本能寺@京都

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お散歩の中にサイエンスを探し求めて♪ の単元です。

小単元

概要

日蓮宗

日蓮(にちれん)1)

本能寺の種子島への布教は1462年で、鉄砲伝来の1543年よりはるかに早く、多くのお寺が建立されました。これが手がかりとなり、本能寺の斡旋によって1549年日本ではじめて細川晴元に鉄砲が送られました。そして鉄砲になくてはならない火薬(硝石=硝酸カリウム2))。もちろん、信長はこの鉄砲ルートを活用したにちがいありません。

しかし、信長は熱心に本能寺の日承上人の教えを受けており、またキリスト教の布教を支援するなど、決して宗教心がなかったとはいえません。

一方、一向宗に対して信長は「念仏修行の道理を本とせず、学問無知にて栄華を誇り、朝夕乱舞に日を暮らす」と言っており、また延暦寺の宗徒に対しても「寺院を結構につくり生計を営み、学問もせず、妙の一義もわきまえぬは第一のひが事」と非難しています。

ここまでは今回の本能寺の取材に基づくものですが、焼き討ちされた比叡山側の資料を見ても、信長の焼き討ちを非難する記述はなく、むしろ「全山を焼いたというのは誇張である」と擁護した表現になっています。

信心深いとは言えないまでも、宗教の本質を理解していた信長が逆に宗教の本質を忘れて膨れ上がった宗徒に警鐘を鳴らそうとしたのではないでしょうか?

【関連講義】

電気化学の庵,織田信長(おだのぶなが)おだのぶなが_織田信長3)

電気化学の庵,日蓮(にちれん)日蓮(にちれん)4)

お散歩の中にサイエンスを探し求めて♪,比叡山 延暦寺5)

電気化学の庵,京都府6)

無機工業化学,燃料・爆発物7)

【見学】

1999年11月

2009年11月


日蓮(にちれん)
おだのぶなが_織田信長
日蓮(にちれん)
比叡山 延暦寺
京都府
燃料・爆発物
1999年11月
2009年11月

関連の展示品

参考文献( 書籍 ・論文 ・URL)