水素社会実現に向けて
仁科・立花・伊藤研究室
物質化学工学科
大滝拓也
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今回の研究に至った経緯は、中学生の頃に行った、水素の爆発実験で受けた、水素の爆発力の衝撃である。
大きな爆発音と、上に吹き上がる薄い水しぶきは、水素のその爆発力を物語っていた。
現在は、レーシングドライバーとして、自動車レースに出ている筆者である。
そんな私にとって、近年の電気自動車の静寂な走りというのは、魅力もあるが、
自動車特有のエンジン音が聞けなくなるという部分では、悲しい一面であった。
水素の爆発では、「水」しか排出されず、CO₂をまったく排出しない自動車を作ることが出来ると考えた。
また、エンジン音を自動車に残したまま、環境に配慮出来るというのは、
私にとって大きな利点であった。この水素エンジンについて、中学校や高校で学んだ知識の中では、
かなり画期的なアイディアであると感じていたが、この技術はすでにあるにしろ、なかなか私たちの生活に浸透してこない現実があった。
これについて、私は大きな疑問を持った。
ここまで画期的なアイディアが、ほとんど私たちの生活や、自動車技術に採用されない事には、何か大きな理由があるのであろうと考え、調べを進める事にした。
私たちが住むこの地球上では、現在、自動車などから排出される、CO₂の排出量削減が求められている。実際に自動車のハイブリッドシステムや、燃料電池車・電気自動車など、徐々に環境対策の為の技術が私たちの生活に浸透してきているように感じる。
図1、図2に2019年の自動車販売台数に占める、自動車の割合を示した。[1]
ガソリンやディーゼル燃料などをシリンダー内で燃料を燃焼させるICE車の生産台数は世界全体で2019年時点で98%と、現在走っているほとんどの自動車が、CO₂を排出するICE車であることが分かる。
また、日本のICE車の割合は、図2より、99%にも上ることが分かった。残りの、世界2%と日本の1%は電気自動車が占めており、水素自動車や燃料電池車、電気自動車は、まだまだ普及しているといえる状況ではない。
また、ガソリン車・ディーゼル車・ハイブリッド車の分布を見ると、世界と日本では、大きく違いがある事が分かる。
特に海外では、一定速での巡航中の燃費が良いとされるディーゼル車の割合が、日本に比べて、とても高い事が分かる。また、それに対して、ハイブリッド車の割合が世界が8%であるのに対し、32%と高い割合を占めている。
これは、日本の道路は信号が多く、停止や発進が頻繁に繰り返される事が多い事が起因となっている。
ガソリン車の特性上、低回転域でのトルクが少ない為、低速域のトルクをモーターの動力で賄う、ハイブリッド車にすることで、停止状態からの発進の際の燃費を大きく向上せる事が出来る為、ユーザーにとっても燃費の部分で大きなメリットがある事が要因である。
この様に、これまでも、CO₂排出量削減の為の細かな対策や意識はされてきた事が分かる。
今回の重要な論点となるCO₂について、現在問題視されている、地球温暖化が起こるメカニズムと照らし合わせて、CO₂排出量削減の重要性を確認していく。
地球温暖化が起こる理由は、温室効果ガスによる、太陽光の輻射熱の吸収と放射である。[2]
太陽から地球上に降り注いだ熱は、地面に吸収、又は反射する。本来この反射した太陽光は、再度宇宙空間に放射されるものだが、大気にある温室効果ガスにより、吸収され、地面に対して再放射される事になる。
この温室効果ガスが増えるほど、地面からの宇宙空間への放射が遮られ、地球上の気温が上昇する事になる。[2]
後に地面から放出される熱が図4のように温室効果ガスに吸収され地面に再放射される。
出典)全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト(http://www.jccca.org/)より
ここで、温室効果ガスというものは、CO₂だけなのかという疑問が生まれるが、実際には温室効果ガスにもいくつかの種類がある。
その種類や特徴を表1に提示する。
特に「強力な温室効果ガス」と呼ばれるフロンは、建物の断熱剤としても使われるもので、いかに地表の熱を逃がさないような働きをしているのかが分かる。地面から放射されるエネルギーの吸収と放射について大きな働きをしている事が想像できる。
出典)全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト(http://www.jccca.org/)より
実際にこの地球上で排出される温室効果ガスの割合は、図5に示すようにCO₂が76.0%、メタンが16.0%、一酸化二窒素が6.2%、フロンが2.0%となっている。
この事から、CO₂の排出量の削減が大きく地球温暖化の防止に役立つことがわかる。また、表1で示されている、地球温暖化係数というものがあるが、これは、CO₂がもたらす地球温暖化への影響を1とした時の、その他の物質の、地球温暖化への寄与率を示した数値である。
メタンや一酸化二窒素の排出量の割合は低いものの、地球温暖化係数との関係を見ると、メタンや一酸化二窒素の地球温暖化係数は25や298と、排出量の割合の少なさ以上に、地球温暖化への影響は大きいという事が分かる。
その為、メタンや一酸化二窒素などの、その他の温室効果ガスの排出も同時に抑制する事が、以外にも重要である。
そのメタン(CH₄)や一酸化二窒素(N₂O)は実際にどんな所から発生しているのかについてまとめた。
環境省地球環境局、日本国温室効果ガスインベントリ報告書によると、 「2018 年度の CH4排出量の内訳は、稲作からの排出が 45%と最も多く、家畜の消化管内発酵 に伴う排出(25%)、固形廃棄物の処分に伴う排出(10%)がこれに続いた。」 [3] とあるように、メタンの発生源は意外にも稲作での排出が大きな割合を占めていることが分かった。
このメタンの稲作による排出と聞いてそのメカニズムを安易に想像できる人は少ないと考える。これについては、農業環境技術研究所の資料を参考にまとめた。
水田などの土壌は、酸素が行き届かない状態になる事が多く、土壌中に存在するメタン生成菌によって、わらなどの有機物が分解され、メタンが生成する。[4]
要するに、水田の土壌に十分な酸素を供給する事が、メタンの発生を抑える方法として挙げられる。
メタンの発生量の国別の内訳としては、中国が29%、インドが24%と割合が非常に高く、世界の約半分の割合を占めている。
日本は2%となっており、中国やインドでの稲作からの排出削減対策が重要であると感じた。
環境省地球環境局、日本国温室効果ガスインベントリ報告書によると、「2018 年度の N2O 排出量の内訳は、農用地の土壌からの排出が 27%と最も多く、燃料の燃 焼(固定発生源)に伴う排出(22%)、
家畜排せつ物管理に伴う排出(19%)がこれに続いた。」[3]とある。
こちらも、農用地の土壌からの排出が以外にも多いことが分かった。
メタン同様、土壌中に酸素が行き届かない状態になったときに、土壌中に存在する微生物が行い硝化と脱窒の両方の過程においてN₂Oが生成されるようである。[5]
このN₂Oはおもに化学肥料および有機肥料(家畜の糞など)の施用により発生を促しているようであった。[5]
参考までに二酸化炭素の世界の排出量を国別で見たものを図6で見てみると、中国が28.2%と大きな割合を占め、日本は世界規模で見ると3.4%と少ないが、世界で5番目に多い国となっている。また、国ごとの人口一人当たりのCO₂の排出量でみると、アメリカが1番多く、日本は4番目になっている。
[2]
その為、日本国内に留まらず、世界が一丸となってこの問題に取り組む必要がある。
・気温の上昇
・海水面の上昇
・海の酸性化
・絶滅危惧種の絶滅
・マラリアなど熱帯性の感染症の発生範囲
・異常気象の増加
・病害虫の増加による穀物生産量の減少
20世紀(1901~2010年)の間、海面は19cm上昇し今後、地球温暖化による海水温の上昇にで、熱膨張と氷河の融解によって、2100年までに最大82cmも上昇すると予測されています。[2]
この海面上昇には日本での影響も無視できないものとなっています。大阪西北部から堺市にかけての京阪神地区の海岸線や、東京東部の江東区、墨田区、江戸川区、葛飾区が水没又は、大きな影響を受けると考えられています。[2]
また、大学の有機工業化学の授業で習った、重大な内容を思い出す。
それは、海水に溶けているCO₂が、気温上昇とともに大気中に漏れ出すという事。
これは、水に溶けるというCO₂の水溶性は、水温が低いほど高くなることが分かっている。地球上の海水の量は膨大な量で、そこに溶け込んでいるCO₂の量も実は膨大な量である。
地上でのCO₂の排出によって温室効果が高まり、気温上昇、それにより、海水温も高まり、それまで海水に溶解していたCO₂も大気中に漏れ出し、更にCO₂の排出が促されるという悪循環が起きるという事である。
これがどのくらいの重要性があるかは予想出来ないが、今大丈夫だからという考えは、危険であるという事を感じさせられることであると感じる。
水素社会の留意点として、まず初めに、水素の製造する段階でCO₂を輩出してはならない。水の電気分解には大きな電力を要し、その電力をCO₂の発生源となる火力発電所などに頼ることは、意味がなくなってしまう。
図7と図8にまとめたが、実際に現在の電力の発電方法は世界で65%[6]、日本では79%[7]もが、CO₂排出を伴う火力発電に頼っていることが分かった。
その為、水素の電気分解に使う電力の確保を、このままの社会のシステムのまま運用して行く事は、CO₂排出量削減に対して意味を持たなくなってしまう。 その電力の確保を、再生可能エネルギーから賄う事が重要で、それは水素の製造だけでなく、その他の産業で伴うCO₂の排出量の削減にも繋がり、大きな環境保全効果に繋がる。
また水素の発生自体を、水の電気分解ではなく、別の方法の、検討・開発ができれば、水素社会の実現に向けての大きな一歩になる事が考えられる。
水素の供給方法など、水素ステーション諸々のインフラの整備も大きな問題として浮き彫りになっているのが現状である。
今回の研究では、これら緒言で述べた事を踏まえて、様々な観点から、水素社会実現に向けての課題や問題点をまとめ、それについての改善方法、可能性について、水素の製造から運搬・貯蔵、利用までをまとめるものである。
各問題点や課題について、その問題点の原因追求と、解決策の提案を目標とし、水素社会の実現に向けて、貢献する事を目的とした。
水素と聞いて、一番最初に思い浮かぶのは、やはり理科の実験などでもお馴染みの水の電気分解であるが、水素を製造する方法としては、これの他にも、様々な方法がある。まずは、そんな水素の製造方法についてまとめる。
・水を電気分解
・天然ガスの水蒸気改質[8]
・熱化学分解法[9]
・工場からの副生成水素の利用[8]
・本多・藤島効果[10]
これは、水に電気を通すことで、水素と酸素が発生する反応を利用したものである。
反応としては
となる。
全反応を見てもらうと分かるが、水1分子につき、水素が1分子、酸素が2分の1分子生成する。
要するに、酸素の2倍量水素が生成する。
これは、化学としては初歩的な話になってしまうが、水素の燃焼では、
という反応になる。
水素1分子(H₂)の燃焼には、酸素が2分の1分子必要で、水の電気分解によって生成した、2倍量の水素が、燃焼の際に、余るという事はなく、水の電気分解では、水素の燃焼に必要な量の酸素が同時に生成するという事である
後にこの論文で、水素燃焼エンジンの燃焼効率の向上策について提案する事になるが、その水素エンジンは燃焼室内に、外気の空気を送り込んでいる。それを、水素の燃焼に必要な量の酸素を直接エンジンの燃焼室に送り込むことにより、燃焼効率を上げられるのではないかという考えにおいて、この水の電気分解で発生する水素と酸素の量に対する、水素の燃焼で必要なになる酸素の量が同じであることは、製造から利用において、とても都合がよいことである。
また、本来純粋な水では、電気を通さない為、水に電解質を加え、伝導性を与え、そこに通電する。この時に加える電解質というものも、様々な種類が考えられる。同じ電気量を流した時に、電解質や、そこで使う電極などによって、水素ガスの生成量が変わってくることが予測できる。
その電解質に着目した研究は、様々な研究者によって行われてきたが、近年、電解質を溶かした水を電気分解する方法よりも、高分子の個体電解質を用いる方法が電気分解の効率が上がるという事が見つけ出された。[10]
これは真水から継続的に水素を発生させられる構造を有しており、もし「自動車に直接水を給水して電気分解をしながら走る自動車」を考える際には、水の給水のたびに電解質を溶かす必要がなく、有用な方法であると考える。
また、通常の電気分解に関しても、面白い研究を見つけた。
それは、電気分解の際に陽極に磁石を近づけると電気分解の効率が25%も向上するという研究結果だ。[10]
これは、水の電気分解の効率は、前述したように、水素と酸素の発生量は決まっており、水素の発生と、酸素の発生のどちらかの効率が悪いと、その分解の全体の効率が悪くなり、悪いどちらか一方の効率により全体の電気分解の効率が決定するのだが、水の電気分解の場合、水素よりも酸素の発生の効率が悪いことが分かっている。[10]
原因としては、酸素分子の電子スピンの向きに特徴があり、通常2つの電子スピン同士が対になって逆の方向を向くが、酸素分子の場合、16個の電子のうち2個が、同じ方向を向いている。水から水素分子を分解させるときに、この状態に電子のスピンをする必要があり、磁石がその手助けをする役割を担っているようだ。[10]
またこれに加えて、陽極の材料に関しても同時に検討されており、NiZnFe₄Oxを用いた時に磁石の効果が最大で2倍になるようだ。ただこれは、磁石の効果が磁石を使わなかったときと比べて、一番効果があった陽極材料であって、電気分解自体の効率がもともといい電極では2倍にまではなっていない。[10][11]
ほとんどの水素は天然ガスなどの化石燃料からリフォーミングと呼ばれる方法で作られておて、この時に大量のCO₂が発生する。ここでのCO₂のは発生量は世界のCO₂発生量の3%を占めている。[10]
だがしかし、もともと水素が出ている物を利用する石油精製工場などの副生成水素の利用を除くと、95%が炭化水素のスチームリフォーミングによって製造されている。[8]
その理由としては、製造に掛かるコストが安価である事から、大量生産がしやすい事が大きな原因だと感じた。
このスチームリフォーミングによる水素の生成は以下の反応になる。
この反応式からも、水素4分子に対して1分子のCO₂の排出が伴う事が分かる。
触媒として使用されるニッケル系触媒は硫黄によって被毒される為、まずは、原料ガス脱硫器で、脱硫される。
その後スチームと原料のガスが混合され、ニッケル系触媒が充填された反応管へ行きリフォーミング反応、シフト反応器で水素と二酸化炭素が生成される。[8]
副生水素を得られる工場として、主に以下の3種類が挙げられる。[12]
・苛性ソーダ
・鉄鋼
・石油精製
苛性ソーダの製造プロセスで生成される水素は純度が高い事が特徴である。実際に苛性ソーダの製造量は多く、それに伴う水素の副産も多いが、近年は減少傾向にある。
また、現在、消費電力量を3割削減出来るとされ、実用化されつつあるガス拡散電極食塩電解技術は、水素の発生が伴わない為、この面から考えても減少傾向にある。[12]
鉄鋼のプロセスでは、発生する副生ガスに一定量の水素が含まれている。
特に、コークスを製造する過程で発生するガスには、約50%もの水素が含まれており、余剰量の水素が発生しており、実際にそれを外販している。
しかし、これについても、鉄鋼工場の高炉で使う燃料を、ここで生成する水素に変える働きが行われており、減少傾向にある。[12]
石油精製プロセスは、ナフサの分解で水素が副生するが、脱硫のプロセスで多くの量を使用する為、余剰には余らず不足する。その為、生成するナフサ[13]から水素を製造し賄っているが、この水素製造には余力があり、追加的な水素製造が可能である。
この本多・藤島効果は、酸化チタンに光を照射すると、水素が発生するというもの。
しかし、この反応はすべての光で起こる訳ではなく、紫外線のみの反応になる為、太陽光による大量の生産は現実的ではない。
現在もこれについては研究が進められており、現在では、酸化チタン表面に、鉄イオンや銅イオンを助触媒として付着させることにより、可視光域での光でも反応が起こる事が発見されている。
また、この反応では強力な活性酸素を生じ、たんぱく質などを分解する作用を生むことが出来る。これにより、人体に害のある金や微生物を分解する事が出来、太陽の光で建物や便器を抗菌できる光触媒として積極的に利用されている。
・気体として貯蔵
・圧縮気体として貯蔵
・液体として貯蔵
・アンモニアとして運搬貯蔵[12]
水素は常温常圧で気体である。
その為、体積当たりのエネルギー量が少ない為、気体での貯蔵の際には圧縮をし、少しでも体積を小さくすることが求められる。
実際に試験運用されている水素自動車、マツダ・RX-8 ハイドロジェンREを例に挙げると、ウェブサイトMOBYの記事によると、「タンクの圧力は35Mpaに対応」「水素使用時の航続距離は100kmを実現」とのこと。[15]
この試験の際に35Mpaで充填したのか否かが調べきれませんでしたが、最低でも
100km÷(110L×350気圧)≒ 0.0026km/L
でロータリー水素エンジンは一気圧気体水素1リッターで2.6mという燃費計算になる。常温常圧の気体水素1Lでの燃費計算にはなるが、もしこの試験の際に35MPaで充填させていたとするとかなり燃費は悪い計算だった。
トヨタ自動車が発売した燃料電池車「ミライ」は一回の充填で700㎞もの距離を走行可能だが、その水素タンクの圧力は70Mpaと大気圧の700倍となっている。[16]
その為、周辺の部品にもかなりの耐圧性が求められる。
700km÷(122.4L×700気圧)≒0.0082kmで、ミライの燃料電池方式だと一気圧の気体水素1リッターで8.2mしか進まない様です。
またミライのタンク容量を流用し122.4ℓで70MPaで充填した場合、マツダのハイドロジェンREの水素燃焼方式をとった場合は223kmの距離を航続可能である。
ちなみに、1気圧は1024hPaです。 MPa単位にすると、0.1024MPaになります。よって1MPaは大気圧の約10倍。
医療用ボンベ等を取り扱うDMGの高圧ガスボンベで14.7MPaで、70MPaという圧力は、利便性とともに、危険性も高いという事になる。[17]
液体としての貯蔵は、気体状態に比べ、体積を800分の1にまで縮小出来る。また、液体水素の比重は0.07[18]
と非常に軽い液体である為、様々な分野での燃料の軽量化につながる。
軽量かつ高エネルギー密度である性質から、宇宙開発の宇宙ロケットの燃料として使用されている。[19]
しかし、水素の沸点はー259.2℃[18]
とかなりの低温で、水素ガスをこの温度まで冷却するのには、かなりのエネルギーが必要であることが分かる。
改善策として、高圧下においての沸点の上昇[20] を利用し、高圧下で冷却すると、冷却に伴う消費エネルギーを抑える事が出来る。
ここで画期的なアイディアを見つけた。
それは水素キャリアーとしてアンモニアを使う方法である。
アンモニアは沸点が-33.3℃である。[21] この時点で、水素と比べても常温に近い沸点を持っており、液化に要するエネルギーが小さくて済むことが分かるが、更にうれしい特徴がある。 それは8.5気圧まで加圧すると、20℃で液化するという事。
これは水素の貯蔵で課題となった冷却・液化の部分で大きな貢献を果たすものである。
製造された水素は、一旦窒素と合成し、圧縮された液体状態のアンモニアとして運搬する。その後、プラズマメンブレンリアクターの高電圧電極からのプラズマにより、アンモニアから純度9.99%の水素を取り出す事が出来る。[22]
ここでは、水素の自動車での利用に目を向ける。
ここで取り上げる自動車として、従来のガソリン車に加え、水素を直接エンジンで燃やし動力を得る水素エンジン車、水素を燃料とする燃料電池車、電気で走る電気自動車の4つを比較した。実際に燃料の供給から動力に変えるまでのエネルギー効率を図18にまとめた。
ここ最近の世界の動向を見ると、水素エンジン車や電気自動車よりも、燃料電池車を普及させようという動きが強いことが分かった。
しかし、実際にエネルギー効率を、算出してみると、図18に示すように電気自動車の効率がとても高い結果になった。またその次に水素エンジン車、その後に燃料電池車が続く形になった。
注目されている燃料電池車のエネルギーロスは、水素の電気へのエネルギー変換効率が50%と、燃料電池車特有の工程で、半分ものエネルギーを失っている事が原因だった。
また、水素エンジン車にとっては、エンジンそのものの燃焼効率が54%と低いことが分かった。これの原因として、現在の水素エンジン車は、水素を外気の空気をエンジン内で混合し、燃焼させている。しかし、実際に水素の爆発に必要な物質は、酸素だけである。その為、燃料とする水素の燃焼に必要な量の酸素を外気を交えず、直接混合する事により、燃焼効率を上げ、水素エンジン車の効率を大きく上げられるのではないかと考える。
水素社会実現に向けての問題点や、課題はやはり沢山あった。
しかし、どれも調べを進めて行くと、今ある問題も、改善の余地があるものが多く、改善可能な問題も沢山ある事が分かった。
今回の調査研究で感じた事は、実際に社会全体として、どんな方法を取るべきなのかが、定まっていない事である。
現在のインフラでは、すでに構築されている電力供給のインフラにより、電気自動車の普及力はとても強く、エネルギー効率も高い。
今回の調査では、電力の確保について、再生可能エネルギーを利用したものを運用開発する事に注力する事が、水素社会実現に向けて最も重要であると感じた。そこで、再生可能エネルギーを利用した、新しい発電方法を考えた。
今回のこの論文では、発表を控えるが、この方法は材料の消費を伴わない為、設置が完了すれば、半永久的に発電が可能である。
この発電方法を活用する事により、CO₂フリー水素の製造や、様々なプロセスでのエネルギー供給に大きな貢献ができる可能性があると考え、これについては研究をを継続していこうと思う。
[2] “地球温暖化の豆知識”.全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト. http://www.jccca.org/,(参照 2021-02-28).
[3]環境省地球環境局総務課低炭素社会推進室監修.”日本国温室効果ガスインベントリ報告書”2020-04. https://www.nies.go.jp/gio/archive/nir/jqjm1000000 pcibe-att/NIR-JPN-2020-v3.0_J_GIOweb.pdf,(参照 2021-02-28). https://www.nies.go.jp/gio/archive/nir/jqjm1000000 pcibe-att/NIR-JPN-2020-v3.0_J_GIOweb.pdf,(参照 2021-02-28).
[4] 秋山博子.“世界の水田からのメタン発生量とその削減可能量の推定” 農環研ニュース.2010,no.88,p.6. http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/sinfo /publish/niaesnews/088/08806.pdf,(参照 2021-02-28).
[5] 参考文献:秋山博子.“農耕地土壌から発生する亜酸化窒素と削減技術の評価” 独立行政法人 農業環境技術研究所.2018. https://www.affrc.maff.go.jp/docs/public_offering/agri_food/2018/27004c.html,(参照 2021-02-28).
[6] 夫馬賢治.” 世界各国の発電供給量割合[2019年版](火力・水力・原子力・再生可能エネルギー)”. サステナビリティ・ESG投資ニュースサイト. 2020-04-03. https://sustainablejapan.jp/2020/04/03/world-electricity-production/14138,(参照 2020-02-10).
[7] ”電力調査統計 結果概要 【2019年度分】”. 資源エネルギー庁.2020-06-30. https://www.enecho.meti.go.jp/statistics/electric_power/ep002/pdf/2019/0-2019.pdf,(参照 2020-03-01).
[8] 永井敏之.”スチームリフォーミングによる効果的水素製造”.圧力技術.vol.42,no.3,p.106-114. https://www.jstage.jst.go.jp/article/hpi/42/3/42_3_106/_pdf/-char/ja.(参照2021-03-01).
[9] “水素生産技術”エネルギーと地球環境.2003-01. https://atomica.jaea.go.jp/data/detail/dat_detail_01-05-02-18.html. (参照2021-02-11).
[10] 坪村太郎.“水の電気分解効率をアップさせる秘策”.高純度化学研究所公式ブロク.2019-11-04. https://www.kojundo.blog/new37/,(参照2021-02-20).
[11]M.Peplow,Chem.Eng.News,2019-06-14. https://cen.acs.org/articles/97/web/2019/06/Magnet-doubles-hydrogen-yield-water.html.(参照 2021-02-20).
[12]”水素の製造、輸送・貯蔵について”.資源エネルギー庁.2014-04-14. https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/energy/suiso_nenryodenchi/suiso_nenryodenchi_wg/pdf/005_02_00.pdf.(参照2021-03-01).
[13] “日本産業の中期見通し”.みずほ産業調査.2019-12-05. https://www.mizuhobank.co.jp/corporate/bizinfo/industry/sangyou/pdf/1063_03.pdf. (参照2021-03-01).
[14] 佐藤健太郎.”光触媒の新世界“.東京大学ホームページ.2014-06-10. https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/features/f_00057.html,(参照2021-03-02).
[15] “水素自動車の仕組みについて!燃費や価格の問題点から代表車種まで”.MOBY. https://car-moby.jp/article/car-life/hydrogen-car/.(参照2020-11-15).
[16]“燃料電池車「ミライ」が使う水素は大気圧の700倍、搭載部品も高圧対応が必須”. MONOist. https://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1412/18/news103.html.(参照2020-11-23).
[17]”ボンベの種類とサイズ”. 大東医療ガス. https://daitoh-mg.jp/standard/bombe-variation.html.(参照2020-11-25).
[18] 阿部勲夫.” 水素の物性”.水素エネルギーシステム.Vo1.27,No.1(2002). http://www.hess.jp/Search/data/27-01-048.pdf.(参照2020-11-23).
[19] 藤田真澄.” ロケット燃料としての液化水素”.水素エネルギーシステム. Vo1.23No.2(1998). http://www.hess.jp/Search/data/23-02-008. (参照2020-11-23).
[20]小島和夫,加藤昌弘.”加圧および減圧下における沸点曲線の測定”. https://www.jstage.jst.go.jp/article/kakoronbunshu1953/33/8/33_8_769/_pdf.(参照2020-11-23).
[21]土屋丈太.” 水素社会は実は“アンモニア社会”、用途の広さで浸透”>.日経クロステック.2021-01-13. https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01513/00004/.(参照2021-03-01).
[22] 陰山遼将.”純度99.999%の水素をアンモニアから、低コストな新製造方式を確立”.スマートジャパン. 2017-04-03. https://www.itmedia.co.jp/smartjapan/articles/1704/03/news024.html. (参照2021-03-01).
[23]小林紀.”高効率クリーンエネルギー自動車”.計測と制御. 2000年,1月号,第39巻,第1号.
[24]村上信明.”昨日今日いつか来る明日”.現代図書.2008,223p.
[25]木村隆志,齋藤隆一,久保謙二,中津欣也,石川秀明,佐々木要.”ハイブリッド電気自動車向け高電力密度インバータ”.環境・安全・情報でグローバル社会に貢献するオートモティブシステム技術.2013,vol.95,p.726-730.
[26]田中郁雄.”欧米の超高圧送電線について”.電気学会雑誌.1954,vol.74,no.792,p.1106-1117.
[27]山藤泰.”国際環境経済研究所”.電気自動車の効率アップへの新技術. http://ieei.or.jp/2019/03/column190304/.
[28]内藤健.”究極効率のエンジンを生む新圧縮燃焼原理を発見!”. 2013.p.1-8.
[29]古野志健男.”水素エンジンに革新、驚異の熱効率54% 続けマツダ・ロータリー”.日経BP. https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column /18/00878/072500011/?P=2
[30]文谷数重.”水素電力貯蔵はバナジウム電池に敗北する”. https://japan-inde pth.jp/?p=42129
今回私の研究について、アドバイスやご指導を頂きました仁科先生、伊藤先生、立花先生に深く感謝申し上げます。
私は、普段レーシングドライバーとしてレース活動を行っています。そこで求められる能力は、ドライビングだけではないと感じますが、今期1年間の大学での研究活動により、普段は学べない事や知らない世界を見て学ぶことが出来ました。
「水素社会実現にむけて」というテーマは、今回の卒業研究を行うために作ったものではなく、中学生の時から、水を入れて水しか出さない水素エンジン車を走らせたい!という強い思いがあったからです
高校の入学試験の面接でも、この山形大学での入学試験の面接でも、この考えを強く述べたのを覚えています。
自動車のエンジンについては、私自身、男子なので、機械のことは何となく見て考えて分かる事が多いですが、水素エンジンの水素の部分に関しては、勉強をしないとまったく想像も出来ない世界でした。高校や大学で不得意な化学を専攻したのも、その為で、この水素エンジン車の開発をしたかったからです。
悔しいですが、今回の卒業論文の提出には、僕が目標としていた、水素の製造から運搬・貯蔵、利用までの一連の完璧な流れを、1つ提案することまでには至らず、この論文は未完成です。しかし、その目標に向け、高校、大学と化学を専攻して、やっと答えが自分の中でみえてきて、嬉しく思います。
実は前述したレース活動では、その活動に掛かる資金が莫大で、その為のスポンサー活動とレース活動に集中する為に、2016年から2018年までの三年間は、大学を休学したり復学したりを繰り返していました。
そんな普遍的な学生生活を送る僕に対して、学年が変わってもいつも変わりなく仲良くしてくれた同期の仲間、毎年いきなりクラスに新入りする僕を、分け隔てなく受け入れてくれた、後輩の仲間には、感謝しています。大変な大学生活とレース活動をこなしていく中での、大切な力強い仲間になっていました。みんなありがとう。やっと卒業できそうです。
そして、いろんな問題が起きても、いつまでもどんなことにも、いつも笑って、時には真剣に、耳を傾けてくれた先生方、本当にありがとうございました。沢山の事を万部事が出来ました。
この7年間の大学生活は、サークルに行ったり、飲み会に行ったりの、THEキャンパスライフは、送れなかったけど、ここで学んだものは掛け替えのない宝物です。
また、ここまで長い大学生生活を送っていると、ほんとうに沢山のことが起きました。どんな時も、一緒になって頑張ってくれた家族には感謝しきれません。これからは僕が恩返し出来る様、この論文にも述べた、研究開発も、レース活動も全部全力で取り組んで行こうと思います。
私が今後提案する水素社会が、30年後に実現している事を心から願い、本論文を閉じさせて頂きます。
最後まで目を通して頂きありがとうございます。