【巻頭言】 総合的な研修のススメ 立花 和宏 * 技術系社員の採用にあたって「弊社では入社後の英語研修制度があります」との説明はよく聞くが、物理研修や地学研修について聞くことはほとんどない。まして生活研修や介護研修などと言い出せば、材料開発とどんな関係があるのかと訝しく思われるかもしれない。 しかし「風が吹けば桶屋が儲かる」ではないが、ものごとは意外なところでつながっている。地球環境を守るため、国が進めてきた政策が、ゼロ・エネルギー住宅だ(ZEH、ゼッチ)。住宅の断熱性能を高めて省エネとし、太陽電池モジュール(PV、フォトボルタイク)で発電した電気を活かし、エネルギー消費量の収支ゼロを目指す。このZEHの普及を促すため、発電して余った電気を買い取る仕組みを国が約束した(固定価格買取制度)。その約束から10年が過ぎ、今度は余った電気を自家消費するため、蓄電システムにためて、エネルギーを管理(HEMS、ヘムズ)しようというZEH+(ゼッチプラス)が定義された。2018年のことである。そして、そのZEH+の主役を担う蓄電システムこそ電気自動車(EV)なのである。 EVはもはや単なる移動の手段ではない。動く蓄電システムである。このパラダイムシフトは、EVの設計コンセプトを大きく変えるだろう。これまでEVは、ガソリン車に匹敵する航続距離を得るため、電池の容量アップを目指してきた。しかし蓄電システムとしてのEVは、そもそもガソリン車と競合し得ない。そのEVとZEH+を連携させるのがV2H(ヴィークル・トゥ・ホーム)機器だ。V2H機器は、パワーコンディショナやバッテリーモジュールからなり、今まさに群雄割拠の様相を呈している。このV2Hを睨んだEVは、子どもや高齢者、あるいは買い物難民にやさしく、生活を豊かにし、住まうということが重要視された設計になるに違いない。 まずは社会評論より、ひとりひとりの生活が今後どうなるか、である。2019年の相場で10kWのPV、40kWhのEV、V2H機器の総額を試算するとエネルギー関連機器だけで1000万円だ。ちなみに10kWのPVには30坪の屋根が要るので、それに見合ったZEH+基準を満たした住宅は、少なく見積もっても3000万円だ。地球環境を守るためとは言え、果たしてこれらの費用があなたに払えるだろうか? こんな高い代物は長く使わないとモトが取れない。仮にマイナス金利政策に便乗し、長期優良住宅、認定低炭素住宅が優遇されるフラット35でローンを組んで、30歳から月額約12万円ずつ払ったとしても、ローンを払い終わるのは65歳。この間に劣化や老朽化が進むのは、エネルギー関連機器ばかりではない。エネルギー関連機器を使うあなたも介護を受ける側の高齢者となり、買い物難民になっているかもしれないのだ。 こんな将来を思い描けば、人にも環境にも優しい材料開発は、高機能高付加価値から、低コスト化と高信頼・長寿命との両立に舵が切られてゆくように思われる。だから、そのようなニーズに気づくために、当たり前の生活を研修の場として欲しいのである。そんなものは自己責任と言わずに、皆でコミュニケーションを取りながら研修して欲しいのである。知らないことを専門外と言い訳せずに、広く物事を捉えて欲しいのである。そしておまかせ民主主義の評論家としてではなく、当事者として長期的な材料開発のテーマを模索して欲しいのである。少なくとも、目先の助成金をもらう言い訳のための、ごみ作りの片棒を担ぐような材料開発は、あって欲しくないと思うのである。