2018/06/04更新

1. 腐食と防食

地球上に存在する金属元素の中で、自然界から直接金属単体として採取されるのは金などの例外的な元素であり、ほとんどの元素は酸化物、水酸化物、硫化物などの化合物として存在する。すなわち、大部分の金属は自然環境下でこれらの化合物の方が熱力学的に安定であることを示している。
加工された金属単体の材料が自然界での本来の姿(酸化物など)に戻る過程を腐食といい、それを防止することを防食という。

2. 電位-pH図

金属材料の安定性を調べることは、その環境で金属、酸化物、水酸化物、イオンなどのいずれが熱力学的に最も安定であるかを検討することに対応する。通常の環境では腐食に関与する最も重要な因子は水であり、水溶液中における金属の熱力学的安定性が広く調べられている。
ここで亜鉛を例にその安定性を考えることにする。 Zn/Zn2+については、Zn2+の標準化学ポテンシャルμ°が-147.1 kJ/molであることから
Zn2++2e-=Zn
の反応の平衡電位EaはNernstの式から次式となる。


例えば、Zn2+の活量aZn2+がその濃度と等しく10-6 mol/Lであったとき、Ea=-0.939 Vとなり、電位がこれよりも高くなるとZn2+の濃度が増加する(Znの溶解が起こる)。(2a)式は以下の図1に示した電位-pH図において直線aで表され、この線より上の領域ではZn2+が安定であり、下の領域ではZnが安定であることを示している。

Zn/Zn(OH)2は、Zn(OH)2とH2Oのμ°がそれぞれ-553.6および-237.2kJ/molであり、Zn(OH)2は固相として存在するためその活量aZn(OH)2=1と考えれば

Zn(OH)2+2H++2e-=Zn+2H2O

の反応の平衡電位EbはNernstの式から次式となる。



(2b)式のから平衡電位EbはpHに依存する。Zn/Zn(OH)2の平衡反応は平衡電位Ebより高い電位では左向きに、低い電位では右向きに進行する。すなわち、図1の直線bより高い電位ではZn(OH)2が安定で低い電位ではZnが安定な領域である。

Zn2+/Zn(OH)2の平衡反応は

Zn2++H2O=Zn(OH)2+2H+

で示される沈殿平衡反応であり、電子の授受がないため電位に依存しない。Zn(OH)2の溶解度積Ks=aZn2+・a2H+=1.8×10-14と、水の溶解度積Kw=10-14を用いると、この反応の平衡定数KC



で表される。Zn(OH)2とH2Oの活量を1とおけば



となり、pHの変化で溶解するZn2+の濃度が増減することを示している。例えばaZn2+=10-6を基準として、pH=9.13(図1中の直線c)より低いpHではZn(OH)2の溶解度が増加してZn2+/Zn(OH)2の平衡反応が右に進み、これより高いpHでは左に進むことを示している。すなわち、Zn2+は低pH側で安定であり、Zn(OH)2は高pH側で安定である。以上のことから、図1の実線で区切られた3つの領域A、B、CはそれぞれZn、Zn(OH)2、Zn2+の安定領域であるといえる。
Aの領域は金属Znで腐食が起こらないことから不活性態と呼ばれ、Cの領域はZn2+として溶解が起こることから腐食域と呼ばれる。一方、Bの領域は Zn(OH)2が安定で、Znの酸化は進行するが、金属表面を酸化物あるいは水酸化物が覆うことでその後の酸化物の成長は極端に遅くなるため、実質的に腐食反応が停止したのと同じになる。このような状態を不導体と呼び、腐食が進行しない領域と考えることができる。

図1 亜鉛の電位-pH図

参考文献
小沢昭弥.現代の電気化学.初版,新星社,1990年,89-90p.