電子スピン共鳴法は、Electron Spin Resonance の英語名から ESR 法と略称されます。ESR 現象 は、1945 年にソ連の物理学者 Zavoisky が Cu2+ の ESR 吸収の観測に初めて成功し、その成果は ソ連の物理学会誌に発表されました。現在 ESR の適応範囲は物理・化学・工学・医学・薬学・地 学など、ほぼすべての分野にわたっています。物 性の鍵となる電子スピンを検出する唯一の計測法です。
一般に、安定分子は2個の電子がペアとして軌 道に入る性質を持っています。それに対して、化 学反応の中間物質や固体中の格子欠陥、特定の価 数の遷移金属は、不対電子を持つことが知られて います。この不対電子を持つ物質は常磁性、持た ない物質は反磁性と呼ばれます。自然界に存在す る大半の物質(水、アルコールなど)は反磁性で す。電子は、磁石のような性質(スピン)を持つ ことが知られています。1 つの分子軌道(s、p、d、 f 等)には、電子が2個まで格納されますが、こ のとき電子のスピンは互いに逆向きに配置される ため(パウリの原理)、対となった電子では互い に磁場を打ち消しあうため、磁石の性質は現れな くなります(反磁性)。一方、不対電子を持つ常 磁性物質では1つの電子が対をつくらずに軌道に 入ることで、電子が本来持っている磁性が残りま す。ESR ではこの電子による磁性を観測します。
電子スピンは、磁場のない時はランダムな方向 を向いていますが、それらが磁場中に置かれると、 磁場に対して平行(βスピン)、または反平行 (α スピン)に配向します。αスピンとβスピンはゼ ロ磁場では等しいエネルギーを持ちますが、磁場 の存在下ではαスピンは不安定化する一方、βス ピンは安定化します。これをゼーマン効果といい ます(図1)。
図1 ゼーマン効果
2つの向きのエネルギー差は、磁場強度に比例 して大きくなります。そのエネルギー差(Δ E) がマイクロ波のエネルギーに一致したとき、電子 スピンがマイクロ波を吸収して上の準位に遷移す るため ESR 信号が観測されます。このときの共 鳴条件は、次式で与えられます。 Δ E = h ν = gμB H このうちμB はボーア磁子(電子の磁石として の大きさを表す基本単位:9.274078×10-24JT-1)、 h はプランク定数(6.626176 × 10-34 Js)でいず れも自然定数です。またνは共鳴周波数(Hz)、 H は磁場の強さ(mT)で、いずれも実験値です。 g 値は、電子スピンの環境によって決まる物質固 有の値です。実験的にνと H が定まれば、g 値を 求めることができます。
ESR は、電子スピン(不対電子)を選択的に 観測し、その磁気モーメントの大きさや、他の電 子スピンや核スピンとの相互作用を通じて反応性、 運動性、構造に関する情報を明らかにしようとす る磁気共鳴分光です。電子スピンの周囲の環境を 反映する g 値、電子と核との相互作用を与える 超微細構造、緩和時間と密接に関係する線幅や飽 和特性、さらに不対電子の量などの情報が得られ ます(図2)。
図2 ESRでわかること