリンは有機リン化合物の一種で、もともと農薬の研究から発展したが、神経伝達に必要なアセチルコリン分解酵素を阻害する極めて強力な毒性を持つため、化学兵器として利用された。優れた農薬が化学兵器にもなり得るように、あらゆる科学技術には人々の生活を豊かにする面と危険をもたらす面という二面性が存在する。この事件からは、優れた知識や技術だけでは社会に貢献できないことを示している。また、華岡青洲が毒性を持つチョウセンアサガオから麻酔薬を開発し、多くの患者を救った例からも、毒と薬は使い方次第で全く異なる結果を生むことが分かる。そのため、技術者には危険性を理解し、安全に利用する知識と責任が求められる。さらに、技術者は専門知識だけでなく、技術が社会へ与える影響や関連法規、社会的議論についても理解し、常に最新の知識を学び続ける姿勢が必要である。技術者は知識だけでなく、高い倫理観と社会的責任を持って行動することが求められる。 ワークショップでは華岡青洲の姿勢を振り返った。人類の医学の発展のためなら人の命は実験として犠牲になっても良いのだろうか。グループで話し合った。 私は技術の発展と命の犠牲を考えた時に一番最初に浮かぶのは、石原裕次郎主演の「黒部の太陽」にて黒部ダム建設中に発破の失敗によって作業員が亡くなるシーンである。我々の生活には多くの犠牲があった上で成り立っていることは否定できないのだ。
A.まず初めに、オウム真理教の地下鉄サリン事件を取り扱った。この信者たちはサリンを実際に製造して、地下鉄駅にばらまくことで事件が起きてしまった。この事件を起こすことになった犯人たちはみんなが望んでも手に入らないような優れた頭脳の持ち主であった。彼らのような優れた頭脳を持ったもの達はみな麻原彰晃の教義を信じ込んでいて、殺人が正義だと思い込んでしまっていた。不幸なことに彼らは科学の知識を持っていたためサリンの製造ができてしまう結果になってしまった。なぜ優秀な教育を受けてきたもの達がこんな愚かな事件を起こしてしまったのかについて考えた。したがって、技術者に求められるものは何かの再確認からスタートした。その要素のひとつめとして、専門とする技術についての知識や能力、それらが社会に及ぼす影響とそれを制御するための技術的な専門の知識。また、関連する法律についてや、社会の議論についての知識が必要とされる。今回では宗教によって倫理を反した行動を取ってしまった人達について学んだ。一体正義とは何であるか、また、正しい行いをするためには何が正しいのかを正確に判断する必要があると考えた。今回の地下鉄駅サリン事件では頭の悪い人達が行ったものではなく、教育をきちんと受けて尚且つサリンの製造が可能であった者たちの犯行であるため、私達もそうなりかねないため、正しい判断能力を身につけることが大切であるなと考えた。宗教と倫理は切って離せない関係であるため入念に考えることが大切である。
A.【講義内容の再話】 今回の講義では、技術者倫理とは何かについて学んだ。科学技術は人々の生活を便利にする一方で、使い方を誤ると大きな危害を与える可能性がある。地下鉄サリン事件や毒物、原子爆弾などの例から、知識や能力が高いだけでは良い技術者とは言えず、その技術を何のために使うのかを考える倫理観が必要だと分かった。また、技術者には専門知識だけでなく、法律や社会への影響、安全について理解し、責任を持って行動することが求められる。 【ワークショップ課題の発表要旨】 グループでは、フリッツ・ハーバーについてまとめた。ハーバーは空気中の窒素からアンモニアを合成する技術の開発に関わり、肥料生産を可能にして食料問題の改善に大きく貢献した。一方で、第一次世界大戦では毒ガス兵器の開発にも関わった。同じ科学技術でも、人々を助けるためにも傷つけるためにも利用できることから、技術そのものだけでなく、技術者がどのような目的や考えで利用するのかが重要だと発表した。 【復習の内容】 復習では、技術者に必要な能力と倫理観について改めて調べた。技術者には専門的な知識や設計能力だけでなく、自分の技術が社会や環境にどのような影響を与えるかを考える力も必要である。特に、危険性を知りながら無視したり、知識不足のまま技術を使ったりすることも倫理上の問題になると分かった。技術には必ず利点と危険性の両方があるため、社会の安全や人々の幸福を考えて判断することが大切だと感じた。
A. 宗教と倫理は、人間が何を正しいと考え、どのように生きるべきかを示す重要な指針である。宗教は神や仏、聖典を通じて善悪の基準や生活規範を示し、人々の道徳的な行動を支えてきた。仏教の慈悲やキリスト教の隣人愛はその代表例である。一方で、現代社会では多様な価値観が共存しているため、倫理は宗教だけでなく理性や社会的合意によっても形成されている。人権尊重や法の遵守、公平性などの普遍的な倫理観も重視されており、宗教と倫理の両方を理解しながら行動することが大切だと感じた。 ワークショップでは、世界で初めて全身麻酔による乳がん手術を成功させた華岡青洲について学んだ。青洲は通仙散を用いて患者の苦痛を軽減する画期的な医療技術を確立し、医学の発展に大きく貢献した。しかし、その研究過程では妻や母に麻酔薬を試し、副作用として失明を招いたとされる。この事例から、医学や科学技術の発展には大きな価値がある一方で、研究や開発の方法にも倫理的な配慮が必要であることが分かった。社会の利益だけでなく、個人の尊厳や人権を尊重する姿勢が重要だと考えた。 倫理観と能力はそれぞれ異なる要素であり、必ずしも相関するとは限らない。能力とは知識や技術、問題解決力などを指し、倫理観とは正しい行動を判断し実践しようとする考え方である。高い能力を持っていても不正やデータ改ざんを行う人がおり、逆に誠実でも十分な専門知識を持たない場合もある。そのため、社会や組織では能力だけでなく倫理観も重要視されている。企業や研究機関で倫理教育やコンプライアンス教育が行われるのもそのためである。成果だけでなく、その実現方法の正しさを考えながら行動することが大切だと感じた。
A.(1)講義では技術者の倫理のついて学んだ。倫理は生活や文化、宗教、同調圧力によって異なる。技術者においては職業倫理が極めて重要であり、特に「無知」による巨大なしくじりは最もあってはならないとされている。また、技術者倫理を考える上では武器を使う人や作る人に焦点が当てられ、世界規模で思考することが求められる。具体例として、麻酔薬の開発に成功した華岡青洲が、母と妻を実験台にして失明させた事例が挙げられている。 (2)ワークショップでは華岡青洲について調べた。華岡青洲は、麻酔薬である「通仙散」を用いた世界初となる全身麻酔下での乳がん手術を成し遂げた。また、江戸時代の医学の精神として、外科を志す者は内科も併せて志すべきとする「内外合一」という考え方や、生きた生物の中にこそ真理があるとする「活物窮理」という教えが中心にあったとされる。これらに代表される先人の思想や倫理観は、時代を超えて現在の医学にもしっかりと通じていると考えている。 (3)自分は技術者である個人と技術者でない個人との違いについて考えた。技術者とは、専門的な知識や技術を用いて量産などの設計を行い、対価として報酬を得るプロである。その判断や設計は、大量生産を通じて社会の安全に極めて大きな影響を与える。そのため単に技能を持つだけでなく、自らの技術を社会でどう使うかに責任を負う高い職業倫理が求められる。一般個人にも倫理観は必要だが、影響力の大きい技術者は特にその自覚を持ち、より高い倫理観を持つべきだ。自身の仕事が社会に及ぼす影響を認識し、その責任を負うすべての専門家こそが、技術者倫理の対象となる個人であると考えた。
A.(1)倫理とは哲学と宗教の考え方からなるものである。その中でも宗教は個人の信仰の自由がある。工学倫理の基本は、危険なものを安全に使いこなす仕事をしているという自覚を持つことである。例えば、鉄から鍬と刀を作ることができる。鍬は稲作に使用された。刀は武器として使用された場合、使った側ではなく、作った側に倫理観が求められることになる。このことから専門知識を持ち、使うときには強い倫理責任が伴うということである。ルールになくても他人に迷惑がかかることはお互いに慎むということが倫理の基本である。 (2)華岡青洲について調べた。華岡青洲は江戸時代の外科医で、医者家族に生まれた。チョウセンアサガオやトリカブトを毒の主成分とした麻酔を開発した。その麻酔の効能を確認するために、人体実験を行ったのだが、被験者に自分の母親と妻を選び、実験を行ったことが知られている。しかし、母親と妻が人体実験に参加したことを裏付ける資料は見つかっていない。 (3)倫理とはなにか考えたことがなかったので、はじめは考えるのに少し時間がかかってしまったが、他人に迷惑が掛かることは慎むということを意識すれば良いのだと学んだ。対ひとであるこの業界で量産するということは、不良品や不正などがあった場合個人だけにはとどまらず、不特定多数のひとに被害がであるということである。よって、設計の時点から信用や安全面を意識しなければならないのが技術者倫理の個人であると考えた。そして、設計の段階で間違っていることがあったら、声を上げることが重要である。同調圧力に流されないようにするには、議論される対象には常に疑問を持ち、自ら調べる。調べた後、同じ意見を持ったとしても根拠があってその結論を出したのであれば、同調圧力ではないと言えると考えた。
A.(1)講義内容の再話 本講義では、倫理とは人として何が正しいか、何が悪いかを判断するための基準であると学んだ。倫理を身につけるためには、単に知識を覚えるのではなく、歴史や過去の出来事を通して考えることが重要である。また、自分の行動の「結果」を意識し、他者の意見に耳を傾けることで、自分とは異なる価値観を理解する必要がある。倫理は個人だけでなく、社会や組織全体にも深く関わっており、宗教や法律はその基準を示す役割を果たしている。倫理に反する行為は「倫理違反」とされ、社会問題となる。さらに技術者には特に高い倫理観が求められる。技術は便利さと同時に危険性も持つため、安全に利用できるようにする責任がある。科学や医学の分野では過去に人体実験など倫理を無視した行為が行われた歴史があり、その反省から現在は人の命や尊厳を守ることが最優先とされている。また、倫理観は宗教や文化によって異なり、多様な価値観が存在することも重要な学びであった。 (2)ワークショップ課題の発表要旨 ワークショップでは、「華岡青洲」を題材として医療と倫理の関係について考察した。華岡青洲は世界で初めて全身麻酔による手術を成功させた人物であり、その功績は医療の発展に大きく貢献した。しかし、その過程では家族を被験者として実験を行ったとされており、この点に倫理的な問題があると議論した。発表では、「患者一人ひとりに向き合う医療」が重要であること、そして医師には豊富な知識と卓越した技術が求められることを指摘した。一方で、どれほど医療の発展に貢献する目的であっても、人を実験対象として扱うことの是非については慎重に考える必要があると結論づけた。また、医師の考え方として「内外合一」のように、技術だけでなく人格や倫理観も備えることが重要であるとした。さらに「活物窮理」という考え方から、生命の中に真理があるという視点が示され、命を尊重する姿勢の重要性について議論を深めた。 (3)復習の内容 復習を通して、倫理とは単なる規則ではなく、自分の判断や行動の基準となるものであると改めて理解した。特に印象に残ったのは、どれだけ正しい目的であっても、その手段が倫理的に問題であれば許されないという点である。華岡青洲の事例から、医療の発展と倫理のバランスの難しさを学んだ。また、「結果だけでなく過程も重要である」という考え方の大切さを再確認した。さらに、技術者倫理は医療分野に限らず、すべての技術分野に関係しており、安全性や社会への影響を常に考える必要があると感じた。今後は、自分が何かを判断する際に、その行動が他者にどのような影響を与えるのかを意識し、多様な価値観を理解しながら行動していきたい。
A.①講義内容の再話 講義では、技術者倫理を「哲学と思想」の視点から捉え、人間の幸福と社会的責任の関係を考察した。科学技術の発展は人々の生活を豊かにする一方で、誤用すれば他者を不幸にする危険もあることを学んだ。日本国憲法第十三条に示される「幸福追求の権利」を基盤に、技術者は自らの知識と行為が社会に及ぼす影響を常に省みる必要があると理解した。倫理とは単なる規範ではなく、人間らしく生きるための哲学的態度であることを強調していた。 ②ワークショップ課題の発表要旨 発表では、「技術と幸福の両立」をテーマに、科学技術が人間の尊厳を守るためにどうあるべきかを議論した。便利さや効率を追求するだけでなく、他者への配慮と社会的公正を重視する姿勢が技術者倫理の核心であると述べた。具体例として、AIやバイオ技術の開発における倫理的判断を挙げ、技術者が哲学的思考を持つことで、短期的利益よりも長期的幸福を選択できるとまとめた。技術者は「知の力」を人間の幸福に結びつける使命を担う存在だと強調した。 ③復習の内容 復習では、技術者倫理の位置づけを「人間中心の哲学」として再確認した。倫理は外から課されるルールではなく、内面から湧き上がる責任意識であることを理解した。科学技術の知識を持つ者ほど、その力を誤用すれば社会に不幸をもたらす危険があるため、常に「他者の幸福」を基準に判断することが求められる。哲学的思索を通じて、技術者は単なる専門職ではなく、人間社会の未来を形づくる思想的実践者であると学んだ。
A.今回の講義では、「哲学と思想―技術者倫理の位置づけ―」について学んだ。講義では、技術者が持つ高度な知識や技術だけでなく、それらを社会のためにどのように活用するかを判断する倫理観が重要であることが説明された。科学技術は社会に大きな影響を与えるため、技術者には安全性や公共の利益を考慮した行動が求められる。また、知識や能力の高さと倫理性は必ずしも一致するものではなく、優秀な人であっても誤った判断を下す可能性があることを学んだ。そのため、技術者倫理は専門知識を持つ人が社会的責任を果たすための重要な考え方であると理解した。 ワークショップでは、華岡青洲について学び、その業績や倫理的な側面について考察した。華岡青洲はチョウセンアサガオを用いた麻酔薬を開発し、世界で初めて全身麻酔による乳がん手術を成功させた人物である。この成功は欧米よりも約40年早いものであり、日本の医学史において大きな功績であると感じた。一方で、新しい医療技術や薬を開発する過程には大きな危険が伴うことも学んだ。「薬人を殺さず薬師人を殺す」という言葉が示すように、薬そのものだけでなく、それを扱う人の知識や判断が重要である。私はこの事例から、技術や知識を追求するだけでなく、人々の安全や命に対する責任を常に意識することが技術者や研究者には必要であると考えた。 復習では、工学倫理の対象となる個人について整理した。技術者は社会に影響を与える責任を持つ存在であり、安全や環境、公共の利益を考慮して行動することが求められる。また、専門知識を適切に活用し、倫理的な判断を下す役割も担っている。さらに、個人の倫理観は家庭や教育、社会環境に加え、宗教的価値観などさまざまな要因によって形成されることを学んだ。善悪の判断は経験や他者との関わりを通じて内面化され、状況に応じて変化しながら成熟していくものだと感じた。また、地下鉄サリン事件やリチャード・ファインマンらの事例からは、優秀さが知識や思考力の高さだけを意味する場合もあり、それだけでは倫理性を保証しないことを理解した。真の優秀さとは、専門的能力に加えて批判的思考力や倫理観を持ち、社会にとって適切な判断ができることであると考える。今回の講義を通して、技術者には知識や技術だけでなく、それらを社会に役立てるための倫理観と責任感が不可欠であることを学んだ。
A.(1)無知は技術者にとって倫理違反であることを学んだ。科学の分野を例にすると、薬品の濃度計算に関する知識が不十分な場合、ある溶液を希釈する際には、溶質の量が保存されるという関係に基づいて正確に操作する必要がある。この関係を理解せずに誤った濃度で薬品を調製すると、本来安全であるはずの薬品が危険なものになる可能性がある。例えば、強酸や強塩基を想定よりも高濃度で扱ってしまえば、皮膚や眼に深刻な損傷を与える事故につながる。また、医薬品の製造において濃度を誤れば、効果が得られないだけでなく、過剰投与による健康被害を引き起こす危険もある。 (2)華岡青洲について調査した。華岡青洲は1760年11月30日に和歌山県で生まれた。1804年に世界で初めて全身麻酔を用いて乳癌手術を成功させたが、実母が死亡、妻が失明。1835年11月21日に亡くなった。 (3)華岡青洲についてさらに調査した。記録に残るものとして、世界で初めて全身麻酔を用いた乳癌手術を成功させた。実母の於継と妻の妹背加恵が実験台になることを申し出て、数回にわたる人体実験の末、於継の死、加恵の失明という大きな犠牲の上に、全身麻酔薬「麻沸散」を完成させたとされる。欧米で初めて全身麻酔が行われたのは、青洲の手術の成功から約40年後となる。 元々は医学の世界でしか有名ではなかったが、有吉佐和子の小説「華岡青洲の妻」によってその存在が衆知されることになった。
A.第1回では、工学倫理の基本的な考え方と、技術者として持つべき責任について学んだ。技術者は人々の生活を支える技術を扱う一方で、使い方を誤れば人命や社会に大きな影響を与える可能性があるため、自分が危険なものを扱っているという自覚を持つことが重要であると理解した。また、法律や規則だけでなく、周囲と協力しながら物事を進める姿勢や、互いに譲り合う気持ちも技術者には欠かせないことを学んだ。 グループワークでは、同調圧力への向き合い方と華岡青洲について意見交換を行った。同調圧力については、周囲に流されず自分の考えを持つことが大切であり、そのためには一度立ち止まって冷静に考えることや、自分と同じ意見を持つ人を見つけることが有効ではないかという意見が出た。一方で、自分だけの考えに固執するのではなく、周囲の意見にも耳を傾けながら判断することも重要だと感じた。また、華岡青洲については、日本で初めて全身麻酔を成功させた人物であることや、人体実験を伴う研究の背景について学び、医学の発展と倫理の関係について考える機会となった。 復習では、技術者は専門知識や技術だけでなく、高い倫理観を持って行動することが求められる職業であることを改めて理解した。社会から信頼される技術者になるためには、大学で学ぶ知識を身に付けるだけでなく、自分の判断に責任を持ち、周囲に流されず正しい行動を選択する力を養うことが重要であると感じた。今後も技術者としての自覚を持ち、安全と社会への貢献を意識しながら学び続けたいと考えた。
A.(1)今回の講義では、プレゼンテーションの進め方や技術者倫理について学んだ。プレゼンテーションでは、点在する情報を整理して線でつなぎ、聞き手が理解しやすいように話を構成することが重要であると学んだ。また、板書を活用しながら説明し、沈黙の時間をできるだけ作らないことや、質問を受けた際には質問内容を復唱して会場全体に共有し、一対一のやり取りにならないよう配慮することも大切であると理解した。さらに、宗教や倫理観は国や文化によって異なり、多様な価値観を尊重する必要があることを学んだ。加えて、技術者には高い倫理観が求められ、無知による判断ミスも重大なルール違反となること、特に化学に関わる技術者は危険な薬品を扱うため、人命に関わる責任を常に意識し、安全を最優先に行動しなければならないことを学んだ。 (2)ワークショップでは、江戸時代の医師である華岡青洲について発表した。華岡青洲は、世界で初めて全身麻酔による手術を成功させた人物であり、「活物窮理」という、生きている人体を対象に真理を追究する医療思想を大切にしていた。机上の知識だけでなく、実際の臨床経験や実践を重視し、患者の苦痛を軽減して命を救うことを最優先に考えていた点が特徴である。医療は人のためにあるという信念を貫いた姿勢は、現代の医療や科学技術にも通じる重要な考え方であると発表した。 (3)今回の講義を通して、技術や知識だけでなく、それをどのような姿勢で社会に役立てるかという倫理観が重要であることを改めて理解した。特に化学分野では、わずかなミスや知識不足が人命に関わる重大な事故につながる可能性があるため、常に正しい知識を身につけ、安全を最優先に行動する責任があると感じた。また、プレゼンテーションでは内容だけでなく、聞き手への伝え方や質問への対応も重要であることを学んだため、今後の発表では意識して実践していきたい。
A.技術者倫理の位置づけについて、(1)私たちが生活する中で技術者はインフラ、医療、私たちが普段使用する機械など様々な形で支えている。その中で、彼らが最も気を付けているのが安全の確保である。現代技術が進歩する中で、技術力だけを追求していても、安全を確保できていなければ、世間から信用されずうまく社会を生きていけなくなってしまう。なので、専門の知識を持つ技術者には、社会の安全と健康を守るためのゲートキーパーとして高い倫理観が求められる。これが技術者倫理の位置づけである。しかし、技術者の倫理の事件として、1995年3月20日に東京の地下鉄で起きた、地下鉄サリン事件がある。これは、オウム真理教の信者たちが国家転覆を狙い地下鉄にサリンを製造して、まき散らし死傷者が6000人以上の被害をもたらしてしまった。このような事件が今後起こらないように、自分自身でも注意してニュースを見ていき、発信していきたい。 (2)ワークショップ課題の発表要旨について、演題は花岡青洲について、グループ名は越須賀太陽、グループに属した人は菊池真結、三浦夢衣、大屋健太郎、山口柚佑理、橋本菜那美、越須賀太陽であった。役割としては、可視化を行った。花岡青洲は1804年に世界で初めて全身麻酔を用いた乳がんの摘出手術に成功した人物である。当時、手術といえば麻酔なしで行うのが当たり前で、患者は激痛に耐えかねてショック死することも珍しくなかった。青洲は、中国古来の医学書にあった麻酔薬の記述を参考にして、チョウセンアサガオや草烏頭など、強力な毒性を持つ薬草を組み合わせ、独自の全身麻酔薬を完成させた。 (3)倫理観と能力は必ずしも相関するとは限らないという復習課題について、「才勝って徳足らず」ということわざを選んだ。私が高校生の時に、ある教科が得意な同級生がいた。わからない問題があり、質問してみるとこんな問題も解けないのかと言われ、それ以降はあまり会話しなくなったことがあった。しかし、彼は第一目標の大学には合格できなかった。これは決して喜んではいけないことであるが、もし彼が丁寧に教えてくれていたら自分と協力して共に喜べたのではないかと考えた。才能は持っていたが、優しさが欠けていれば周りの人も近寄らず、苦労していくのではないかと感じた。私は、自分に第一に才能を求めるのではなく、道徳・倫理の心を持っていきたいと思う。
A.1)技術者倫理の位置づけについては、日本国憲法十三条に保障された幸福追求権は国民みんなの基本的人権であり、それを知識を身に着けた技術を自分だけの利益や他人を不幸にして自分の幸せだけに使うのは倫理に反するのではないかということが考えられる。そのなかでも最近おきた地下鉄サリン事件などは技術者倫理に反してました。優秀な大学生などが化学の知識と知識を活かせる技術を殺人という自分だけの利益に使ってしまうケースなども行われていた。道徳観念や倫理観、あるいは共感性が欠如した個性を持つ人たちがいます。 もっとも犯罪者ばかりではなく、 そうした個性を持つ人は、 優秀で、魅力的で、社会的地位の高い人も多いが、その人の個性にかかわらず道徳観念や倫理観が求められます。道徳観念や倫理観、あるいは共感性が弱い人に、知識として倫理を教えることで、世の中のいさかいを少し減らせることを目的とする。技術者倫理の位置づけは、そのような目的があった。 2)花岡青洲について調べて話し合ってみよう、、藤原さん、錦織さん、龍真さん、自分の役割はデータキュレーション。本発表グループ名未記入、グループ共著者名、阿部さん、石沢さんでは、世界で初めて全身麻酔を用いた乳がん摘出手術に成功した医師・花岡青洲と、その麻酔薬「通仙散(つうせんさん)」の開発過程における倫理的課題について、グループで調査・議論した結果を報告する。調べた結果、青洲は強い信念を持つ人物であり、まんだらげなどの薬草を主成分として麻酔薬「通仙散」を完成させたことが分かった。しかし、その有効性と安全性を確かめる人体実験の過程において、実の母や妻といった自らの家族をも手術の対象にしたという歴史的事実が明らかになった。青洲が主宰した医塾「春林軒」では多くの門下が育ったが、この開発劇の裏には家族の多大な犠牲が存在していた。議論を通じて、医学の発展や目の前の患者を救うためであっても、身内を含む特定の人間に過度な犠牲を強いる研究開発のあり方は、現代の技術者倫理などから慎重に検証されるべきであるという知見を得た。 3)宗教と倫理の関係についての「世論や同調圧力に流されず、自分の中に健全な倫理観を育み、維持していくためにはどうしたらいいか」という話題について議論しました。1方向からの意見だけでは情報がかたよってしまい、事象などを誤った見方をしてしまうことがあるため、自分が正しいと思っていることの逆の主張や、異なる価値観の人の考え方に意識的に触れてみることで色々な方向からの意見を取り入れることができ、健全な倫理観を育むことができると思いました。
A.(1)技術者倫理は日本国憲法第十三条の幸福追求権に基づく。オウム真理教サリン事件やノーベル、ハーバー、オッペンハイマーの苦悩が示す通り、科学技術は二面性を持つ。専門家の無知は倫理違反であり、無知や慣れによるスリップが事故を招く。技術者はつくる責任・つかう責任を自覚し、SDGs達成に貢献すべきである。 (2)華岡青洲(1760~1835年)は、江戸時代に世界で初めて全身麻酔下での乳癌摘出手術を成功させた医師である。その名声は全国に広まり、自宅兼診療所・医学校である春林軒(しゅんりんけん)には多くの門弟が集った。青洲の医療理念は「内外合一」と「活物窮理」という二つの言葉に凝縮される。内外合一とは、外科を志す者は内科もあわせて学ぶべきであるという教えであり、活物窮理とは、生きた人間の中にこそ真理があるとして、深く観察し患者自身と病の特質を見極めなければならないという信念である。青洲の偉業と妻・加恵の献身は、有吉佐和子による小説『華岡青洲の妻』(1966年発表)を原作として映画・テレビドラマ等で繰り返し映像化され、広く一般に知られるところとなった。????????????? (3)技術者倫理は日本国憲法第十三条の幸福追求権に基づき、技術を他人を不幸に陥れる道具にしてはならない。専門技術者には専門知識に加え、社会への影響理解、法規知識、社会的議論への理解が求められ、専門家の無知は倫理違反とされる。オウム真理教サリン事件やノーベル、ハーバー、オッペンハイマーの苦悩は科学技術の二面性を示す。事故の多くは無知や慣れによるスリップから生じる。技術者はつくる責任・つかう責任を自覚し、SDGs達成に貢献すべきである。
A.① 今回の講義では、技術者と倫理の位置付けについて学んだ。技術者は新しい技術を開発するだけでなく、その技術が社会や人々に与える影響まで考え、責任を持って行動することが求められる。優れた技術であっても、安全性や人権、社会への影響を軽視すると、大きな問題につながる可能性がある。そのため、技術者には専門知識だけでなく、高い倫理観を持ち、常に人命や社会全体の利益を考えながら判断することが重要であると学んだ。 ② ワークショップでは、華岡青洲を題材にして、技術者倫理について議論した。華岡青洲は世界で初めて全身麻酔による乳がん手術を成功させ、医学の発展に大きく貢献した。しかし、その一方で麻酔薬の開発では家族を対象に人体実験を行ったとされ、現代の倫理の観点からは大きな問題があると話した。私たちは、医療や技術の発展には挑戦が必要である一方で、人命や安全、人権を最優先に考えることが技術者や研究者の責任であるという結論に至った。 ③ 復習を通して、華岡青洲の功績だけでなく、その研究過程についても多角的に考えることが重要であると感じた。当時は現在のような倫理基準が整備されていなかったが、現代では研究を行う際には被験者への十分な説明と同意、安全性の確保、倫理審査が不可欠である。私は将来、化学を学ぶ技術者として、新しい技術を生み出すだけでなく、その技術が社会にどのような影響を与えるのかを常に考え、倫理観と責任感を持って行動できる技術者を目指したい。
A.(1)今回の講義では、オウム真理教による地下鉄サリン事件を題材に、科学技術と倫理の関係を学んだ。サリンは有機リン化合物であり、アセチルコリン分解酵素を阻害して神経伝達を麻痺させる。もともとは農薬として開発された化学物質が、化学兵器として悪用された例である。講義では「化学構造式を見て危険を感じる感性こそが倫理の出発点」と示され、技術者が知識を持つだけでなく、その知識をどう使うかが問われることを強調していた。科学技術は人を救う力にも、人を傷つける力にもなるという二面性が繰り返し語られた。 (2)発表では、技術者倫理を「知識の使い方を自ら律する力」として整理した。有機リン系化合物は農業の生産性を高めたが、毒性の理解が浅ければ悲劇を生む。技術者は、社会に影響を与える立場にある以上、危険を予見し、倫理的判断を下す責任を負う。科学技術の進歩は価値中立ではなく、使う人間の心次第で善にも悪にもなる。講義で示された「やばそう」と感じる直感は、倫理的感受性の証であり、技術者が持つべき最初の防波堤だと述べた。 (3)今回の内容から、技術者倫理とは「知識を人の幸福のために使う覚悟」だと理解した。科学技術は社会の基盤を支えるが、倫理を失えば災厄を生む。法や規制だけでは防げない危険を察知し、行動する勇気が技術者に求められる。私は、科学を学ぶ者として、知識を誇るよりも、その知識をどう使うかを常に自問したい。幸福追求権を守るために、他人を不幸にしない技術者でありたいと思った。
A.(1)第1回の授業では、「倫理とは何か」という問いについて学んだ。授業を通して、倫理とは単にルールを守ることではなく、他者と共に生きる社会の中で適切な判断や行動を行うための考え方であると理解した。特に倫理観は他者との関わりの中で育まれるものであり、相手の立場や気持ちを理解しようとする思いやりの心が重要であると学んだ。倫理は個人だけで完結するものではなく、周囲の人々との関係性の中で形成されるものであると感じた。 (2)授業後終盤のワークでは華岡青洲について調査した。華岡青洲は世界で初めて全身麻酔による手術を成功させた医師であり、その背景には長年にわたる研究と多くの試行錯誤があったことを知った。一方で、麻酔薬の研究過程では妻が被験者となり、副作用によって失明したことから、医療の進歩と研究倫理の両立の難しさについても考えさせられた。私自身は家族を危険にさらしてまで研究を進める決断はできないと思う。しかし、多くの命を救うために強い責任感を持ち続けた青洲の覚悟には深く感銘を受けた。今回の学習を通して、現在の医療技術は先人たちの大きな努力と犠牲の上に成り立っていることを改めて実感した。 (3)授業後には、倫理観を育む方法についてさらに考えた。授業やグループワークではコミュニケーションの重要性が話題となったが、その中でも異文化交流が倫理観の形成に大きな影響を与えるのではないかと感じた。日本国内だけで生活していると、自分の価値観や常識が当たり前であると思い込みやすい。しかし、留学や国際交流を通じて異なる文化や宗教、生活習慣に触れることで、多様な価値観が存在することを理解できるようになると考える。特に偏見や固定観念が少ない小学生や中学生の時期にそのような経験を積むことができれば、他者を尊重する姿勢や柔軟な考え方が身につき、より豊かな倫理観の形成につながるのではないかと思った。今回の授業を通して、倫理とは知識として学ぶだけではなく、多様な人々との関わりの中で育てていくものであると改めて感じた。
A.(1)講義内容の再話 第1回の講義では、「哲学と思想―技術者倫理の位置づけ―」をテーマに、技術者倫理の基本的な考え方について学んだ。技術者倫理とは、専門的な知識や技術を社会のために正しく活用するための考え方であり、単に優れた技術を開発するだけでなく、その技術が人々の生活や環境、社会全体にどのような影響を与えるのかまで考えて行動することが重要であると説明された。また、倫理とは宗教だけによって決まるものではなく、人間が社会で安心して生活するための価値観や判断基準であり、法律では解決できない問題について考える際にも必要な考え方であることを学んだ。さらに、技術者は一般の人よりも専門知識を持っているため、その判断や行動が多くの人に影響を与える可能性があり、その分だけ大きな責任を負っていることを理解した。能力が高いことと倫理的な判断ができることは必ずしも一致しないため、知識だけではなく高い倫理観を身に付けることが重要であると学んだ。 (2)ワークショップ課題の発表要旨 ワークショップでは、日本で初めて全身麻酔による乳がん手術を成功させた医師である華岡青洲についてグループで調べ、技術者倫理との関わりについて話し合った。華岡青洲は長年にわたる研究を重ね、漢方薬を組み合わせた全身麻酔薬「通仙散」を完成させ、世界でも先駆的な全身麻酔手術を成功させた人物であることを知った。一方で、その研究の過程では家族が薬の実験に協力したことや、現在では倫理的に大きな問題となるような方法が取られていたことについても学んだ。グループでは、「医療や技術を発展させるためには研究や挑戦が必要だが、それ以上に人命や安全を守ることが最も重要である」という意見が多く出た。また、現代では研究を行う際に倫理審査やインフォームド・コンセントが義務付けられており、研究対象者の権利を守る仕組みが整えられていることも確認した。華岡青洲の功績は非常に大きいが、その背景も含めて考えることで、技術の発展と倫理の両立について深く考えることができた。 (3)復習の内容 今回の授業を通して、技術者倫理とは専門知識を身に付けるだけではなく、その知識を社会のために責任を持って活用するための考え方であることを学んだ。技術が進歩すれば人々の生活は便利になる一方で、使い方や判断を誤れば大きな事故や環境問題につながる可能性もある。そのため、技術者には利益や効率だけを追求するのではなく、安全性や社会への影響、人権への配慮などを総合的に考えて行動する姿勢が求められることを理解した。華岡青洲の事例からは、新しい技術を生み出すためには挑戦する勇気が必要である一方、その挑戦は常に人を尊重する倫理観の上で行われなければならないことを学んだ。私は化学・バイオ工学を学んでいるため、将来は医薬品や化学製品、環境に関わる技術を扱う機会があると思う。だからこそ、安全性や社会的責任を常に意識し、自分の判断が多くの人に影響を与えることを忘れずに行動できる技術者になりたい。また、知識や技術を身に付けるだけではなく、倫理的な視点を持ちながら物事を判断できる人材を目指し、今後の学習や研究にも今回学んだ内容を生かしていきたい。
A.(1)倫理とは、人の行動が正しいかどうかを判断するための基準であり、その考え方を深めるには歴史や過去の事例から学ぶことが大切である。特に技術者は専門知識を社会のために安全かつ適切に活用する責任を負っている。知識不足による事故だけでなく、オウム真理教によるサリン事件のように知識が悪用されることで大きな被害が生じる場合もある。また、過去の人体実験などの反省を踏まえ、現在では人命と人権の尊重が最優先とされている。宗教は価値観を形成する一つの要素であるが、教えをそのまま受け入れるのではなく、自ら考え判断する姿勢が重要である。さらに、社会や技術が急速に発展する現代では、法律に違反していないから問題ないという考えではなく、社会的責任や人々への影響まで考慮して行動することが技術者には求められる。そのため、倫理的な判断力を日頃から養い、社会に貢献できる技術者を目指すことが重要である。 (2)ワークショップでは、華岡青洲を題材として医療と倫理の関係について考察した。青洲は世界で初めて全身麻酔による手術を成功させ、医学の発展に大きく貢献した人物である。しかし、その研究過程では家族を被験者として実験を行ったことから、倫理的な問題も指摘されている。発表では、「内外合一」や「活物窮理」の理念を踏まえ、優れた技術だけでなく人格や命を尊重する姿勢も重要であることを共有し、医療の進歩と倫理の両立について考察した。 (3)復習を通して、倫理とは自分自身の行動を判断する基準であり、技術者倫理においては結果だけでなく設計・開発・運用といった各段階の過程や手段にも責任が伴うことを改めて理解した。華岡青洲の事例では、医療の発展に大きく貢献した一方で、研究の進め方には倫理的な課題があったことから、目的が正当であってもリスク評価や安全性の確保、被験者への配慮といった観点から手段の妥当性を慎重に検討する必要があると学んだ。現代の技術者は、専門知識を社会の利益につなげるだけでなく、システムの誤作動や悪用、予期せぬ影響といったリスクを事前に想定し、適切に管理する責任を負っている。そのため、安全性や社会的影響を多角的に評価し、多様な価値観を尊重しながら、説明責任を果たせるような判断と行動を心掛けていきたい。また、過去の事例を教訓として学び続ける姿勢を持ち、倫理的な視点を忘れずに技術開発や研究に取り組むことが、社会から信頼される技術者につながると感じた。
A.「哲学と思想-技術者倫理の位置づけ-」の講義では、哲学や思想が人間の価値観や判断基準を考える学問であり、技術者倫理の基礎となることを学んだ。技術は人々の生活を豊かにする一方で、使い方や判断を誤れば事故や環境問題など大きな影響を及ぼす。そのため、技術者には知識や技術だけでなく、社会や環境、安全に配慮した行動が求められることを理解した。また、倫理とは単に法律を守ることではなく、人々の利益や安全を考えながら最善の判断を行う姿勢であることを学び、哲学的な考え方が技術者の意思決定に深く関わることを知った。 ワークショップでは、技術者倫理が必要となる具体的な事例についてグループで話し合い、その内容を発表した。私たちのグループでは、製品の安全性や品質管理をテーマとし、コストや納期を優先した結果、安全確認が不十分なまま製品を市場へ出すことの危険性について考察した。そして、企業の利益だけでなく利用者の命や健康を最優先に考えることが技術者の責任であり、問題を発見した場合には組織内で適切に報告し、改善につなげる姿勢が重要であるとまとめた。他のグループの発表からも、情報管理や環境保全など、技術者倫理が幅広い分野で必要とされていることを学ぶことができた。 復習では、技術者倫理は専門知識とは別のものではなく、技術を社会に役立てるために欠かせない考え方であることを改めて確認した。過去には倫理的な判断の欠如によって重大な事故や不祥事が発生した事例があり、それらは社会からの信頼を失う大きな原因となっている。そのため、技術者は常に自分の判断が社会へどのような影響を与えるのかを考え、責任ある行動を取る必要がある。今回の講義を通して、専門知識を身に付けるだけでなく、高い倫理観を持って行動できる技術者を目指したいと感じた。
A.
A.(1)本講義では、哲学と思想を踏まえた技術者倫理の位置づけについて学んだ。哲学や思想は人間の正しい生き方や考え方の土台であり、技術者倫理はそのうえで技術が社会や人に与える影響や責任を考えるものである。単に法令やルールーを守るだけでなく、技術の発展と人間の安全や幸せを両立することが技術者に求められる本質的な役割であると理解した。 (2)ワークショップでは、華岡青洲の麻酔薬開発における人体実験を通じ、母と妻の対立関係を考察した。当初、妻は義母に憧れていたが、青洲を独占しようとする意図や人体実験の被験者を巡る嫉妬から両者の関係は悪化した。また、人体実験が単なる成果の追求だけでなく、家族の犠牲や協力の下で行われた背景や、その記録が後世に残された意味や背景についても考察した。技術や医療の発展の陰にある人間関係の葛藤と倫理的課題について議論した。 (3)講義とワークショップを通じて、科学技術の探究や開発には倫理的な視点と社会的な責任が求められることが分かった。 偉大な技術成果の裏には、個人の犠牲や倫理的なジレンマがあることを花岡青洲の事例から強く実感した。単に技術的な目標達成や成功を優先するのではなく、その開発過程や結果において生じる多面的な影響に目を配る必要がある。 将来技術者として社会に出るにあたり、ただ技術を追求するだけでなく、それぞれが人々に与える影響を想像し、調和を目指す姿勢が重要であると考えた。
A.1)講義内容の再話 今回の講義では、技術者倫理の基本的な考え方と、その歴史的・社会的背景について学んだ。特に、科学技術が人間の幸福を支える一方で、誤った動機や価値観によって危険な方向へ利用される可能性があることが強調された。地下鉄サリン事件や名古屋大学女子学生による毒物事件などの具体例を通じて、高度な知識を持つ者ほど倫理観を欠くと重大な危害を生むという現実が示された。また、技術者は専門知識だけでなく、社会的影響や法規、倫理観を総合的に理解し、危険な技術を安全に扱う責任を負う存在であることが説明された。さらに、宗教・道徳・科学の関係にも触れられ、人間の倫理観は信仰の有無にかかわらず一定の独立性を持つという視点が提示された。2)ワークショップ課題の発表要旨 ワークショップでは、講義で扱った事例をもとに、「なぜ優秀な人ほど信じるべきでないものを信じてしまうのか」というテーマについて議論した。グループごとに、サリン事件の科学者、ハーバーやノーベルのような歴史的発明者、あるいは倫理観の欠如が見られた個人の事件を分析し、共通する要因を整理した。発表では、①専門知識の高度化による危険性の過小評価、②組織や指導者への過度な忠誠、③倫理観・共感性の個人差、④社会的インセンティブの偏りなどが、誤った判断につながる可能性として示された。また、技術者倫理が「個人の判断」と「社会的な技術利用」の両面で問われることを確認し、技術者教育の中で倫理を体系的に学ぶ必要性が強調された。 (3)復習の内容 復習では、講義で扱った 技術者倫理の構造と、危険を安全に扱うための知識の重要性を整理した。特に、ヒューマンエラーの分類(無知・未熟・慣れ・怠慢など)を読み直し、技術者の「無知」が倫理違反につながるという指摘を再確認した。また、技術者倫理と技術倫理の違いを比較し、個人の判断が問われる場面と、社会的合意や制度が必要となる場面を区別する理解を深めた。さらに、SDGsや環境問題、法規(PL法、PRTR法など)との関連を確認し、技術者が地球規模の課題に対して責任ある態度を持つ必要性を再認識した。最後に、講義全体を通して、技術者は専門知識と倫理観を両立させることで初めて社会に貢献できるという視点をまとめた。
A.(1) 今回の講義では、宗教と倫理の関係について学んだ。倫理観は個人が生まれながらに持っているものではなく、家庭や学校、地域社会などの環境の中で形成されていく。また、同じ価値観を持つ人々が集まることで、その集団の考え方が強化される傾向がある。しかし、その価値観が必ずしも正しいとは限らず、場合によっては偏った倫理観が育まれてしまう危険性もある。そのため、社会全体で共有できる最低限の倫理観を教育によって学び、その上で各個人が経験や学習を通じて独自の倫理観を発展させていくことが重要であると理解した。 (2) 発表では華岡青洲について取り上げられていた。華岡青洲は世界で初めて全身麻酔による手術を成功させた人物として知られている。その功績の裏には長年にわたる研究や試行錯誤があり、多くの困難を乗り越えて医学の発展に貢献したことが紹介された。また、研究の過程では家族の協力や大きな犠牲も存在しており、医療技術の発展には高い志だけでなく倫理的な課題も伴うことが示されていた。私は、技術や知識を追求するだけでなく、その研究が人々にどのような影響を与えるのかを考える姿勢が重要であると感じた。 (3) 講義と発表を通して、倫理観は個人だけで形成されるものではなく、社会や周囲の環境から大きな影響を受けることを改めて認識した。また、華岡青洲の事例からは、新しい技術を生み出すことの意義と同時に、その過程で生じる倫理的な問題についても考える必要があることを学んだ。将来、技術に関わる仕事に就く際には、自分の属する組織や周囲の考え方だけに流されるのではなく、多様な視点から物事を判断する姿勢を持ちたい。そして社会に役立つ技術を追求しながらも、人々の安全や尊厳を大切にできる人材を目指したい。
A. 第1回の講義では、哲学と思想を基盤として技術者倫理の位置づけについて学んだ。特に地下鉄サリン事件を例に、優れた能力を持つ人間であっても、その力を誤った方向に用いれば社会に大きな被害をもたらすことが示された。ここから、知識や技術の高さだけではなく、それをどのように使うかという倫理観が不可欠であると理解した。能力の高さと正しい判断力は必ずしも一致せず、むしろ両者を兼ね備えることが重要であると感じた。 発表では、江戸時代の外科医である華岡青洲について取り上げた。(メンバー:加藤美羽、佐藤詩音、小野朋夏、加藤葵、黒澤佐保、長谷川桜優)彼は全身麻酔を用いた乳癌手術を世界で初めて成功させた人物であるが、その過程で母や妻に麻酔薬を試し、副作用により妻が失明するという重大な犠牲を伴っていた。この事例から、医療の発展という成果の裏に倫理的な問題が存在することを考えさせられた。科学的な進歩は人々の幸福に寄与するものであるべきだが、その過程においても人間の尊厳が守られる必要があると理解した。 復習では、宗教と倫理の関係や、「才あって徳なし」という考え方について考察した。実生活においても、能力は高いが人間性に問題がある人物の例を通して、倫理観と能力は独立したものであると実感した。技術者として社会に関わる際には、単に成果を出すだけでなく、公正さや他者への配慮を持つことが求められる。したがって、真に優れた技術者とは、高い能力とともに確かな倫理観を備えた存在であるべきだと結論づけた。
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第百十三条 大学は、教育研究の成果の普及及び活用の促進に資するため、その教育研究活動の状況を公表するものとする。