技術者倫理

2020年12月にジェネリック医薬品の製造元 小林化工が、 製造物責任が問われる事案 を起こしました。 2020年度技術者倫理の課外報告書としてテーマアップしました。

ジェネリック医薬品というのは、 特許制度による優先権がなくなった新薬を ほかの製造メーカーが作るというものです。開発費がかからない分、安くできます。 ところが、何でも安けりゃいい、というものではありません。 患者の方も、「ジェネリックは安い」と単純に十把一絡げにして、性能や品質をよく見ません。 だからメーカーの方も安さだけ追い求めます。安い薬価設定で、自由競争が働かないとなると 品質を下げれば下げるほど、大きな利益が出るのは、自明です。 結局、製造側も消費者を損をします。まさに囚人のジレンマです。

表 囚人のジレンマ利得表
立花\伊藤 【A】.伊藤は高級品を売る 【B】.伊藤は粗悪品を売る
【1】.立花は高く買う 【A-1】.
立花:100(満足度)-100(買値)=0
伊藤:100(売上)-100(原価)=0
【B-1】.
立花:50(満足度)-100(買値)=-50
伊藤:100(売上)-50(原価)=50
【2】.立花は安く買う 【A-2】.
立花:100(満足度)-50(買値)=50
伊藤:50(売上)-100(原価)=-50
【B-2】.
立花:50(満足度)-50(買値)=0
伊藤:50(売上)-50(原価)=0
損得と善悪 知的財産権 サプライチェーン

その業務停止命令を受けていた小林化工が、業務復帰しました。 コンプライアンス委員会議事録 が公開されていました。 参加者も場所もなく、抽象的で政治家の答弁のような議事録です。 とても信頼できませんね。 ちなみに、議事録には、必ず参加者も場所を書きましょう。

小林化工の事件をきっかけに、官があちこちの製薬会社に立ち入りをした。すると、類似の案件が続出し、出荷停止や出荷調整が、次々と起こりました。 腰痛に使う胃にやさしい痛み止めのセレコックスでさえ、 規格不適合で自主回収 なりました。 そんなこんなで医薬品の安定供給体制にひびが入り、医療現場が大混乱に陥っています。

自主回収したセレコックスもサワイ薬品の「ジェネリック」でした。 それは2020年6月18日、ジェネリックの薬価が官報告示されたばかりでした。 セレコックスのジェネリックが出る前の薬価が64.60円、ジェネリックの薬価が16.30円です。 驚くべき安さです。

さて、日本には、 国民健康保険法があり、世界に誇る 国民皆保険制度があります。 だからこそ、誰でも安心して同じように医療を受けることができるのです。 しかし、近年、非正規の雇用者が増加し、医療保険への未加入者や保険料の未納者が増大している一方、 加入者の高齢化で支出は増える一方です。大赤字。 国民皆保険制度は、崩壊寸前です。 日本は借金ダルマなのです。

保険診療に使う医薬品は、官によって薬価が定められます。大赤字の保険事業を抱え、 支出を抑えたい官としては、ジェネリックの薬価をできるだけ低くしたいのです。 医薬品メーカーは、そこを忖度して、安い値段で「薬価基準収載希望書」を厚生労働省に提出します。 何でも安けりゃいいと思っている患者に、自由診療による妥当な価格の医薬品の販売が望めないからです。 だから、無茶とも思える驚くべき安い薬価になるのです。

こんな状況では、新薬を研究開発する医薬品メーカーなどあろうはずもありません。 コロナのワクチンを海外に依存せざる得なかった事実がそれを物語っています。 新薬を研究開発する医薬品メーカーは、国から金を受け取ったごく一部の企業です。 たとえば、タケキャブは、 名古屋大学が、文部科学省からの科学研究費や経済産業省からなど、巨額の助成金を受け取り研究され、論文にも掲載されました。 武田薬品工業からも名古屋大学に相当資金が流れたことでしょう。 実質的な開発は医薬品メーカーがやり、お墨付きを大学からもらうという、典型的な産学官の癒着です。 甘い汁を吸うだけの癒着ではなく、生産的な協働であることを祈るばかりです。 しかし、こうやって開発された医薬品が安いはずはありません。 そんな高額の医薬品を、保険診療の適用にすべきでしょうか? まさに、官の倫理が問われるところです。 なんと、厚生労働省は、タケキャブに対して特例市場拡大再算定対象品に指定したのです。 ルールを作っておいて、特例で逃げる、官のやりそうなことですね。 もっとも、その官は、わたしたちが選挙で選んだ、優秀な人たちですが。

この状況に拍車をかけているのが、医薬品メーカーが、患者に直接説明してはいけない、というルールです。 医薬品メーカーのサイトに調べにいくと「あなたは医療関係者ですか?」と聞かれるのは、このルールに対するアリバイ作りです。 患者が勝手に服用を中止したりしないようにとの理由のようです。 しかし、民主主義は、ひとりひとりが賢く正しい判断ができなければ機能しません。 現実の官は、患者の知る権利を制限し、医薬品の説明の権利を、官が資格を与えた医師、看護師、薬剤師に制限しています。 これは、もはや、民主主義というより、権力を集中させた専制主義ですね。 患者は知る権利を奪われていることすら、知ることができない状況です。

とにかく、いま医薬品の安定供給体制にひびが入り、医療現場が大混乱に陥っています。 悪者探しや社会批判をしたところで、現実は変わりません。

そんな中、たった一人の薬局薬剤師がツイッターで、なんとかしようと呼びかけました。 その呼びかけに賛同した二十数人の有志が、数千件の情報を一つずつ評価し、 医薬品供給状況をひとつのサイトにまとめあげました。 呼びかけからわずか約3週間後の9月上旬に、 「医療用医薬品供給状況データベース」 のWebサイトが公開されました。 有志による勤務時間外の作業。 今度は、官は労働基準法違反と、薬剤師の勤務する薬局の監督責任を追及するのでしょうか? もっとも、大々的に報道された小林化工の事案も、いまではほとんど報道されることはありません。 医薬品供給の大混乱も、ひとりの薬剤師の熱い思いも、ほとんど報道されることはありません。 ニュースバリュー、その報道にお金を払う人がいないからです。 知る権利を奪われ、奪われていることすら知らないのは、患者ばかりではありません。

ぼくは、顔も名前も知らないその薬剤師を、尊敬するし、感謝するし、応援したいです。

その薬剤師にならって、これから技術者として生きるあなたにやれることを、ひとつやってください。 どんなに些細でも、結果に結びつかなくてもかまいません。 あなたの技術者としての倫理観にもとづいてやってください。 そして、そのやったことを、紹介し、報告してください。


※参考:2020年度技術者倫理の課外報告書

 水虫の薬だと思って、入院先でその薬を飲んでいた患者さんが亡くなったとの悲しい報道がありました。

https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1223230

 二人一組でやるはずだった作業をひとりでやって、調合する薬を間違えたそうです。水虫の薬のかわりに睡眠薬を最大投与量の2・5倍も入れてしまったそうです。

 もしかしたら、現場の人手不足のさなかに、たまたまシフトの相方がシングルで子供が急に熱を出したのかもしれません。

 あるいは、薬がわかりやすく色別しあっても、仕事を失う不安から、色覚異常を言い出せずにいたのかもしれません。

 以前、ニラコと言う会社が、研究室にアルミ線と品種誤納するという事案がありました。社長が謝罪に来られました。悪者探しをしたかったわけではありません。教訓とするためみんなの前で状況を説明していただきました。「ハイリリッヒの法則、そのままじゃないですか?」とぼくが言うと、担当者の方がうなだれていました。「下手すりゃ死人が出ますよ」と言いました。

 残念なことに、ほんとうに死人が出てしまいました。化学に携わる者として、とても他人事に思えません。

 テキストp46図2に書いてあるハインリッヒの法則を改めて紹介します。

安全意識の不徹底>不安全行動>ヒヤリハット>かすり傷・無傷事故>不休業災害>休業災害>死亡事故

 「GVP・GPSPに基づく安全管理」ときれいごとを並べるその会社のホームページには、9月30日に棚卸のための出荷停止、10月17日に社内研修のための営業停止とあり、続くおしらせに不自然な欠番がありました。

 9月8日後のロットということなので、9月30日の時点で、処方された患者の特定と、服薬中止が通達されたなら、12月10日に患者が亡くなることはなかったのではないか、と思う次第です。患者からの通報で、リコール情報が出たのが12月5日とは、あまりに遅きに失したと感じるのはぼくだけでしょうか。

 十分に注意しなさいと言う人は、自分が責任逃れしたいだけです。

 「注意していても人間は過ちを犯す」が大前提です。

 だから、その過ちが小さいうちに、取り返しがつかなくなる前に、フォローすべきなのです。

 ひとりでやらない、サンプルや装置の管理者を定める、使用許可をとり、使用履歴を共有する、ヒヤリハット報告をする、などはそのためのルールです。このあたりは、もはやルールというより、技術者倫理と言うべきものです。

 人は、ルールの目的を忘れ、形式的な作業にしてしまいがちです。

 ぼくが以前、勤務していた会社でもふたりで担当するはずだった夜勤なのに、ひとりが来なかったため、アセトンのこぼれた机の上でうっかり居眠りしてアセトンで中毒死するという事故がありました。

 ひとりでやらない、というのは、それぐらい常識であり、ルールであり、倫理です。

 あらかじめ定めたルールでは、課外報告書の提出締め切りは7回目の授業の一週間後でした。このルールの目的は、任意提出の課外報告書が締め切り間際の集中的な負担にならないようにすることです。

 小林化工の事案は、化学に携わる者にとって目をそむけてはならないことだと思います。

 そこで、この特別課外報告書の締め切りを、単位認定申請(前半)と同じ、冬休みの終わる1月21日とし、これまでの課外報告書と同様に加点の対象とすることでインセンティブを設けようと思います。すでにたくさんの課外報告書に取り組んで加点は不要という人も、取り組んでほしいです。取り組まなくても見るだけでもありがたいです。

 小林化工の事故を参考に、ひとりで作業することの危険性について、これから実際に化学薬品に携わるあなたのの行動指針について、今一度考えてみてもらえませんか?