現代の電気化学 第一章

p.4 l4からp.5 l2まで(R2. 4/20)

さて、電気化学とは何かという命題に対して、定説はいまだ見当たらないのが現状である。 したがって、従来の定説にこだわることなく、新しい分野を切り開いて行けばよいことになる。

もし、<電気化学>という言葉が古典的で、これまでのヒエルラルキー(Hierarchie)を忠実に守る学問という先入観があるとすれば、 競争原理の中でとられる模倣Emulationも無徒ではなかろう。それは結局<大師は弘法に>の言葉が意味するように、 国際的視野に立脚して、これら分野の成果を集約して表現すべきであろう。 例えば、将来の展望を踏まえて<電気化学>とは、『イオン、電子、粒子、導体、半導体、誘電体間の界面および本体における荷電粒子の存在と移動を制御する科学と技術』 と定義しておこう。

1.2 その特徴と新しい領域の展開

電気化学の特徴でもある学際ないしは境界領域のこの分野の進展を目指して学ぶことにしよう。 例えば、国際電気化学会の専門部会 (①基礎界面電気化学Fundamental Interfacial Electrochemistry、  ②電極と電解質材料Electrode and Electrolyte Materials、  ③分析電気化学Analytical Electrochemistry、  ④分子電気化学Molecular Electrochemistry、  ⑤電気化学的エネルギー変換Electrochemical Energy Conversion、  ⑥腐食・電析と表面処理Corrosion, Electrodeposition and Surface Treatment、  ⑦工業電気化学と電気化学工学Industrial Electrochemistry and Electrochemical Engineering、および  ⑧生物電気化学Bioelectrochemistry) を横観してみれば、いかに電気化学の分野が多岐にわたっているかが伺える。 さらに、所属会員数の最も多い米国電気化学会では、12部門(Division  ①電池Battery、  ②腐食Corrision、  ③誘電体科学と技術Dielectric Scionce and Technology、  ④電析Electrodeposition、  ⑤エレクトロニクスElectronics、  ⑥エネルギー工学Energy Technology、  ⑦高温材料High Temperrature Materials、  ⑧工業電解と電気化学工学Industrial Electrolysis and Electrochemical Engineering、  ⑨蛍光と表示材料Luminescence and Display Materials Group、  ⑩有機生物電気化学Organic and Biological Electrochemistry、  ⑪物理電気化学Physical Electrochemistry、  ⑫センサーSensor Group) に分類して活動を行っている。特に、個体イオニクス(Solid State Ionics)関係の分野の進展が著しいのが現状である。

かように、電気化学の領域は、純正自然科学(理学)的な場と応用自然科学(技術・工学)的な場との両面にわたっており、共通した基盤の上に成り立っている。

現代の電気化学 第三章

p.67 l4からp.71 l3まで(R2. 5/25)

3.1.4 電池活物質の酸化還元化学

実用電池には、  ⅰ)小型・軽量(単位体積或は単位重量当たりのエネルギー密度が高い)で、強力(出力密度(power density)が大きい)であることと、  ⅱ)保存性或いは電力貯蔵性に優れること、  ⅲ)エネルギー変換効率の高いこと、  ⅳ)安全性、信頼性、経済性、に富むことなどが要求される。自発的に進行する酸化還元反応は、元物質の組み合わせは極めて限られている。  それでは、どのような物質が実用電池(practical battery)に用いられているであろうか。この問題を酸化還元化学の観点から捉えてみよう。

<電池電圧と活物質の安定性>

 正極反応に関与する反応物質(酸化剤あるいは酸化体、Ox)を正極活物質またはカソード活物質という。負極反応に関与する反応物質は負極(アノード)活物質である。  図3.3に水溶液系での実用電池(実用電池として開発中のものも含む)における活物質の組み合わせを標準電極電位の値と共に示してある。  まず、いわゆる使い捨て型の一次電池(primary battery)に注目してみよう。ダニエル電池は実用電池とはみなされないが、前節でも触れたので参考のため示してある。  正極活物質が貴に、負極活物質が卑にあり両者の電位差がEcellである。

 今日、実用電池と呼ばれるもののほとんどが、正極活物質には金属酸化物を、負極活物質に亜鉛を用いていること、電解液にはアルカリ溶液(KOH)を用いること、  電池の名称に正極活物質の金属名を利用していることなどがわかる。例えば、酸化水銀―亜鉛電池(Ecell=1.35V)を水銀電池、  二酸化マンガン―亜鉛電池をマンガン乾電池(塩化亜鉛電解液使用)およびアルカリマンガン電池(アルカリ電解液使用)、  酸化銀―亜鉛電池(Ecell=1.59V)を酸化銀電池と呼称している。空気中の酸素を正極活物質に用いる酸素―亜鉛電池(Ecell=1.65V)は、空気電池と呼ばれる。

 はじめに、なぜこれらの酸化物でなければならないかを検討してみよう。空気電池の正極反応の位置に注目していただきたい。この半反応の標準電極電位は、

E゜(O₂+2H₂O+4e=4OH-)=0.401V

である。逆反応はOH-イオンの酸化であるから、この電位よりも上位にある(より貴にある)正極活物質はOH-(すなわちH₂O)を酸化して、 それ自身はより低級の金属酸化物に還元される可能性がある。活物質が溶媒と反応してしまうのも自己放電の一種であり、避けなければならない。 逆にE゜(O₂/OH-)よりも下位(卑)にある活物質は安定であるから、E゜(O₂/OH-)よりも卑で電位的により近いところにある活物質ほどEcellがより大きくなり、 正極活物質として有利である。したがって、次の電位をもつAg₂OとMnO₂

E゜(Ag₂O+H₂O+2e=2Ag+2OH-)=0.345V,

および、   E゜(MnO₂+H₂O+e=MnOOH+OH-)=0.188V

の二つが、信頼できる正極物質として多用される理由が理解できる。

HgO(E゜(HgO+H₂O+2e=Hg+2OH-)=0.098V)は前の二つよりも安定な活物質であるが、Ecellは低くなる。

 負極活物質についても、正極活物質と同様に溶媒との酸化還元化学からその安定性を評価できる。アルカリ中でのH₂Oの還元電位は、E゜(2H₂O+2e=H₂+2OH-)=-0.828Vである。 したがって、これよりも卑にある負極活物質はH₂を発生して自己溶解する可能性を有し、安定な活物質とはなり得ないはずである。これは熱力学的な一般則である。 ところが活物質の亜鉛は、E゜(Zn(OH)₄2-+2e=Zn+4OH-)=-1.211Vもの卑な電位を有するにも関わらず、実用電池の負極活物質として欠かせない電池材料となっている。 これはなぜであろうか。高純度の亜鉛は水素発生の起こり難い金属として知られている。後でも述べるように、 このような現象を水素発生の過電圧(overpotential)が非常に大きいと表現する。すなわち、熱力学的には水素発生が起こるはずであるが、 速度論的にその発生速度が極めて小さいという意味である。実際の電池では、水素過電圧(hydrogen overpotential)をさらに大きくするために、 亜鉛よりもさらに水素過電圧の大きい水銀を微量亜鉛表面に塗布(アマルガム化)してある。こうすることにより、使用期間内での亜鉛の自己放電は実質は例外的な負極活物質であり、 今日の実用一次電池が1.5Vもの開路電圧(熱力学的には水の分解電圧である、1.23V止まりである)を持ち得るのは、亜鉛の水素過電圧のお陰であると言っても過言ではない。

 これまで述べてきた実用電池の活物質はすべて個体であって、溶媒に難溶性の化合物または単体が用いられている。 アルカリ電解液を用いるのも酸化物活物質を溶解させないためである。さきにセパレーターが電池構成上の要素材料として欠かせないものであることを述べたが、 活物質がダニエル電池のそれのように溶解型であるとすると、セパレーターを通じての活物質の混合が起きるから、安定な電池を構成できない。 両極活物質が固定であるというのも、製品としての長期安定性を要求される一次電池の特徴の一つである。

 次に、二次電池(secondary cell)の活物質の化学についても簡単に触れておこう。二次電池は繰り返し使用(放電⇄充電)の可能な電池であり、 十分な充放電サイクル数の確保と、水溶液系では過充電時に発生する水素および酸素に対する対策が要求される。まず、最もポピュラーな鉛電池についてみてみよう。 鉛電池の特徴は電解液が酸(硫酸)であることと、開路電圧が2.04Vと異常に大きい活物質の組合わせである。特に後者は、水の分解電圧が1.23Vであることを考えると、 実に信じられない高電圧である。このような高電圧を維持できる秘密はなんであろうか。負極活物質であるPbの電位は、E゜(PbSO₄+2e=Pb+SO₄2-)=-0.395Vであり、 Znの場合と同様にH₂を発生して自己溶解してもおかしくない位置にある。しかし亜鉛と同様にZn、Hg、Pbは電池負極材料の御三家ともいうべきで、 ちなみにそれらの水素発生の交換電流密度は、他の金属材料、例えばPtに比べて106~108分の1にすぎない(第2章の2.3.5 ⅱ)表2.10参照)。

 PbO₂の正極電位は、E゜(PbO₂+SO₄2++4e=PbSO₄+2H₂O)=1.682Vであり、酸性中でH₂Oの酸化(E゜(O₂+4H++4e=2H₂O)=1.23V)を引き起こすに充分な強い酸化剤である。 一般にO₂発生の過電圧はH₂発生のそれに比べてかなり大きく、アルカリ中でE゜(O₂/OH-)よりもやや貴にあるNiOOHやAgOが活物質として使用できるのは、このためである。 しかし、酸性中のPbO₂はO₂発生の過電圧が特に大きいものの一つとして知られており、このような極めて貴な電位にあってもPbO₂自体の安定性は確保されている。 このように鉛電池はPbO₂のO₂発生過電圧の大きさの双方の効果が加わって、水溶液系の電池としては異例ともいうほど高い電圧を保持できる。このような活物質の組合せは、 今のところ他にない。鉛電池は100年以上の歴史を持つが、今なお二次電池の主役の座を占めている理由がここにある。

 ニッケル・カドミウム電池もユニークな活物質の組み合わせをとっている。Ecellを大きくするという観点からすれば、負極活物質として亜鉛を用いる方が良さそうにも思える。 しかし、亜鉛負極の二次電池化は極めて困難とされている。その理由として、充電時における亜鉛の析出形態が樹枝状(デンドライト)形態をとり、内部短絡や亜鉛結晶の剥離を生じて、 充放電サイクル数を大きくできないことが挙げられている。Zn(Ⅱ)は濃厚アルカリ中でオキシアニオン(Zn(OH)₄2-, ZnO₂2-)として溶出するところに問題がある。

 カドミウムの電位は、E゜(Cd(OH)₂+2e=Cd+2OH-)=-0.809Vで、アルカリ中でのH₂Oの還元電位より貴にあるからCd自体は安定である。 正極活物質NiOOH(E゜(NiOOH+H₂O+e=Ni(OH)₂+OH-)=0.52V)との電池反応は次のようである。

2NiOOH+Cd+2H₂O=2Ni(OH)₂+Cd(OH)₂ (3.12)

 Ecellは約1.3Vで鉛電池のそれよりははるかに低いが、鉛電池よりも長寿命で信頼性が高い。それは  ⅰ)鉛電池のように電解質イオン(SO₄2-)が反応に関与しないこと、  ⅱ)電池式から明らかなように充放電に際して水の生成(充電時)と消滅(放電時)しか起こらないこと、  ⅲ)後に述べるように過充電時のガス発生(H₂とO₂)を抑える巧妙な方策がとられていて、メインテナンスフリーまたは完全密封化が可能なことなどによる。

現代の電気化学 第二章

p.51 l6からp.52 最後まで(R2. 6/22)

もし、反応に関わる各過程中、物質移動が著しく遅い場合、その反応電流は反応物の移動速度に比例する。移動が拡散のみによる時、その電流を拡散支配電流(diffusion controlled current)と呼ぶ。 電極面における濃度勾配が、電極面と溶液層内部との濃度差(C0xーCx)を拡散層の厚さδxで割ったものとみなせるNernstの拡散層モデルが満足される場合、イオンが電極面に到達する速さ、すなわちイオンの拡散速度は濃度勾配に比例する。 その比例定数Dxは拡散係数(diffusion coefficient)と呼ばれ、それと濃度勾配の積Dx(C0xーCx)/δxは拡散速度を表し、反応電子数nとファラデー定数Fをかければ、次式で示す拡散電流(diffusion current)が求まる。

J=nFD_x (C^0_x-C_x)/δ_x=nFk_x (C^0_x-C_x) (2.117)

ただし、k_xは拡散過程の速度定数ともいえる量である。

したがって、電極面濃度C_X、C_Yは次式で与えられる。

C_X=C^0_x-J/nFk_X

C_Y=C^0_Y+J/nFk_Y

上式を基本式(2.103)に代入し、次式が得られる。

J/J_0=(1-J/nFk_XC^0_x)exp((α+nF)η/RT)-(1+J/nFk_YC^0_Y)exp(-(α-nF)η/RT) (2.118)

nFη/RT>>1の極限では上と同様に近似的に、

J/nFk_XC^0_x=1

となり、したがって、

J=nFk_XC^0_x≡J_l+ (2.119)

となる。同様にして、-nFη/RT>>1の極限では、

J=-nFk_YC^0_Y≡J_l- (2.120)

となる。ここで、 J_l+、J_l-は、アノードおよびカソード反応における拡散支配の限界電流密度(limiting current density)である。この値を用いて(2.118)式を書き直すと、

J/J_0=(1-J/J_l+)exp((α+nF)η/RT)-(1-J/J_l-)exp(-(α-nF)η/RT) (2.121)

が得られる。電流―過電圧曲線が交換電流、限界電流、移動係数に依存することがわかる。J_0、J_l、のJ-η曲線への影響について、一例を図2.20に示した。

関連リンク