現代の電気化学

2020/05/14
大里京祐

第2章 2.2.2 電極の平衡を決定する熱力学諸量

本節では、電極系の平衡を論ずる場合に必要な、イオンの熱力学量および活量の 定義について述べる。

i)イオンの標準生成エンタルピー、自由エネルギー、エントロピー

まず、標準状態の成分元素ガスからの水和イオンの生成反応を考えて見よう。

1/2H₂(g)+1/2Cl₂(g)=H⁺(aq)+Cl⁻(aq)

この反応は、まず元素ガスから標準状態のHCl(g)を生成させ、それを水に溶解させた反応とみなせる。 したがって、この反応による両イオンの生成エンタルピー(enthalpy of formation)は、第一段の反応のエンタルピーと第二段のそれの和となる。一般にガスの水への溶解に伴う反応熱は、溶解濃度により変化するが、無限希釈時には一定値を示す。HCl(aq)に対 して、 ΔH⁰ f2 =ー74.85kJ/molが得られる。したがって、成分元素から無限希釈の H+(aq)およびCl⁻(aq)が生成する標準生成エネルギー(standard formation) は、

ΔH⁰ f = ΔH⁰ fH⁺ + ΔH⁰ fcl⁻ =-167.2kJ/mol

となる。ところで、カチオン、アニオンは必ず対で挙動するため、イオンの生成エネルギーの絶対値を独立に求めることはできない。 そこで、無限希釈においては、 ΔH⁰ fH⁺ であると定義する。これにより ΔH⁰ fCl⁻ =-167.2kJ/molが定まる。 このようにして、すべてのイオン種に対する標準生成エンタルピーが、 ΔH⁰ fCl⁻ を基準にその相対値として定まる。 カチオン、アニオンを合わせた各種イオンの標準生成自由エネルギーおよび標準生成エントロピーは、電池の起電力やその温度変化等から決定できるが、 個々のイオンに対するそれらの絶対値を求めることはできない。そこで、エンタルピーの場合と同様、H+(aq)の生成に対する標準生成自由エネルギー、標準生成エントロピーを それぞれ ΔG⁰ fH⁺ =0、 ΔS⁰ fH⁺ =Oと定義して、これを基準に各イオンのそれぞれの値を定める。




ii)化学ポテンシャル

化学ポテンシャルは多成分系、特に電気化学系の平衡論を扱う場合に極めて重要な概念であり、活量はこの化学ポテンシャルの値を決める物質の量に関係する基本量である。 多成分系のGibbsの自由エネルギーGは、温度T、圧力Pの外、モル数n₁、n₂、⋯ n i ⋯の状態関数である。それ故、熱力学の教えるところにより、次の関係が 成り立つ。

(2.39)
ここでjはi以外の総ての成分を意味する。
(2.40)
を定義し、これを成分iの化学ポテンシャルと呼ぶことにする。式から明らかなように、μは外部からイオンiがd n i モルが系に出入りしたとき、GにdGの変化が起こることを示す。 T、Pが一定の場合は、(2.39)式右辺第一、第二項は零となり、次式が得られる。
(2.41)
この式は、系に種々な成分が出入りしたときのGの変化量を表わす。T、P一定の もとで、系内の異相間で平衡が成立する条件は、次式で表現できる。
(2.42)
熱力学の帰結として、これらの化学ポテンシャルは、後述する物質の活量aと次の関係にある。

μ i =μ⁰+RTln a i (2.43)

ただし、μ⁰は反応物質の活量が1の時の化学ポテンシャルで、標準化学ポテンシャルと呼ばれる。



iii)反応関与物質の活量、活量係数

さて、多成分からなる溶液において、溶質濃度があまり高くないときは、理想溶液の挙動を示す。すなわち、溶媒蒸気圧はラウールの法則(Raoult'slaw)に従い、ガスの溶解量はヘンリーの法則(Henry'slaw)に従う。 このような溶液の溶媒または溶質の化学ボテンシャルは濃度表示法に対応して各々次式で表わされる。

  • μ= μ x ⁰+RTlnx
  • μ= μ m ⁰+RTlnm
  • μ= μ c ⁰+RTlnC
  • ただし、x、m、Cは注目成分のモル分率、重量モル分率、容量モル分率を各々示す。は各濃度尺度における標準化学ポテンシャルで、理想溶液挙動をx、m、C→1に外挿した値である。 溶質濃度が高かったり、溶媒-溶質間の相互作用が強い場合、このような理想的挙動を示さなくなる。このような場合には、x、m、Cに変えて次式で定義される各濃度尺度と対応する 活量を用いる必要がある。


  • a x = r x x
  • a m = r m m
  • a c = r c C

    ここで、γは各々の濃度基準の活量係数と呼ばれ、圧力や濃度の補正係数で、理想状態からのずれを示す尺度である。固体の場合には常にa=γ=1 とする。 各活量係数は相互に次式で関係づけられることが導かれる。


    r x = r m (1+0.001νm M E ), γ m =C/m d 0 × γ c

    ただし、ν=1、 M E は溶媒分子量、 d 0

    は純溶媒密度である。後述の平均活量係数に関しては、それらを上式の対応濃度基準の活量係数と置き換え、νを1モルの溶質の溶解により生ずるイオンのモル数で置き換えた関係がある。 希薄溶液では各活量係数に大差ないが、高濃度では大きな差が生ずる。

     イオンについても同様に活量、活量係数が用いられると便利である。電気化学系では通常、電解溶液中の反応物が例えば次のように解離して、イオンとして反応物質に加わる。



    参考文献

  • 現代の電気化学