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🌡️ 📆 令和6年4月26日

溶融塩取り扱いマニュアル

1.

3.2 溶融塩系の測定
3.2.1 溶融塩ってどんなもの?
溶融塩ってどんなものか、皆さん、見たことがありますか?薬品の融点を使って温度計の目盛りを確かめるテーマで、学生実験で使ったことがあるかもしれません。でも、ほとんどの人は、その一生の中で溶融塩そのものを見ることはほとんど無いかもしれません。でも、溶融塩って昔から大切なところで活用されてきたものですし、工業的にも無くてはならないものになっています。高校の化学の教科書にあるように、溶融塩がなければナトリウムやカリウムどころか、身近なアルミニウムすら金属として取り出すこともできませんでした。こんなふうに溶融塩はとても大切なものなのです。
電気化学でふつうに使う電解液というものは、水などの液体に食塩水酸化カリウムなどを溶かした『溶液』というものです。水に食塩水酸化カリウムを入れると、それらは水の働きで、電気を帯びたイオンにまでばらばらになります。ばらばらになったイオンはもう目に見えませんから、溶液は溶かす前の水のように透き通って見えます。そして、この目に見えないイオンが液体の中で自由に動き回るから電気が流れるのです。でも、水の働きでばらばらにするのですから、水の量にくらべてイオンの数をあまり多くすることはできません。また、イオンだけでなく水の性質が電気化学反応にかかわってきます。
ではイオンだけを自由に動かす方法はないのでしょうか。乾いた食塩だけを800℃以上に加熱して解かすと水みたいな透き通った液体になります。ここでの「解かす」は、氷を解かすの解かすであって、溶液のときの「溶かす」とは違うことにご注意下さい。さて、この解けた液体の中では、食塩イオンにまでばらばらになっています。つまり、高温にしてやれば水がなくてもイオンだけを自由に動かせるのです。このように食塩のような塩を解かした液体を溶融塩と言います。
溶融塩の中ではイオンだけが動き回るのですから、同じ体積であれば溶融塩中のイオンの数は溶液にくらべてとても多くなります。でもどろどろした液体ではなく、たいていの無機物の溶融塩は、水と同じぐらいさらさらしているか、ちょっとねばっこいぐらい(粘度にして~1 mPa・sの数倍以内)です。さらさらした液体だということは、イオンが動きやすいということです。つまりイオンの動きは水とそれほど変わらずにイオンの数だけ増えるのですから、とても電気を通しやすい(導電率にして1M KCl水溶液の10倍以上)液体だということです。また、水が電気分解する電圧(1.23V)より、溶融塩になった食塩が電気分解する電圧(3.24V)の方がずっと大きいので、電気分解の心配をしないで、高い電圧を使うこともできます。さらに、溶融塩には水が入っていませんから、水と反応してしまうナトリウムやカリウムを取り出すようなこともできます。
こういうことから、溶融塩は電解質としてとても優れた特徴を持つと言えるのです。溶融塩系の電気化学測定と言っても、水溶液系と特にかわったことはありません。サイクリックボルタンメトリーやポテンシャルステップ、ACインピーダンスの測定など、水溶液系でおなじみのものです。ただ、溶融塩が高温であることや、水を嫌うために、実験装置やリード線をつなぐときに工夫をしなくてはなりません。たとえば熱い溶融塩から装置は遠ざけると、リード線が長くなるため浮遊容量や浮遊インダクタンスの影響などといった、ふだん聞きなれないような電気信号の変化にまで気を使わなくてはなりません。溶融塩系の実験で皆さんが悩むところは、おそらくこんな実験技術上のノウハウでしょう。そこで、本稿ではこれまでほとんど語られることの無かった経験がものを言う世界、実験テクニックについて解説します。溶融塩自体の物性や取り扱い技術に関しては、『電気化学便覧』1)や『溶融塩・熱技術の基礎』2)が詳しいので、そちらもごらんください。
3.2 溶融塩系の測定

山形大学大学院理工学研究科生体センシング機能工学専攻
助教授 仁科辰夫
〒992-8510
米沢市城南4丁目3-16
Tel: 01238-26-3136, Fax: 0238-26-3413
Email:  nishina@chem.yz.yamagata-u.ac.jp


本文原稿枚数 9ページ
図数 5
表数 0
脱稿年月日 2001/09/06


3.2 溶融塩系の測定
3.2.1 溶融塩ってどんなもの?
溶融塩ってどんなものか、皆さん、見たことがありますか?薬品の融点を使って温度計の目盛りを確かめるテーマで、
学生実験で使ったことがあるかもしれません。でも、ほとんどの人は、その一生の中で溶融塩そのものを見ることは
ほとんど無いかもしれません。でも、溶融塩って昔から大切なところで活用されてきたものですし、工
業的にも無くてはならないものになっています。高校の化学の教科書にあるように、
溶融塩がなければナトリウム、カリウムどころか、身近なアルミニウムすら金属として取り出すことも
できませんでした。こんなふうに溶融塩はとても大切なのです。
電気化学でふつうに使う電解液というものは、水などの液体に食塩水酸化カリウムなどを溶かした『溶液』というものです。
水に食塩水酸化カリウムを入れると、それらはは水の働きで、電気を帯びたイオンにまでばらばらになります。
ばらばらになったイオンはもう目に見えませんから、溶液は溶かす前の水のように透き通って見えます。
そして、この目に見えないイオンが液体の中で自由に動き回るから電気が流れるのです。
でも、水の働きでばらばらにするのですから、水の量にくらべてイオンの数をあまり多くすることはできません。
また、イオンだけでなく水の性質が電気化学反応にかかわってきます。
イオンだけを自由に動かす方法はないのでしょうか。
乾いた食塩だけを800℃以上に加熱して解かすと水みたいな透き通った液体になります。
ここでの「解かす」は、氷を解かすの解かすであって、溶液のときの「溶かす」とは違うことにご注意。
さて、この解けた液体の中では、食塩イオンにまでばらばらになっています。
つまり、高温にしてやれば水がなくてもイオンだけを自由に動かせるのです。
このように食塩のような塩を解かした液体を溶融塩と言います。
溶融塩の中ではイオンだけが動き回るのですから、同じ体積の溶融塩イオンの数は溶液にくらべてとても多くなります。
でもどろどろした液体ではなく、たいていの無機物の溶融塩は、水と同じぐらいちゃぷちゃぷしているか、
ちょっとねばっこいぐらい(粘度にして~1 mPa・sの数倍以内)です。
つまりイオンの動きは水とそれほど変わらずにイオンの数だけ増えるのですから、
とても電気を通しやすい(導電率にして1M KCl水溶液の10倍以上)液体になっています。
また、水が電気分解する電圧(1.23V)より、溶融塩になった食塩が電気分解する電圧(3.24V)の方が大きいので、
電気分解の心配をしないで、に高い電圧を使うことができるというものです。
さらに、溶融塩には水が入っていませんから、水と反応してしまうナトリウムやカリウムを
取り出すようなこともできます。
こういうことから、溶融塩は電解質としてとても優れた特徴を持つと言えるのです。
溶融塩系の電気化学測定と言っても、水溶液系と特にかわったことはありません。
サイクリックボルタンメトリーやポテンシャルステップ、ACインピーダンスの測定など、
水溶液系でおなじみのものです。
ただ、溶融塩が高温であることや、水を嫌うために、
実験装置やリード線をつなぐときに工夫をしなくてはなりません。
たとえば熱い溶融塩から装置は遠ざけると、リード線が長くなるため浮遊容量や浮遊インダクタンスの影響など
といったふだん聞きなれないような電気信号の変化にまで気を使わなくてはなりません。
溶融塩系の実験で皆さんが悩むところは、おそらくこんな実験技術上のノウハウでしょう。
そこで、本稿ではこれまでほとんど語られることの無かった経験がものを言う
溶融塩系の実験テクニックを解説します。溶融塩自体の物性や取り扱い技術に関しては、『電気化学便
覧』1)や『溶融塩・熱技術の基礎』2)が詳しいので、そちらも見てください。

3.2.2 溶融塩系の電気化学測定セル
図3.2.1は著者らが溶融炭酸塩系の実験に使う電気化学測定セルの概略です。
このセルにどんな秘密が隠されているのか皆さんにお教えしましょう。
溶融炭酸塩系は、たいてい炎と同じぐらいの650oCで実験します。
容器にふつうの化学実験でおなじみのパイレックスガラスを使ったのでは解けてしまいます。
たとえ肉が厚くても500oCが限界です。
そのため、容器材料には650oCでも解けない石英ガラスやアルミナ材などを使わなくてはなりません。
アルミナ材の中でも透明なサファイアを使えば溶融塩がどうなっているか実験中に覗くことができますが、
サファイアはとても高価な上、手ごろな大きさや形のものが簡単に手に入らないので、おいそれとは使うことができません。
ふつうのアルミナ焼結材はサファイアよりも安価ですが、それでも高価な上、不透明なので、
容器の外から内側がどうなっているかを覗くことができません。

このため、著者らは外から実験セル系を隔離する反応管容器として透明な石英ガラスを使っています。
しかし、溶融炭酸塩は石英ガラス(SiO2)をいとも簡単に溶かしてしてしまうため、
溶融塩が入れておくセル部分には石英ガラスも使うことができません。
そこでそこには耐食性に優れた高純度アルミナ材のビーカー型坩堝をセルの部材として使用しています。
外側のアルミナ坩堝は、万一この内側のアルミナ坩堝が割れて溶融塩が漏れ出たときに、
うっかり反応管容器を壊さないための備えです。

高温に曝されるアルミナ坩堝はいずれ割れるのですが、
いつ割れるのかは、製造ロットや外見からは予想がつかないからです。

この高純度アルミナ坩堝の大きさですが、高温状態にある溶融塩中にいろいろな電極を配置する都合から、
50 cm3程度の溶融塩の体積が欲しいところです。このため、内径が5 cm程度で高さが10 cm程度の大きさのビーカー型アル
ミナ坩堝を使っています。溶融炭酸塩の密度は2 gcm-3程度ですから、この坩堝に100 gの溶融炭酸塩を入れれば、
内径5 cmの空間と2.5 cmの溶融塩の深さが確保できます。このぐらいの空間と溶融塩の量があれば、
熱さからも護るためにアルミナ坩堝から30 cm以上離したセルキャップから電極類をうまく配置することができますし、
各電極類を十分に溶融塩に浸すことができるわけです。
このセルでは、水溶液系でよくやりがちな、隔膜による測定室と対極室の分離といったこと
はやっていません。これは、通常のサイクリックボルタンメトリーのような短い時間の測定では、対極で起こる反
応の影響がほとんどないためで、できるだけセルの仕組みを単純にします。ただし、マクロ電解の
ように長時間にわたって測定するときには、対極室を別に設けて目的の反応への影響しないようにしなくてはなりません。
このような観点からセルを設計します。

次にセル系を保持する反応管容器の大きさや長さですが、内部に入れるセル系の大きさが決まれば、それに合わ
せて反応管容器の大きさ(径)を決めます。反応管容器の長さは、溶融塩を均一な温度に保つように、まず電気炉を
設計し、そこから自動的に決まっていくことになります。
電気炉では、ヒーター部のだいたい真中が均温部分になりますが、
5 cm以上の均温部分を確保するためには30 cm以上のヒーター部分の長さが必要です。著者らは、
ヒーター部分を上中下の3段に分けて、そのそれぞれの部分の電力をうまく調節して均温部分を
長くとる工夫をしており、ヒーター部分の全長は30 cmとしています。この真中に溶融塩を入れたセル部
分を配置するのですが、ヒーター部の上下には厚さ5 cm程度の断熱材が入りますので、この電気炉部分だけで反
応管容器は30 cmの長さが必要です。さらに、この反応管容器の上部には、電極類を導入したり保持した
りするためのセルキャップと組み合わせるわけですが、溶融塩の精製(乾燥等)のために真空を保つように
O-リングで密封します。このため、この部分が熱くならないようにしなければO-リングが燃えてしまうので、
反応管容器の固定も兼ねた高さ5 cm程度の水冷ジャケット部を設けます。たとえ水冷
ジャケットで冷やしていても、この部分はかなり温度が高くなるので、耐熱性に優れたシリコーンゴムや
フッ素系ゴム材(バイトンやFKM等)のO-リングを用います。さらにこの上部にガス・ハンドリングや真空操作のた
めのポートや、電極を保持するためのセルキャップが付くことになります。このため、溶融塩の液面からセル
キャップ上端までは約45cm程の長さになるわけです。
図3.2.2は、このようなセルです。(a)はセル部、(b)は電極類を導入する反応管容器の上部です。こ
の写真はLiCl-KCl系の場合のため、パイレックスガラスが使えます。(a)ではセル部分を見るために電気炉
を引き下げたところの写真で、無色透明な溶融塩に各種電極類がセットされている状態が観察できると思いま
す。実験中に溶融塩の状態をこのように視覚的に確認できるということは、実験データの信頼性確保や安全性の
点でも大切なことなのです。(b)では水冷ジャケットに固定されている反応管容器や真空タイトな電極類の具体
的な保持のしくみが分かると思います。


3.2.3 電極類の構造
図3.2.3は電極類の構造の概略です。これは著者らが溶融炭酸塩系で使用しているもので、アルミナ保護
管を含めた長さは50 cmです。(a)は参照極で、溶融炭酸塩の場合は、O2:CO2を1:2で混合した
ガス電極(標準酸素極)を使います。このガス電極は二重管構造になっており、内管内にφ0.3 mmのAu線を通し、
外管内下部に保持した溶融塩に浸っています。ガスは内管から供給され、内管と外管の隙間を通って電極外に排
出されます。外管底部にはφ0.5 mmのピンホールを開けており、これにAu線をガスバーナーで溶融してプラグ
して取り付けています。参照極内の溶融塩と動作極測定室との液絡は、このAuプラグとの隙間を通して実現さ
れ、この隙間部分をできるだけ小さくして参照極内の溶融塩と測定室内の溶融塩が混ざるのを防いでいま
す。
溶融炭酸塩系の参照極としては、この標準酸素極しかないと言っても過言ではありませんが、塩化物系やフッ化
物系などでは1M Ag+/Agや、Cl2, F2ガスを用いた塩素電極、フッ素電極といったガス電極が参照極として使うこ
ともあります。また、溶融塩内でLiを析出させてLi+/Li電極として使うこともあります。どん
な参照極系でも同じですが、経験上、参照極内の溶融塩の液面を、動作極測定室内の溶融塩の液面レベルよ
りも高くしておくと安定な電位測定ができるようです。

動作極、対極は基本的に同じような構造となっています。著者らはアルミナ管内部にはAg線を用い、アルミナ管
底部でAu線に溶接し、アルミナセメント以下ではAu線がむきだしになるようにしています。接続ケーブルと接続する部
分には、強度を考慮してタングステン線を使用しており、銀ロー付けによってアルミナ管内のAg線と溶接しています。しか
し、少し奮発できるなら、アルミナ管内部のAg線としてφ1mm程度の太い線を使えば、これをそ
のまま接続ケーブルと接続する部分として使っても良いでしょう。著者らは貧乏ですから、アルミ
ナ管内部のAg線にはφ0.5mmのものを使っています。
対極に使用する部分には、電極面積を大きくすること、電流分布、強度の観点からφ1mmのAu線を使っており、
これをリング状に加工してセル底部に配置します(図3.2.1参照)。これに対して動作極のほうは、アルミナ管からは
φ0.5mmのAu線を使っています。このAu線下部に動作極のリード線(φ0.3mmのAu線等)をスポット溶接すること
で、動作極を取り替えられるようにしています。
動作極の構造については、研究者によっていろいろな流儀があり、百花繚乱(いろいろな花が咲き乱れている)
といえます。水溶液系では金属をガラス封止したりテフロン封止したりして、
リード線部分でのメニスカス部がなくなるようにしたシール電極構造が良く使われ、同じことを溶融塩系でもやります。
しかし、溶融塩系は高温であることが多く、封止材と電極金属との熱膨張率の違いで、確実な封止が難しい場合がほとんどです。
さらには、溶融炭酸塩のように腐食性が激しく、酸化物などの封止材と完全に濡れてしまうような場合には、
金属部分と封止材との隙間に溶融塩が深く沁み込んでしまうため、その部分が薄層電極として動作し、
正しい結果にならないことがあります。ホントにそういう論文がありますので、皆さん注意しましょう。
こんな現象を防ぐには、著者らが使っている旗型電極が一番です。これは、0.1 mm程度の肉厚の金属
を所定の形に切り出し、これにφ0.3mm程度の同種金属の細線をスポット溶接したもので、一切のシール部分を
持ちません。この裸の金属箔の上端面が溶融塩中に5mm以上の深さになるように浸すのです。メニスカス部
分の影響に関しては、金属細線のみを同じ深さまで溶融塩に浸漬して電極挙動を測定すれば把握できますので、
その電流値を実際の動作極のデータから差し引くことによって金属箔部分だけの電流値を求めることもできます
し、ほとんどの場合はメニスカス部の影響は無視できます。というよりも、メニスカス部の影響が無視できるよ
うに金属箔部の大きさを決めるのです。著者らは、金属箔部にはφ5mmに打ち抜いたものを、リード線部には
φ0.3mm程度の金属細線を使っています。リード線が少々太いと感じるかもしれませんが、溶融塩が高温系である
こともあり、髪の毛一本を水に差し込もうとするように、金属線が溶融塩表面張力に負けてしまって
電極が溶融塩に浮いてしまい、浸すことが出来なくなってしまうことがあるためです。
経験上、φ0.3mm程度の金属細線を使うことで、溶融塩中に確実に電極を浸すことができます。

3.2.4 溶融塩には魑魅魍魎(ちみもうりょう=おばけ)が棲んでいる?
以上、溶融塩系の実験技術上のノウハウやセル系の設計法などについて解説してきました。著者が学生時代に溶
融塩系の実験を始めた頃には、このような知識が足りず、信頼できるデータが得られるようになるま
でに随分多くの経験を積む必要がありました。そのころは、溶融塩の中には魑魅魍魎が棲んでいると真剣に感じ
たものです。しかし、溶融塩の特性というものがわかってくると、魑魅魍魎なんて言っていたことが笑い話になっ
てしまいます。このような実験上のノウハウといったものを後世に確実に伝承し、若い皆さんが要らぬ苦労をし
ないで済むようにしていきたいものです。以下では、そんな話題をいくつか紹介します。
図3.2.4はグローブボックスというもので、とても重いステンレスの塊という装置です。これを設置するときに
は床の強度にも注意が必要で、重さで床が抜けないようにしましょう。溶融塩の中には、無水塩化アルミニウム
のように水分にとても弱いものが多く、溶融塩の精製の第一歩は塩の乾燥に始まります。例えば、塩化物系は、
ちゃんと乾燥して精製した場合にはパイレックスガラスを用いてもあまり容器の腐食が起こらず、
1週間程度の実験にも十分に耐えるものです。しかし、水分があると溶融塩の中に水酸化物イオンや酸化物イオンが生成し、
ガラス容器の腐食が驚くほど進むことがあります。グローブボックスとは、このように水分や酸素を嫌う物質を保管したり、
実験操作をするのに使うもので、写真下部にあるガス精製・循環装置によって乾燥・脱酸素したアルゴンガスで
内部が一杯に満たされており、外部空気とは完全に隔離された環境を提供するものです。
写真の装置では露点温度-90oC程度のカラカラに枯れた環境を構築することができます。
溶融塩の研究者の中には、このグローブボックスの下部に穴をあけ、この穴の部分にステンレス製の反応管容器と電気炉を設置し、
完全に管理された環境で実験を行う人もいます。でも、グローブボックスでの作業は、
分厚いゴム手袋(グローブ)を介して行う必要があるため、作業はとてもやり辛いものです。
リチウムイオン電池系も水分を極度に嫌うので、このグローブボックスは必需品となっています。正しい
データを出すためには、このような苦労を厭わないことも必要なのです。
次は溶融塩の精製の話ですが、精製にはあるガスを溶融塩に長時間バブリングするということが良く行われます
が、使用されるガスは溶融塩を構成するアニオンに関係したものが多いです。例えば、溶融炭酸塩では炭酸ガス、
塩化物系では塩素や塩化水素ガス、フッ化物系ではフッ素やフッ化水素ガスが使用されます。勿論、塩化水素やフッ化水素
などは水分を含んでいるのが通例ですので、五酸化二リン等の乾燥カラムに通すことで脱水してから使わなくてはなりません。
このガスバブリングでの精製で溶融塩中の水分や酸化物イオンを取り除けます。このガスバブリングによる精製効
果は、残余電流の測定で確かめることが出来ます。図3.2.5は塩化水素ガスと塩素ガス吹込みによる塩化リチウム-塩化カリウム
共晶溶融塩の精製効果をカソード分極下での残余電流を測定した結果であり、塩素ガス吹込みのほうが精製効果が
大きいことがわかります。これは以下の反応によるものです。
O2- + Cl2 = 1/2 O2 + 2Cl- (3.2.1)
OH- + Cl2 = 1/2 O2 + HCl + Cl- (3.2.2)
このような精製を十分に実施しないと、ガラス容器を腐食し、結果として不純物を溶融塩に導入してしまうこと
になり、魑魅魍魎が棲んでいるなどと言い出すことになるわけです。このようなガラス容器の腐食が起こった場
合は溶融塩が白く濁るので、視覚的に溶融塩の状態を確認できるセル構造にしておくことが大切なのがお
分かりいただけたでしょうか。
以上はアニオンの精製の話ですが、重金属イオン等のカチオン除去は0.3 mAcm-2程度の定電流でカソード電解す
る前電解操作を12時間ほど続けると良いようです。勿論、溶融塩のもとになる単塩の段階でも十分に高純度な試
薬を使い、さらに精製しておかなければなりません。各種溶融塩の精製法の詳細に関しては『溶融塩・熱技術の基
礎』2)が詳しいので、そちらをご覧ください。
最後に、溶融塩が高温系であるが故に付随する問題です。溶融塩系の実験では、高温系であるが故に、電極リー
ド線が50 cmという長さが必要になり、その浮遊容量と浮遊インダクタンスが問題になります。特にインダクタ
ンス分の増加は誘導性ノイズを電気炉から拾いやすくなることを意味しており、これを防止するために電気炉の
ヒーター部にシールド処理を施したりします。また、浮遊容量や浮遊インダクタンスの大きさは、ポテンシオス
タット等の測定器からセルへの接続ケーブルなどに使われる同軸ケーブルの特性が参考になります。例え
ば、3D2V同軸ケーブルの浮遊容量と浮遊インダクタンスは1 mあたりおよそ100 pF, 250 nHであり、その直列共振
周波数は、
  = 31.8 [MHz] (3.2.3)
となります。電極部分にインピーダンスマッチングを施すことはほとんど無理ですから、高速な電極反応の反応
速度測定のためにパルスを印加したときなど、電極にこのような高周波信号が印加されることになります。しか
も、溶融塩系は高温であるが故に、一般に電極反応速度が大きく、その高精度測定を阻むもとになるわけで
す。さらに駄目押しがあり、溶融塩系はそのイオン強度が大きいために電気二重層はコンパクトになっており、
二重層容量が100 μFcm-2と水溶液系の5倍にもなるために、さらにこの高周波振動の周波数が低くなり、反応速
度測定をさらに難しいものにしてしまいます。
また、二重層容量が大きいということは、負帰還回路が基本となっているポテンシオスタットの負帰還回路内に
大きな容量成分が入ることとなり、ポテンシオスタット自体の周波数特性がカタログやマニュアルに記載されて
いる純抵抗での周波数特性よりも悪くなるので注意が必要です。これは水溶液系にも言えることなのですが、最
近は周波数応答解析機(FRA)が一般化したため、数10kHz以上の周波数のACインピーダンス測定まで行われ、高周
波側でインダクタンス成分が表れているデータが頻繁に論文に見られるようになってきました。しかし、そのほ
とんどはポテンシオスタットの高周波応答がついていけないために、見かけ上インダクタンス成分として表れて
いるものだと断言できるものが多いのです。通常の電極の大きさでは、ポテンシオスタットが応答できる周波数
は数kHzが限界だと考えて差し支えありません。ACインピーダンスを測定するときは、交流応答波形をオシロ
スコープでいつも観察し、応答波形に歪が出ていないかを確かめるべきです。皆さん、注意しましょう。
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