技術者倫理

1923年9月1日の関東大震災では、「朝鮮人が放火や略奪を犯した」というデマが流れ、各地で自警団による朝鮮人虐殺が起きました 1 )

その一因となったのは新聞です。 文字情報は、記録としてコピーしやすいため、風評やデマの原因となりやすいのです。 また、文字情報のコピーのしやすさは、大衆を巻き込むことができます。 その結果として、文字情報の量産は、権威を暴走させるリスクをはらみ、正しいか否かの二極化を招きます。

グーテンベルグによる活版印刷の発明は、カトリックとプロテスタントの衝突を招き、 ついには、宗教戦争を引き起こしました。 これも、活版印刷という技術による文字情報の量産が、権威を暴走させ、カトリックかプロテスタントかの二極化を招いたからにほかなりません。

ワットによる蒸気機関の発明は、動力の利用を可能にし、産業革命を引き起こしました。 蒸気機関を使った輪転印刷機の技術によって、さらなる文字情報の量産が可能になりました。 その産物が新聞であり、その新聞がデマの片棒を担ぎ、不幸な結果を招いたのは、関東大震災の例に見る通りです。

このように、極端な文字の量産は、権威を暴走させ、集団の全体主義に結びつきます。集団に働く同調圧力が、集団の二極化に拍車をかけます。 お互い正しさを主張して譲ることが無ければ、大きな争いになりかねません。 だから、白黒つけて、すっきりするのも、大概にしなければなりません。

関東大震災で、デマの一因となった新聞の弱点を克服するため、後藤新平らの尽力により1925年には、ラジオ放送が開始されました 2 ) 。放送によって情報は、記録に頼る文字だけでなくなりました。音声と即時性によって、情報による混乱は減るかに見えました。

しかし、このラジオを使った放送技術も、軍によるプロパガンダに利用されるようになりました 3 ) 。 日本が真珠湾攻撃し、世界の悪役となったのも、情報を取り扱う技術の弊害と言えるかもしれません 4 )

そして今、情報のコピー、記録、通信、放送といった技術に、デジタル技術が応用されるようになりました。 デジタル技術は便利な反面、さらなる弊害やリスクを生み出しています。 デジタルトランスフォーメーションが叫ばれる今、 デジタル技術とは何かを考え、デジタル技術の弊害の具体例をひとつ選び、それを例にとって技術者として何をしてゆけばよいか議論してみましょう。


===例===

題名:レポートのコピペ問題

デジタル技術の弊害の具体例として、レポートのコピペ問題を選んだ。

デジタル技術とは?

デジタルとは、情報を0と1のどちらかで表現することだ。 1970年代、写真製版技術を半導体回路に応用したことで、デジタルコンピュータが大いに発展した。 次いで1990年代、光ファイバー技術によって、通信速度が飛躍的に早くなり、ネットが身近になった。 今や、文字ばかりでなく、スマートフォンのマイクやカメラで記録された膨大なデジタル情報を ネットを通じて高速に世界中へコピペできるようになった。 SNSも、ゲームも、そしてこのコロナ禍のオンライン授業も、デジタル情報のコピペ技術のおかげと言っていい。

デジタル技術の弊害

しかしながら、誰でもたやすくコピペできるようになったおかげで、 自ら表現し、相手に伝える努力の価値が忘れられつつある。

自ら表現し、相手に伝える努力の価値が、もっとも尊ばれるのは、ラブレターであろう。 平安の女性は、その気持ちを伝えるのに、美しい紙に、流暢な文字で、表現し、ついには、ひらがなや和歌、という日本が世界に誇る文化まで生み出した。 これが、あたりきりの紙に、コピペされた言葉が印刷されているだけだとしたら、 百年の恋も一時に冷めるというものである。

レポートだって、論文だって、履歴書だって、人に想い伝える努力という意味では、ラブレターと何ら変わるところがない。 その人の感情や思想が、その人だけの言葉で綴られた表現だから、受け取った人の豊かな感動を呼び覚ましたり、役に立つ行動を促したりするのである。

ところが、その便利な、コピペ技術に依存しすぎる人が出てきた。 オンライン授業では、過去に作られた資料をコピペして使いまわしはじめた。 それどころか、ネット上の他人の著作物をコピペしている資料も珍しくない。 課題の採点を機械任せにしはじめた。 提出する課題も、良い評価の他人の課題のコピペですませるようになりはじめた 5 ) 。 さらに、コピペをチェックするアプリやサイトも現れた 6 ) 。 直接のコピペではないものの、 卒論の代行や、職場での昇進論文代筆サービスもある 7 ) 。 もちろん、履歴書代行サービスもある 8 ) 。 そんな状況にあって、いまだに手書きの履歴書の提出を求める会社も多い。 手書きの文字に、何とかその人らしさを嗅ぎ分けようとするためだろう。

デジタル技術の方向性

その人らしさを大切にすることは、その人であることを証明することだ。 その人であることが、証明されれば、フィッシングメールや、振り込め詐欺の犯罪抑止につながるだろう。 デジタル技術は、そこを意識したものに向いてゆくだろう。

たとえばGoogleの新アプリ「Google Duo」はシンプルなビデオ通話サービスだ。 Duoのユニークな機能にノックノック機能がある。これは、着信した通話に応答する前に相手の映像を表示する機能だ 9 ) 。 これがあれば、かけてきた相手が、その人であることは一目瞭然だ。 その人であることが、一瞬で証明される。 おおくのアプリが、このような姿勢で技術開発に臨めばコピペの弊害は少しは減るように思える。 WebClassのようなe-larningアプリでも、そうなってほしい。

ただ、どんな技術でも、最後は使う人の姿勢による。 レポートは、相手を笑顔にする贈り物だ。 それさえ忘れなければ、提出する側も受け取る側も幸せになり、お互いの財産となる。 コピペ技術もより良い方向に活用されるに違いない。


参考文献