語釈1.
8.無機固体の半導体と原子価制御8-1 p型半導体
例:酸化ニッケル(NiO) → NaCl型構造。抹茶のような緑色の固体。
Niの電子配置は[Ar]4s23d8。
これがイオンになるときには、「4s電子から先に失われて」
Ni2+:[Ar]4s03d8となる。(通常3d軌道に5個以上電子を持つ
元素、Mn, Fe, Co, Ni, Cu, Znは、同じ理由で2+イオンになりやすい)
理想的な組成のNiOは、電子が動けないので「絶縁体」である。
☆ Niは、2+の状態のほかに、3+の状態もいくぶん安定にとりうる。
→ 現実の酸化ニッケル中では、すべてのNiが+2価なのではなく、1000個に1個程度の割合で+3価になっているものがある。すなわち、ただしくはNi1-xO (x≒0.001)と表わされる。
 ☆このように、陽イオンと陰イオンの比が単純な整数比にならない化合物を「非化学量論化合物」、または「不定比化合物」(non-stoichiometric compound)という。
☆ たとえ不定比化合物であっても、「電荷の総和」は必ずゼロでなくてはならない(これは万物共通)。
酸化ニッケルの構造を、不定比を強調して描くと、右図のようになる。
すなわち、Ni3+が2個できるごとにNi2+の「空孔」が1個できる。
そのようになれば、電荷の総和がゼロに保たれる。
現実の酸化ニッケルの組成を、イオンの電荷と空孔まで考慮して
表現すると、Ni2+1-3xNi3+2x□xO2- となる(←重要)。
ところで、Ni3+イオンはつねに3+の状態に留まっている必要はない。Ni2+とNi3+が混在すると、
というように、「イオンそのものの位置は変わらないままで」電子がNi2+からNi3+に移動できるようになる
(上の図で電子が左から右に移動すると、Ni3+の状態が右から左に移動する)。これによって電気が流れる。
このような電子の移動は、p型半導体のそれと同じである。従って、酸化ニッケルは「p型半導体」である。
☆酸化ニッケルの電気的性質:
Ni2+のイオン半径:0.83Å、Ni3+のイオン半径:0.74Åである。Ni3+イオンが小さいので、周囲の酸素がNi3+の方向に位置をずらしている(右図)。
右図のNi3+イオンによそから電子が移ってくるときには、
周囲の酸素(酸化物イオン)は、またもとの場所に戻らなくては
ならない。すなわち、電子の移動が起こるたびに、酸化物イオン
がわざわざ位置をずらしたり戻ったりする必要がある。
⇒ そのため、Ni2+⇔Ni3+の間の電子移動はそれほど容易では
なく、酸化ニッケルの導電率は極めて低い(室温で10-6Sm-1程度)。
ただし、温度が高くなると原子の熱振動が活発になるので、酸化物イオンの位置の移動が容易になり、
導電率が大きく上昇する(関連の内容は後述)。
8-2 原子価制御 (valency control)
酸化ニッケルは半導体ではあるが、導電率が極めて低い。この導電率を制御する方法がある。
例:酸化ニッケル中のニッケルをリチウムで置換する。具体的には酸化ニッケルと酸化リチウムの粉末を混合し、空気中で1000℃以上で加熱して、Li+イオンを酸化ニッケル中に拡散させる。Li+イオンがNiOの結晶格子の中に組込まれる現象を「固溶」という。
Ni2+:0.83Å、Li+:0.88Å。Li+はNi2+とサイズがそれほど違わないので、置換することができる。
ここでは、酸化ニッケルの不定比を無視して考えることにする。(1-2x)モルのNiOとxモルのLi2Oの混合物を空気中で加熱すると、
+
上図のようにLi+イオンが2個NiO結晶格子に組み入れられるごとに、Ni3+イオンが2個できる。
これは、もとのNiOの「陽イオン:陰イオンの比」が1:1(不定比を無視)であるため、その比を守りつつ、電荷の総和もゼロに保とうとする傾向の結果である。この過程の化学反応式は以下のようになる。
 
(上の過程は、酸化リチウムを酸化ニッケルに加える操作であるが、見方を変えるとリチウムでニッケルを置換する操作と考えることもできる。)
上の操作は、Li+イオンを固溶することによってNi2+をNi3+に変化させていることになる。このようにして、「異種イオンを固溶することによって、もとの物質の構成イオンの酸化数を変化させること」を「原子価制御」という(本当は酸化数制御とでも言うべきであるが、古い言葉がそのまま定着している)。Li+イオンはNi2+イオンの15%程度まで置換させることができる。すなわち、自然に発生する不定比ではNi3+は1000分の1程度しかないのに対し、原子価制御の方法によりNi3+の濃度を飛躍的に高めることができるようになる。
☆ 原子価制御の効果:
Li+なしのNiOの導電率(室温):約10-6Sm-1、
Li:Ni=15:85の酸化ニッケル固溶体の導電率(室温):約103Sm-1。約9桁上昇する。
<補足>・Li+の代わりに、同じアルカリ金属のNa+やK+を用いようとしても、イオンのサイズが異なるので
固溶しない。→原子価制御には有効ではない。
・AlをドープしたSiのような、外因性半導体の場合には、温度が高くなると「電荷担体の濃度が増
える」ことによって導電率が上昇する。しかし酸化ニッケルの場合には、電荷担体の濃度は温度に
よらず一定であり、温度が高くなると「電荷担体の動きやすさ(移動度)が高くなる」ことにより
導電率が上昇する。
・NiOの他にも、「一番安定な酸化数よりもひとつ高い酸化数でも、まずまず安定」な金属の酸化物
はp型半導体になり、原子価制御が可能。括弧内は固溶イオン。例えばCoO(Li+)、MnO(Li+)、
Bi2O3(Ba2+)、Cr2O3(Mg2+)など。
8-3 p型無機固体(特に酸化物)の応用例
☆ 温度上昇に伴って比抵抗が大きく変化する物質をサーミスター(Thermistor)という。☆ p型半導体の導電率は、温度に対して非常に敏感である。例えば温度が50℃上昇すると比抵抗が10分の1になる、というように。そこで、右図のようにp型半導体酸化物に直流電源と電流計をつなげば、温度を電流で読み替えて検知することが可能になる。→非常に精密な温度計。
しかも極めて小さい領域の温度を計測できる。
電子体温計、電子レンジ、炊飯器、冷蔵庫、エアコン、コピー機、ウォシュレットなどの温度管理など。
☆ 自動車のガソリンタンクの液面センサ(ガソリン不足になると点灯する警告ランプ)の原理:
①p型半導体に常に一定電圧をかけておく。②ジュール熱で加熱される。③やがてジュール熱と放熱
が釣り合って、一定温度(一定電流)のところに落着く。
センサがガソリンの中にあれば、放熱量が大きいから低い温度で落着く(電流も低い)。しかしガソリ
ンが減ってきてセンサが空気中に顔を出すと、放熱が少なくなって高い温度で落着く(電流が高い)。
一定電流を越えたら警告ランプが点灯するような回路を組込んだものが自動車についている。
8-4 n型半導体
例:酸化亜鉛(ZnO) → ウルツ鉱型構造(陰イオンの六方際密充填
の中の4配位サイトの1/2に陽イオンが
入っている構造)。
白色で、白の絵の具の顔料やベビーパウダー
にも使われる。
Znの電子配置は[Ar]4s23d10。Zn2+は[Ar]4s03d10。
理想的なZnOは絶縁体。
ZnOもNiO同様不定比化合物だが、NiOと異なるのは
Znが酸素よりも過剰なこと。中性の亜鉛原子が4配位
サイトまたは6配位サイトに入っている(4配位サイト
の残り半分と6配位サイトの全部が空いている)。
したがって、酸化亜鉛の組成を、不定比を考慮して書けば
Zn1+xO (x≒10-6)となる。
中性のZn原子は、
Zn ⇔ Zn+  +  e- ⇔ Zn2+  +  2e-
のように(自らがイオンになる代わりに)電子を放出し、それらの電子が結晶構造内を移動する。
従って、不定比な酸化亜鉛はn型半導体である。中性の亜鉛原子が1個の電子を放出しているという前
提に立って、イオンの電荷を考慮した化学式を書くと、Zn2+1-xZn+2xO2-となる。(電荷の総和がゼロで
あることを確かめよ)。
☆酸化亜鉛の電気的性質:
不定比組成(x≒10-6)酸化亜鉛の導電率(室温)は10-1Sm-1程度。NiOよりも不定比の度合いが小さい
にもかかわらず、導電率が高い。これは伝導電子(Zn2+イオンに付け加えられるもう1個の電子)がZnの
4s軌道に入るためである。4s軌道は空間的に大きく広がっているので、隣り合ったZnどうしの4s軌道
は互いに重なり合っている。そのため、電子の移動が容易に起こる。NiOの場合には、正孔(Ni3+の状態)が
移動するたびごとに酸化物イオンがわざわざ位置をずらす必要があったが、ZnOではその必要がないことが
高い導電率の原因になっている。付け加えると、ZnOも半導体なので高温ほど導電率が高くなるが、その度
合いはNiOに比べて小さい。
8-5 n型半導体の原子価制御
⇒ p型のNiOの場合には、電荷のひとつ小さいLi+を固溶すれば導電率が上昇した。n型半導体の場合に
は電荷のひとつ大きなイオンが有効になる。
例:酸化亜鉛中の亜鉛をアルミニウムで置換する。具体的には、酸化亜鉛と酸化アルミニウムの混合粉末を
1000℃以上の温度で加熱する。この操作により、Al3+イオンがZnOの結晶格子の中に拡散(固溶)す
る。ZnOの不定比を無視して考え、(1-2x)モルのZnOとxモルのAl2O3を反応させると、
+
上図のように2個のAl3+イオンがZnO結晶格子に組込まれるごとに、2個の(伝導)電子が結晶中に生成する(反応前後とも電荷の総和がゼロであることを確認すること)。これはもとのZnOの「陽イオン:陰イオンの比」が1:1(不定比は無視)であるため、それを守りつつ電荷の総和もゼロに保とうとする傾向の結果である。上の過程の化学反応式は以下のようになる。
 ≡ 
(上の過程はZnOにAl2O3を加える操作であるが、見方を変えるとAl3+でZn2+を置換する操作と考えることもできる。陽イオンと陰イオンの比が反応前後で1:1のままであることを確認すること。)
Al3+の固溶によってZn2+がZn+に変化することになるので、これも「原子価制御」である。
Zn2+とAl3+のイオン半径(Shannon&Prewitt)は0.74Å、0.53Åであり、イオン半径が30%程度異なるためにAl3+は1%程度しか固溶できない。それでも、自然に発生する不定比(10-6程度)に起因するよりもはるかに多くの伝導電子を結晶内に作り出すことができる。
☆ 原子価制御の効果:
Al3+なしのZnOの導電率(室温):約10-1Sm-1、
Al:Zn=1:99の固溶体の導電率(室温):約106Sm-1。ほとんど良導体に近い導電率になる。
<補足>
・ZnOの他にも、「一番安定な酸化数よりも、ひとつ低い酸化数でもまずまず安定」な金属の酸化物はn型
半導体になる。その場合、電荷のひとつ多いイオンを固溶すると導電率が上昇する。括弧内は固溶イオン
例:SnO2(Sb5+)、CdO(In3+)、In2O3(Sn4+)、SrTiO3(Sr2+をLa3+で置換するとTi4+がTi3+になる)等。
8-6 原子価制御のQ&A
Q1. NiOにAl3+、ZnOにLi+を固溶することが可能だとすれば、それぞれn型、p型の半導体になるか?
A1. ならない。Ni2+とZn2+はそれぞれNi3+やZn+には「ちょっとならなってもいい」が、Ni+やZn3+に
は「断じてならない」という性質があるから。
Q2. 安定な酸化数がひとつしかない金属の酸化物(例えばMgOやCaO)にLi2OやAl2O3を固溶する
と、半導体になるか?
A2. ならない。MgやCaは+2価のイオンにしかならない。もしあえて価数の異なるイオンを固溶すると、
「陽イオン:陰イオン」の比がずれた固溶体ができる。例えば、MgOにLi2OやAl2O3を固溶すると、
下式のように「空孔」ができることが知られている。
  :VOは酸素空孔
  :VMgはMgサイト空孔
(注意:空孔ができる場合については次週「イオン導電体」で触れる)
8-7 n型無機固体の応用例
①透明電極:液晶表示素子の電極は、電気を通してなおかつ可視光に対して透明でなくてはならない。ZnO、
SnO2、In2O3などはもともと可視光に対して透明である。これらにそれぞれAl3+、Sb5+、Sn4+イオン
を固溶するとドナー準位ができて導電率の高いn型半導体になるが、透明性は保たれたままである。この
ような物質はガラスやプラスチックの上に膜の形で付けることによって透明電極となる。
②ガスセンサー:n型半導体を非常に薄い膜にして両端に電極を取り付け、一定電圧をかける。膜の内部に
は伝導電子があるのだが、膜表面に吸着した酸素が伝導電子を引きつけることによって、伝導電子の動き
が妨げられ、導電率が低い状態になる(電流小さい)。しかし、そこに可燃性ガスがやってくると、吸着し
ていた酸素が取り除かれて導電率がもとの高い値に戻る(電流大きい)。一定電流を超えたらブザーが鳴る
ようにしたものが家庭用ガス警報機である。