5.1.2 エネルギー効率

電気分解に必要な電気エネルギーは(電圧)×(電気量)の積の形で表わされる。 理論的な最小電圧は物質の持つ化学エネルギー値から計算される。理論分解電圧に等 しい。電気量に関してはファラデーの法則により理論的に定まる。いま総ての電流 が製品Jの製造にだけ使われたとして、生成した製品の重量 wj、jの式量Mj、nj をjのモル数、νjを化学量論係数、nを反応に関与する電子数、Fをファラデー定 数、qを通過した電気量とすると次式が成り立つ。

d wj=Mjtnj=(νjMj/nF)dq (5.1)

Q0=nF/νjMj (5.2)

ここではQ0は反応種と反応式が決まれば定数となり、理論電気量と呼ばれる。実 用単位としてkAht-1または Ahkg-1で表わされることが多い。電解に必要な電気量 もこれを下回ることはできない。表5.3には無機工業電解で生産されている物質の いくつかとその理論電気量を示す。 実際の操業では理論値で稼働することはない。まず電気量について示すと、(実 際に得られた目的の製品の量wj)/(流れた電気量から計算される製品の理論生産量 wj)を電流効率εFと呼んでおり、単位重量を得るのに実際に流れた電気量Qと理論電気量Q0との比になる。
工業電解で生成される物質の例とその理論電気量
物質名 式量(g・mol-1) 理論電気量Q0(kA・h・t-1) 反応電子数z/y 種別*2) 成分(条件)*2) 主反応物
107.88 248 1 aq AgNO3+Cu(NO3)2 粗Ag → 精製Ag
アルミニウム 26.96 22980 3 aq AlF3・3NaF(1,000C) 2Al20+3C=4Al+3CO2
197.0 408 3 aq HAuCl4+HCI 粗Au→ 精製Au
ビスマス 209.00 385 3 aq BiCl3+HCI 粗Bi → 精製Bi
カルシウム 40.08 1338 2 f CaCl3 (800C°) CaCl2=Ca+Cl2
カドミウム 112.41 477 2 aq CdSO4+H2SO4 2CdS04+2H20=2Cd+2H2SO4+O2
塩素 70.91 755 2 aq NaCI(D) 2NaCI+H2O=2NaOH+Cl2 + H2
クロム 52.01 1546 3 aq Cr2(SO4)3+(NH4)2SO4(D) 2Cr2(SO4)3 + 6H2O=2Cr+6H2SO4+2CrO2,
クロム酸 100.01 803 3 aq Cr2(SO4)3 Cr2(SO4)3+6H20=2CrO3+3H2 +3H2SO
63.54 844 3 aq CuSO4+H2SO4 粗Cu→ 精製Cu
63.54 422 2 aq CuCl+NaCl 粗Cu→ 精製Cu
フッ素 38.00 1410 2 f KF・HF (1000C°) 2HF=2H2+2F2
55.85 960 2 aq (NH4)2SO4> FeSO4
ガリウム 69.72 1153 3 aq Ga(OH)3+NaOH 4Ga(OH)3=4Ga+302+6H20
水素 2.016 26587 2 aq KOH 2H2O=2H2+O2
インジウム 114.82 700 3 aq InCl3 +NaCl 2InCl3=2In+ 3Cl23
リチウム 6.94 3862 1 f LiCI+KCI (450C°) 2LiCl2=2Li+ Cl2
マグネシウム 24.32 2204 2 f MgCl2 +CaCl2+ NaCI (700C°) MgCl2=Mg+Cl2
マンガン 54.94 976 2 aq MnS04+(NH4)2SO4 2MnSO4+2H2O=MnO4+2H2SO4+02
二酸化マンガン 86.94 617 2 aq MnSO4 MnSO4+2H2O=MnO2+H2SO4+H2
ナトリウム 22.99 1166 1 f NaCl+CaCl2 (560C°) 2NaCI=2Na+Cl2
塩素酸ソーダ 106.45 1510 6 aq NaCl NaCl+ 3H2O=NaClO3+3H2
過塩素酸ソーダ 12.45 438 2 aq NaClO3 NaClO3+H2O=Naciou +H2+ Cl2
水酸化ナトリウム 40.0 670 1 aq NaCl+NaOH(D) NaCl+H2O=2NaOH+H2+Cl2
過硫酸アンモニウム 228.21 235 2 aq NH4HSO4 2NH4HSO4=(NH44)HS2O8+H2
ニッケル 58.71 913 2 aq NiSO4+H3BO4+NaCl Ni2S3+3S
259 2 aq PbSiF4+H3SiF4 粗Pb → 精製Pb
スズ 118.70 903 4 aq NaOH+Na2SnO3 粗Sn → 精製Sn
亜鉛 65.38 820 2 aq ZnSO4+H2SO4 2ZnSO4+2H2O=2Zn+2+H2SO4+O2

εF=Q0/Q (5.3)

この電流効率(current efficiency)の低下の原因は主に次の4つである。 i) 副反応の存在:食塩電解のアノードでの酸素発生反応がその例であり、電極触 媒の改良により改善できる。 ii) 不純物による電解電流の存在:銅の電解採取の際、電解液中に Fe3+/Fe2+ のレドックス対が不純物として存在し、アノードで酸化生成した Fe3+ がカソードで Fe2+にもどるサイクルを繰り返すので電流の損失となる。 iii) 電流の漏えい、短絡:電極以外の所で電流の出入りがあったり、電極の変形、 金属電解の際の樹枝状析出物による電極の短絡により電流効率は低下する。 iv) 生成物の分解あるいは再酸化:アルミニウム電解では生成したアルミニウムが CO2により再酸化されて電流効率が低下する。 次に電圧(cell voltage) について考えてみる。いま電流Iが流れている状態で 測定したアノード、カソードの電極電位をそれぞれEa、Ecとすると電解槽の全電圧 Vtは次式で表わされる。

Vt=(Ea-Ec)+I(RL+RS+RD) (5.4)

ここで、RLは電極から電源までの導体抵抗、RSは電解質のオーム抵抗、 RDは隔膜に 起因する抵抗である。電解槽の反応面積の特性値を A*(これは必ずしも実際の面積 とは一致しない。)を用いて電流密度 J(=I/A*) で書き換えると次式になる。

Vt=(Ea-Ec)+J(βLSD)

ここで、β=RA*である。さらに平衡電位(equilibrium potential) Eと過電圧 (overpotential)を用いると

Ea-Ec=(Ea-Ec)+(ηac) (5.6)

(Ea-Ec) は理論分解電圧 (theoretical decomposition voltage)Edと呼ばれ、これ 以下に電圧を切り下げることはできない。また目的の電解反応のギブスの自由エネ ルギー変化ΔG と次のような関係がある。
Ed=(Ea-Ec)=ΔG/nF (5.7)
Ed=Vt+(ηac)+J(βLSD) (5.8)
Vc/Vtは電圧効率(voltage efficiency) εvと呼ばれることもある。この効率を上げ るためには過電圧力、並びに各抵抗成分を減らすことが必要である。電流密度Jを 減らすことは、成分だけでなく過電圧も切り下げるので、効果は大きいが製品の生 産量が減る。槽温度の上昇は過電圧だけでなく、BS、Bbの低下に結びつくが、材料 の劣化の問題が深刻になる。良好な電極触媒の開発はりの切り下げに効果が大きい。 製品単位重量を生産するのに要する電気エネルギーを電力原単位(powerconsumption) W といい、次式で表わされる。

W=Q×Vt=Q0VtF (5.9)

また、理論電解エネルギー W0(=Ed×Q0)との比をエネルギー効率εw と呼ぶ。

εw=W0/W=(Q0/Q)(Ed/Vt)=SVSF (5.10)

表5.4には代表的な工業電解プロセスのこれらの特性値の例を示す。電流効率と 比較して電圧効率が低い事が特徴的である。

表5.4 工業電解プロセスのエネルギー効率
プロセス アルミニウム電解精錬 食塩電化イオン交換膜法 銅電解精製 亜鉛電解採取
理論電気量(kA・h/t) 2980 670 844 820
理論分解電圧(V) 1.17 2.2 0.1mV 2.0
理論電解電力(kW・h/t) 3490 1470 0.084 1640
アノード電流密度(A/m(2) 8000 3000 220 450
単槽電圧(V) 4.0 3.15 0.31 3.3
電気量原単位(kA・h/t) 3350 700 920 910
電解電力(kW・h/t) 13400 2200 284 3000
電流効率(%) 90 96 97 90
電圧効率(%) 29 70 3.2×10-4 61
エネルギー効率(%) 26 67 3.2×10-4 -55