現代の電気化学

一方、Galvaniの発見した動物電気、すなわちメス(解剖刀)の接触による蛙の足の伸縮運動の現象は、神経細胞の興奮の仕組みを解明する切っ掛けを与えた。この動物電気は異種金属の接触に依り生じた刺激をイオンの移動による電気化学的化つまりの細胞膜電位に変換するもので、これは生体受容器(BiologicalTransducer)あるいは神経トランスミッター(Neurotransmitter)の研究に発展し今は、現在のメディカル・エレクトロニクス(Medical Electronics)、バイオ・エレクトロニクス(Bioelectronics)、モレキュラ・エレクトロニクス (MolecularElectronics)およびエレクトロオルガニック・ケミストリー(ElectroorganicChemistry)などの分野開拓への一里塚となった。なお、光の電気化学への参入は、Alexandre Edmond Becquerel(1820-1891)による溶液中の電極の光起電力の発見(1839)に端を発している。その後、W.G.AdamsおよびR. E. Day により固体素子セレンの光起電力効果(Photovoltaic Effect)が電極の半導体的性質によるものであり、液中物質の光化学変化による光ガルバニ効果 (Photogalvanic Effect)と区別されるようになった。さらに、水電解により生成した水素と酸素の系について、Sir William R. Grove(1811-1896)は水素・酸素燃料電池を考案した(1839)。この電池のエネルギー変換効率について Friedrich Wilhelm Ostwald (1853-1932)はカルノーエンジン(Carnot Engine) の制約を受けないことを示唆した(1894)。なお、この電池の起電力はOstwaldの弟子であるHermann Walter Nernst(1864-1941)によって誘導された可逆電極電位の理論式であるネルンスト式(1900)から算出できる。最初、彼は金属がそのイオンを溶液中に放出する傾向を尺度として電離溶圧という概念を導入し、溶液中から金属イオンが電極面に析出する傾向は溶液の浸透圧に比例するものと考えた(1889)。しかし、R. A. Lehfeldtは電離溶圧の物理的意味はないと看破している(1899)。その後、Nernst は Gilbert Newton Lewis(1875-1946)の提唱した活量の概念(1907)をその式に導入した。例えば、Edward Weston(1850-1936)が開発したウエストン型標準電池[Cd(12.5%amalgam) | CdSor(s) | CdSO(aq,satd) || HgSO(s) |H3(1)]の25 ℃ での電位はネルンスト式を適用すると1.0180Vとなる。なお、P.Henderson は液間電位の理論式を提唱した(1907)。さらにOstwald の教え子である Frederick G. Donnan(1870-1956)は半透膜を介しての高分子イオンの膜平衡電位をネルンスト式を適用して求め、その現象をドナン平衡と称している(1911)。その他、W. R. Hainsworth および D. A. MacInnes による可逆性電圧に対する圧力の影(1924)など多くの研究がある。また、Lewis の教え子である Wendell M.Latimer(1893-1955)は水溶液系でのイオン種の標準酸化還元電位を熱力学的立場から算出して、その電位図をラティマー線図と呼称している(1952)、すでにJ. J.Hermans はKCI塩極法による可逆電圧の測定値は数mV の精度までは信頼できるが、それ以上の精度の測定は困難であることを指摘している(1939)。

2.1.1 電子伝導とイオン伝導

固体、液体、気体内の電気伝導機構
固体の電気伝導

固体内の電気伝導機構は、電荷を運ぶキャリアーと呼ばれるものの種類によって2つに分けられる。キャリアー(carrier)が電子(electron) あるいは本来あるべき電子が抜けた状態(正孔(positive hole)と呼ばれる)の場合を電子伝導、キャリアーがイオンの場合をイオン伝導と呼んでいる。電子伝導の場合、伝導性の論議には、次に説明するバンド理論 (band theory)を使うとわかり易い。

図2.2 原子のエネルギー準位と固体のバンド及びバンドギャップ

原子あるいは分子が孤立して存在する場合、それらに所属する電子は、原子軌道あるいは、分子軌道の一番低いエネルギー準位から、パウリの禁則にしたがって互いにスピンを逆にした電子対となって順にうまっていく(図2.2)。 エネルギーのい方には、空の軌道に相当するエネルギー準位が存在する。原子、分子が集合して固体を形成すると、同じく図2.2に示すように、各エネルギー準位は相互作用の大きさによって、大小のエネルギー幅をもったバンド (band,帯)として固体全体に広がって存在する。電子が満ちたバンドを充満帯(filled band)、空のバンドを空市(empty band)と呼び、それらのバンドの間のエネルギーには電子は存在できないので禁制帯 (forbidden band)と呼んでいる。エネルギーの一番低い空帯を特に伝導帯 (conduction band)と呼び、エネルギーの一番高い充満帯との間の禁制帯の傷をバンドギャップ(band gap) と呼んで、Eで表わす。バンドが空の時はもうん、電子がいっぱいに詰まってしまうとキャリアーが存在しないので電気伝は示さない(いっぱいに詰まった状態では、電子はキャリアーになり得ない)。固体全体に広がっているバンドにおいて、空の伝導体に電子が入ると、その電子はキャリアーとなって固体全体を自由に移動できるので、自由電子 (free electron)と呼ぶ。金属の場合、電子の入っている一番エネルギーの高いバンドは電子がいっぱいになっていない状態なので、キャリアーである自由電子が伝導体にたくさんあることになり、導電性が高い。絶縁体(insulater)も真性半導体(intrinsic semiconductor)も、バンドギャップの大きさが違うだけで、絶対零度ではバンドはすべて充満帯と空帯だけでできているので、キャリアーは存在せず、電導性は示さない。しかし、バンドギャップが小さい真性半導体は、温度を上げると、図2.3(a)に示すように、充満帯にある電子が熱励起されて、伝導帯に飛び上がり、自由電子となる。また、充満帯には電子が抜けたので、正孔ができる。どちらもキャリアーとなるので、真性半導体は温度を上げると導電性がでてくる。熱励起されて伝導帯に上がる電子の数は、温度とともに指数関数的に増えるので、導電率も指数関数的に大きくなる。絶縁体はバンドギャップが大きいので、室温程度では電子を熱励起できなくて、導電率は非常に小さい。

図2.3 キャリヤーと真性、n型及びp型半導体
ところで、絶縁体やバンドギャップが比較的大きい真性半導体の場合でも、バンドギャップの間にエネルギー準位をもつような不純物を微量添加することにより、道電室を増大させることができ、これを不純物半導体 (impurity semiconductor) という。このような不純物半導体には、n型半導体とp型半導体の2種類がある。前者は、バンドギャップ中の伝導帯に近いところに、電子の詰まったエネルギー準位をもった電子供与性不純物(ドナー donner:例えばGeに対してAs) を添加したるので、その電子は小さな熱エネルギーで伝導帯に上げられ、自由電子となる(図2. 3(b))。 キャリアーの電荷が負(negative) なのでn型という。後者は、バンドギャップ中の充満帯の近くに、空の電子準位をもった電子受容性不純物(アクセプターacceptor:例えばGeに対してGa)を添加したもので、充満帯の電子が小さなエネルギーでその準位に上げられ、充満帯にできた正孔がキャリアーとなる(図2.3(C))。キャリアーの電荷が正(positive)なのでp型という。不純物準位にできたn型における正孔とp型における電子は、固体全体に広がったバンドではなく、不純物元素という限られたところに固定されていて、固体全体を自由に移動できないので、キャリアーにはならない。後述の超伝導体を除き、電子伝導性固体内では、キャリアーは結晶の構成原子、不純物、格子欠陥などと衝突して、弾性或は非弾性的に散乱されて、その方向を変えられる。そのため、キャリアーはランダムな運動をしていて、固体内の電荷の移動は全体で打ち消しあっており、電気的中性が保たれている。そこに電場をかけるとキャリアーは衝突と衝突の間には電場方向に移動して電流が流れることになる。前述の電子、正孔の他、イオンも固体の電気伝導性に与り得る。そのようなイオン伝導を示すためには、固体を構成するイオンが結晶格子点に強く固定されないこと、また移動を容易にするためには、そのイオンの欠如した格子点(空格子点)が存在することなどが必要である。たとえば、ZrO, に YO, を固溶させると、4価のZI イオンの空格子点に3価のY* が入る。すると、電荷のバランスを取るためにY" の数の半分だけ「イオンが抜けて 0- イオンの欠如した格子点が生ずる。このY.O,を固溶したZ:O」を加熱すると、0イオンの振動が盛んになり、ついにはのローイオンの空格子点に飛び移るようになる。このような状態となったZrOに電場をかけると、負の電荷を持つ0 イオンは正極の方向に空格子点を伝わって移動していく。すなわち、固体内をイオンが伝導したことになる。さらに、No.0.11AL-02(Bアルミナ)では、Na* イオンの周囲には必ず空の位置が存在しており、加えてNa* イオンの結合は非常に弱いので、Na* イオンによるイオン伝導が約100℃という比較的低い温度でも顕著に起こる。このほか、フッ素化炭化水素鎖中に-SOH基を導入した高分子イオン交換膜 Nafion (Du Pont 社の商標)はH、Naなどの優れたイオン伝導体である。これらは、燃料電池、二次電池、センサーの電解質、あるいは電解隔膜として用いられる。液体の電気伝導水銀のような液体金属における電気伝導は、固体金属と同様、電子伝導によるものである。金属以外の液体では、イオン化原子または分子が伝導に与かる。ハロゲン化アルカリ、アルカリ土類金属塩あるいは金属炭酸塩などの溶融塩では、液体構成アニオンまたはカチオンが融液中を移動して伝導に与る。いま一つのタイプは、非電導性溶媒に溶解した溶質がイオン化し、それが移動して伝導に与る場合である。 これらについては、2.1.2節で述べる。 気体の電気伝導気体は通常導電性を示さないが、正負極間に置かれた低圧ガスあるいは常圧でも高温下のガスは、高電場をかけると導電性を示す。これは、負極から放出された熱電子が電場で加速され、気体分子に衝突し、これをイオン化するため、遊離電子、イオンの両者がそれぞれ正極(アノード)、負極(カソード)方向に移動することによるものである。アーク灯などもこの原理によるものである。近年、この導電現象はプラズマ電気化学として応用分野が広がっている。

(1)非定常物質拡散

今、次に示す簡単な電極反応を考える。
X + ne ⇔ Y
その電流密度は次式であらわされる。

図1.(2.114)に記載。*以降の式をレポート用紙にまとめる。
ここで、k₊及びk₋は式(2.96)及び式(2.97)に用いたものと同じである。Cx(t)、Cy(t)はそれぞれ電解開始後、時間tにおけるX、Yの電極表面濃度を示す。J=η=0 の場合は常に Ca(t)=Cx°、Cx(t)=Cx° とみなせる。ただし、Cx°、Cy° は容液内部でのX、Yの濃度である。しかし、J≠0(n ≠ 0)の場合は、t = 0の場合を除いてこの関係は成り立たず、定常状態に達するまで表面濃度は時間と共に変化する。すなわち、Jまたはηの少なくとも一方は、時間の関数となって変化する。
物質の拡散が線拡散の場合、詳細は他書に譲るが、Fick の第二法則を解いて、結局次式が得られる。


図1.(2.115)に記載。
図1.手書き式
f(t)は濃度変化に伴う電流変化の補正項である。t→0において1に近似され、この時、式(2.115)は定常分極曲線式(2.103)と一致する。

(2) 定常物質拡散

定常状態下における電流および過電圧

非定常な物質移動過程の下では、時間と共に拡散層は理論上無限に成長するが、多くの実際の系では対流提拌や分子の熱運動によってその成長が妨げられ、ある一定値を示す。すなわち、定常的な電流または過電圧を示す。いま、アノード反応において、nFn/RT>1の場合(過電圧が非常に大きいこと、すなわち大きくアノーディックに分極させることを意味する)、(2.103)式の右辺第二項がほぼ0となるため、次式のようになる。
図2.手書き式②
(2.116)式において、右辺第1、第2項は活性化過電圧 (activation overpotential)であるが、第3項は物質移動過程に起因する濃度過電圧 (concentrationoverpotential)と呼ばれる項である。カソード反応についても同様である。